覚えてるはずがない
「私のこと、覚えてる」
紬の声は震えていた。
顔色が悪い。
指先まで冷たい。
私は思わず紬を見る。
「……え?」
意味が分からない。
だって。
未来の子だ。
今の星乃ゆめが知ってるわけない。
会ったこともないはず。
なのに。
さっきの反応。
あれは明らかにおかしかった。
動揺。
恐怖。
“知っている顔”。
私はゆめを見る。
ゆめは、もう表情を戻していた。
泣きそうな顔。
弱々しい妊婦。
警察の前で完璧な被害者。
でも。
目だけ。
違う。
紬から視線を逸らさない。
まるで。
何かを確認しているみたいに。
「ゆめ?」
蓮が怪訝そうに言う。
「大丈夫?」
ゆめは、はっとして顔を作った。
「……うん」
か細い声。
でも。
少しだけ震えている。
「ちょっと、気分悪くて……」
演技?
──違う。
今回は、本当に動揺してる。
そんな気がした。
その時。
年配の警察官が静かに言った。
「今日はもう帰ってください」
少し厳しい声。
「奥様もかなり怖がっています」
奥様。
その言葉に、蓮が一瞬眉をひそめた。
でも。
何も言えない。
警察の前だから。
「……分かりました」
低い声。
不機嫌そう。
その時だった。
ゆめが、小さく私を見た。
そして。
初めて。
“演技じゃない顔”で言った。
「……その子、誰ですか?」
空気が止まる。
紬がびくっと震えた。
私は一歩前に出る。
庇うように。
「関係ないですよね」
ゆめが固まる。
数秒。
沈黙。
そして。
無理やり笑った。
「……そう、ですよね」
でも。
目が笑ってない。
怖いくらい。
何かを考えてる顔。
その時。
警察官が促す。
「もう行きましょう」
蓮が舌打ち混じりに歩き出す。
でも。
ゆめだけ。
動かなかった。
じっと。
紬を見てる。
まるで。
幽霊でも見たみたいに。
そして。
すれ違う瞬間。
誰にも聞こえないくらい小さな声で。
ゆめが言った。
「……なんで生きてるの?」
私の背筋が凍る。
「え?」
振り返る。
でも。
ゆめはもう、弱々しい顔に戻っていた。
蓮の腕を掴みながら、ふらつく妊婦。
警察官に守られる女。
演技。
なのに。
今の言葉。
確かに聞いた。
──なんで生きてるの?
まるで。
紬が死んでる前提みたいな言い方。
私は隣を見る。
紬。
真っ青だった。
唇が震えてる。
目に涙が浮かんでる。
「……紬?」
すると。
紬が、小さく言った。
「未来で」
震える声。
泣きそうだった。
「私……死んだことになってる」




