消された赤ちゃん
「私、多分……弟か妹、いた」
空気が止まった。
私は紬を見る。
涙目。
真っ青な顔。
でも。
冗談を言っている顔じゃない。
「……え?」
声が掠れる。
紬は小さく頷いた。
震える指を、自分のお腹に置いた。
「思い出したの」
ぽつり。
「ゆめママ、すごく怒ってた日」
私は息を止める。
「“なんであの女ばっかり”って」
涙が落ちる。
「“せっかく消えたのに”って」
心臓が止まりそうになる。
──消えた。
嫌な予感しかしない。
その時。
玄関の向こう。
警察の声が響く。
「警察です。お話伺います」
ドア越しに足音。
女の声。
慌てている。
でも。
男の声は聞こえない。
もういない?
逃げた?
私は玄関を見たまま、紬に聞く。
「……消えたって、何?」
紬が唇を噛む。
苦しそうだった。
「病院」
「え?」
「ママ、倒れたあと」
小さい声。
「病院行った」
──さっき聞いた話。
赤ちゃんがいると言われた。
でも。
紬は続けた。
「最初、ママすごく泣いてた」
少し間。
「嬉しくて」
胸がぎゅっと締め付けられる。
私は無意識に、お腹へ手を当てた。
そんな未来。
本当にあったの?
「でも」
紬の顔が歪む。
「次の病院で、いなくなってた」
空気が凍る。
「……え?」
「先生、“流産です”って」
私は動けなくなった。
流産。
頭が真っ白になる。
でも。
紬は首を横に振った。
涙が止まらない。
「違う」
震える声。
「ゆめママ、言ってた」
長い沈黙。
そして。
掠れた声で言った。
「“ちゃんと消えた”って」
鳥肌が立つ。
何それ。
何を?
どうやって?
その時。
──コン、コン。
玄関。
警察の声。
「奥様、もう大丈夫ですよ」
私ははっとする。
現実。
今。
まだ何も分からない。
でも。
一つだけ。
確かなこと。
私は急に、自分の体の違和感を思い出した。
心臓のバクバク。
息苦しさ。
汗。
ぼーっとする。
生理。
……最後、いつだっけ。
嫌な汗が出る。
まさか。
でも。
その時。
スマホが震えた。
知らない番号。
最後のメッセージ。
短い。
たった一文。
『病院へ行くなら、絶対一人で行かないで』
数秒後。
もう一通。
『ゆめさん、まだ諦めてません』
私は凍りつく。
その時。
紬が、突然私のお腹を見た。
震える声。
でも。
どこか確信している顔。
そして。
小さく言った。
「ママ……未来で、赤ちゃんの名前決めてた」




