警察
「警察です」
低い男性の声。
廊下に響く足音。
その瞬間。
蓮の顔色が変わった。
モニター越しでも分かるくらい、表情が固まる。
「……っ」
さっきまで怒鳴っていたのに。
今は一気に冷静な顔を作ろうとしている。
隣のゆめも同じだった。
一瞬前まで冷たい顔をしていたのに。
もう違う。
今度は怯えた顔。
震える女。
被害者。
──切り替え早すぎる。
「どうします?」
若い警察官の声。
蓮が慌てて口を開く。
「いや、違うんです」
急に落ち着いた声になる。
「妻と話し合いを……」
妻。
その言葉が妙に気持ち悪かった。
ついさっきまで。
最低だ。
何様だ。
そう言っていたのに。
今は“夫”の顔。
「妊娠中の彼女が体調悪くて」
蓮が続ける。
「心配で来ただけなんです」
モニター越し。
ゆめが少し俯く。
そして。
弱々しくお腹を押さえる。
「……すみません」
震える声。
今にも倒れそうな女。
演技。
そう思っていても。
知らない人が見たら騙される。
私は唇を噛んだ。
すると。
年配っぽい警察官の声。
「ですが、通報が入っています」
少し厳しい声。
「ドアを強く叩いていたと」
空気が少し変わる。
蓮が黙った。
そして。
ゆめが、小さく言う。
「……私のせいです」
また。
被害者ムーブ。
「奥さんに謝りたくて」
涙声。
「でも、嫌われてて……」
私は拳を握った。
嫌われてて?
不倫した側が何言ってるの。
その時。
警察官が言った。
「奥様、出て来られますか?」
私は固まる。
出る?
怖い。
でも。
警察いる。
今なら。
紬が服を掴む。
不安そうな顔。
「大丈夫?」
私は小さく頷いた。
「……うん」
でも。
チェーンは外さない。
少しだけ開ける。
隙間。
警察官が二人。
三十代くらいと、五十代くらい。
その向こう。
蓮。
そして。
星乃ゆめ。
実物。
近い。
テレビより細い。
白い肌。
守りたくなる顔。
でも。
目だけが違った。
冷たい。
私を見る目。
嫌悪。
見下し。
そして。
ほんの少しの苛立ち。
なのに。
警察の前では。
すぐ顔を変える。
「……奥さん」
涙目。
弱々しい声。
「本当にごめんなさい」
私は何も言わない。
すると。
若い警察官が言う。
「ご主人と少し話せますか?」
私は息を吸った。
怖い。
でも。
もう黙らない。
「録音あります」
空気が止まった。
蓮が顔を上げる。
私はスマホを握った。
震えてる。
でも止まらない。
「脅されました」
「家も撮られてます」
「開けろって怒鳴られました」
「不妊治療のことも脅されました」
警察官の顔が変わる。
少し空気が重くなる。
「あと」
私はゆめを見る。
初めて、ちゃんと目を見た。
「妊娠を理由に離婚を迫られてます」
沈黙。
ゆめの表情が、一瞬だけ固まった。
でも。
すぐ涙。
「違うんです……」
弱々しい声。
「私、ただ謝りたくて」
その時。
隣の紬が、小さく震えた。
私は気づく。
紬が。
ゆめを見てる。
真っ青な顔で。
怯えてる。
まるで。
トラウマを見るみたいに。
そして。
ゆめも。
初めて紬を見た。
数秒。
沈黙。
その瞬間。
ゆめの顔色が変わった。
固まる。
呼吸が止まったみたいな顔。
そして。
小さく呟いた。
「……なんで」
私は眉をひそめた。
え?
何?
次の瞬間。
ゆめが一歩前に出た。
顔が青い。
唇が震えている。
そして。
掠れた声で言った。
「なんで、その子がいるの……?」




