迎えに来た人
「……迎えに来た」
紬の声は、ほとんど息だった。
顔色がない。
小さな肩が震えている。
私は反射的に紬を抱き寄せた。
「大丈夫」
言いながら、自分の声も震えていた。
──ピンポーン。
もう一度。
深夜三時半。
異常な時間。
怖い。
嫌な予感しかしない。
私はモニターを見る。
そして。
固まった。
女。
知らない女だった。
五十代くらい。
痩せている。
髪は後ろで雑にまとめられていて、黒いコート。
顔色が悪い。
でも。
その目だけが妙だった。
じっと。
ドアを見ている。
まるで。
中に誰がいるか分かってるみたいに。
「……誰」
私の声が小さくなる。
その瞬間。
紬が震えた。
「……あ」
「え?」
紬の呼吸が浅くなる。
目を見開いたまま。
小さく呟いた。
「おばさん」
空気が凍る。
私はゆっくり紬を見る。
「……ご飯持ってきてた人?」
紬が、泣きそうな顔で頷いた。
背筋が冷える。
本物。
未来の話じゃない。
実在してる。
──ピンポーン。
また鳴る。
今度は長い。
そして。
女が、ゆっくり口を開いた。
モニター越し。
低くて、掠れた声。
「紬ちゃん」
全身の血が冷えた。
「帰ろう」
紬が息を呑む。
私の服をぎゅっと掴んだ。
「嫌……」
小さい声。
震えている。
本気で怖がってる。
私はすぐ110番の履歴を開いた。
その時。
スマホが震える。
知らない番号。
またSMS。
『その子、返してください』
心臓が止まりそうになる。
次。
『あなたの子じゃないですよね?』
吐き気がした。
さらに。
『警察呼んでも無駄です』
そして。
最後の一文。
『ゆめさん、怒ってますよ』
鳥肌が立つ。
ゆめ。
繋がってる。
やっぱり。
全部。
「ママ」
紬が泣きそうな顔で見上げる。
「帰りたくない」
私は即答した。
「帰さない」
紬が固まる。
「え?」
「絶対」
自分でも驚くくらい、声が強かった。
怖い。
でも。
この子を渡したら駄目だ。
直感だった。
絶対。
戻したら終わる。
その時。
ドアの向こう。
女の声が少し低くなる。
「紬ちゃん」
さっきまでより冷たい。
「いい子だから、出てきなさい」
紬が震える。
そして。
小さく呟いた。
「……この声」
「え?」
紬の顔が青ざめる。
唇が震える。
今までで一番怖そうだった。
「思い出した」
長い沈黙。
涙がぽろっと落ちる。
そして。
震える声で言った。
「私を閉じ込めた人」




