殺される日
「私を殺そうとした人」
空気が止まった。
私は言葉を失った。
モニター。
玄関の前。
黒いフードの男。
無表情。
動かない。
でも。
その存在だけで、息が詰まりそうだった。
紬が震えている。
小さな手が、私の服をぎゅっと掴んで離さない。
呼吸も浅い。
本気だ。
演技じゃない。
嘘をついてる顔じゃない。
「……何されたの?」
自分でも驚くくらい、声が掠れていた。
紬の目に涙が溜まる。
言いたくない。
でも。
思い出してしまった顔。
「逃げた日」
小さい声。
震えている。
「この人、来た」
私は息を止める。
「それで?」
紬が唇を噛む。
そして。
震える声で言った。
「“帰ろう”って言われた」
背筋が冷える。
男の低い声。
モニター越しの異様な静けさ。
確かに言いそうだった。
「嫌って言ったら……」
紬の肩が震える。
涙が落ちる。
「車、乗せられそうになった」
心臓が嫌な音を立てる。
「逃げたの?」
紬が小さく頷く。
「でも……」
少し間。
「橋の近くで追いつかれた」
空気が重くなる。
嫌な予感しかしない。
「それで?」
紬が目を閉じた。
苦しそう。
思い出している。
「押された」
私は凍りついた。
「……え?」
「落ちた」
時間が止まった。
橋。
落ちた。
押された?
じゃあ。
失踪じゃない。
事故でもない。
──事件。
「待って」
私は呼吸を整える。
「じゃあ紬は……」
死んだ?
言葉にできない。
でも。
紬はゆっくり首を横に振った。
涙目のまま。
「死んでない」
小さい声。
「多分、助かった」
助かった?
じゃあ。
どうして失踪扱い?
その時。
──コン、コン。
玄関。
女の声。
少し苛立っていた。
「紬ちゃん」
甘い声。
でも冷たい。
「余計なこと話さないで」
私は凍りつく。
聞こえてる?
なんで?
ドア越し。
女が、小さく笑った。
「その子、記憶混ざってるから」
鳥肌が立つ。
記憶混ざってる?
何それ。
その瞬間。
男が、初めてドアの前まで来た。
モニターいっぱいに映る。
顔は半分見えない。
でも。
口元だけ。
少し笑った。
そして。
静かな声。
「真白さん」
私は息を止める。
名前。
知ってる。
「その子、危ないですよ」
空気が凍る。
「……何」
男は続けた。
「嘘つくから」
紬が震える。
「違う……」
涙声。
男は淡々としていた。
怖いくらい。
感情がない。
「未来の話とか、してるでしょ」
心臓が止まりそうになる。
なんで。
知ってるの?
その瞬間。
スマホが震えた。
知らない番号。
動画。
送信されてきた。
再生時間、十秒。
震える手で開く。
暗い部屋。
監視カメラみたいな映像。
小さい女の子。
──紬。
そして。
誰かの声。
男の声。
『この子、まだ使える?』
直後。
女の声。
はっきり。
聞き覚えがある。
『ゆめさんが決めます』
私は凍りついた。
その時。
遠くから。
またサイレンの音が聞こえ始めた。
でも。
男は動かなかった。
ただ。
小さく笑って。
静かな声で言った。
「警察が来る前に、選んでください」
「その子を守るか──真実を知るか」




