死んだ子ども
「……死んだことになってる」
空気が止まった。
私は紬を見る。
真っ青な顔。
唇が震えている。
目には涙。
でも。
冗談を言ってる顔じゃない。
「え……?」
声が掠れる。
紬は小さく頷いた。
「未来で」
少し間。
「私、死んだってことになってる」
背筋が冷えた。
意味が分からない。
死んだ?
どういうこと?
「事故?」
紬が首を横に振る。
「違う」
小さい声。
震えている。
「失踪」
空気が重くなる。
「……いなくなったの?」
紬が俯く。
「警察では、そうなってる」
その言い方。
妙だった。
“そうなってる”。
まるで。
本当は違うみたいな。
「紬」
私はしゃがむ。
目線を合わせる。
「何があったの?」
紬の肩が震える。
言いたくない。
でも。
言わなきゃいけない。
そんな顔。
その時。
廊下から声が聞こえた。
警察官。
「失礼します。奥様、大丈夫ですか?」
私ははっとする。
まだ外にいた。
ドアも半開き。
今は話せない。
「……大丈夫です」
警察官は少し心配そうだった。
「今夜は念のため巡回します」
「何かあればすぐ110番してください」
私は小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
数分後。
完全に静かになる。
警察も帰った。
廊下も静か。
やっと。
本当に二人きり。
私はドアの鍵を確認する。
チェーン。
施錠。
全部。
怖い。
でも。
今聞かなきゃいけない。
私は紬の前に座る。
「……話して」
紬が膝を抱えた。
小さな体。
十歳の子ども。
なのに。
背負ってるものが重すぎる。
「未来でね」
ぽつりと話し始める。
「私、急にいなくなったことになった」
「急に?」
頷く。
「学校にも行ってた」
「普通だった」
「でも、ある日から」
少し間。
「“死んだ”ってことになってた」
鳥肌が立つ。
「待って」
私は息を呑む。
「誰がそうしたの?」
紬は少し黙った。
そして。
震える声で言った。
「……ゆめママ」
心臓が嫌な音を立てる。
「え?」
「“もういない子”って言われた」
呼吸が浅くなる。
何それ。
怖い。
意味が分からない。
「パパは?」
紬の目が曇る。
「信じた」
胸が苦しくなる。
「探さなかったの?」
紬は俯く。
そして。
ぽつり。
「最初だけ」
沈黙。
「でも、そのうち……」
小さい声。
消えそうな声。
「ゆめママが、“あの子は最初からいなかった”って」
空気が凍った。
私は言葉を失う。
そんなこと。
子どもに言う?
存在を消す?
しかも。
夫も信じる?
「……最低」
声が震える。
怒りで。
その時。
紬が、急に顔を上げた。
目が怯えてる。
「ママ」
「え?」
「私、思い出した」
嫌な予感。
紬の顔が真っ青になる。
震える唇。
そして。
今までで一番小さい声で言った。
「……私、多分」
長い沈黙。
「死んでない」
空気が止まる。
「え?」
紬の目に涙が溜まる。
震える声。
「私──隠されてた」




