閉じ込めた人
「私を閉じ込めた人」
空気が止まった。
私はモニターを見る。
玄関の前。
黒いコートの女。
無表情。
じっとドアを見ている。
まるで。
逃げる場所なんてない、と言いたげな顔。
背筋が冷える。
でも。
隣の紬の震え方が異常だった。
小刻みに震えてる。
息も浅い。
本気で怯えてる。
──本物だ。
私は反射的に紬を抱き寄せた。
「もう大丈夫」
紬が小さく首を振る。
涙が止まらない。
「……うそ」
「え?」
「この人、絶対入ってくる」
その言い方が怖かった。
経験してる子の言い方。
私はすぐ110番の履歴を押した。
コール音。
その時。
ドアの向こうで。
女が、急に低い声を出した。
「紬ちゃん」
さっきより冷たい。
笑っていない声。
「時間ないの」
心臓が嫌な音を立てる。
何の時間?
その直後。
女が、ゆっくり続けた。
「ゆめさん、もう待てないって」
鳥肌が立つ。
やっぱり。
繋がってる。
全部。
『110番です』
警察が出た瞬間、私は早口になった。
「さっき来てもらった者なんですけど、また来ました」
声が震える。
「子どもを連れ去ろうとしてます」
ドアの向こうが静かになる。
聞いてる。
絶対。
『分かりました。すぐ向かいます。絶対に開けないでください』
その時。
女が、突然ドアを軽く叩いた。
コン、コン。
優しい音。
逆に怖い。
「紬ちゃん」
甘い声。
ぞっとするくらい優しい。
「怒らないから」
紬が顔を歪める。
「嘘……」
涙声だった。
「いつもそう言う」
胸が締め付けられる。
女は続ける。
「また、お薬飲めば落ち着くから」
空気が凍った。
私は息を止める。
お薬?
何それ。
紬の顔が一瞬で真っ青になる。
呼吸が乱れる。
「……いや」
震える声。
「眠くなるやつ」
鳥肌が立つ。
眠くなる?
まさか。
「紬」
私はしゃがんで目を見る。
「何されてたの?」
紬が唇を噛む。
震えている。
でも。
ぽつりと言った。
「逃げないように」
呼吸が止まった。
その瞬間。
ドアの向こう。
女の声が急に低くなる。
苛立ちが混ざる。
「紬ちゃん」
コン、コン。
またドアを叩く。
今度は少し強い。
「警察来る前に出てきなさい」
私は凍りつく。
なんで警察知ってるの?
すると。
女が、小さく笑った。
「だって、ゆめさんから聞いてるもの」
全身の血が冷えた。
ゆめ。
全部把握してる。
警察呼んだことも。
今ここにいることも。
その時だった。
ブブッ。
スマホ。
通知。
送信者。
星乃ゆめ
私は恐る恐る開く。
短いメッセージ。
『その子、返してください』
数秒後。
もう一通。
『本当のこと、警察に言われたいですか?』
心臓が止まりそうになる。
──本当のこと?
何の?
すると。
隣で。
紬が小さく震えながら言った。
「……だめ」
「え?」
紬の顔から血の気が消えていた。
唇が震える。
そして。
今までで一番小さい声で言った。
「ゆめママ、多分……」
長い沈黙。
「私の本当のママ知ってる」




