開けちゃだめ
「パパ、無理やり入ってきた」
紬の声は震えていた。
顔色が悪い。
今にも泣きそうだった。
私は玄関を見る。
ドア一枚向こう。
そこに蓮がいる。
昔の蓮なら、絶対にそんなことしない。
でも。
今日だけで何度も思った。
──もう、私の知ってる人じゃない。
ドン!!
玄関がまた揺れた。
「真白!」
蓮の声。
苛立ち。
焦り。
怒り。
全部混ざってる。
「開けろって!」
紬がびくっと肩を震わせる。
私は反射的に抱き寄せた。
「大丈夫」
言いながら、自分が震えていた。
すると。
ゆめの弱々しい声。
「蓮さん……もういいです」
泣きそうな声。
か細い声。
でも。
その瞬間。
紬が、ぎゅっと私の服を掴んだ。
「嘘」
小さい声。
でも強い。
「今、絶対笑ってる」
私は息を止めた。
「……え?」
紬が俯く。
「未来でもそうだった」
少し間。
「パパ怒らせる時、いつも止めるフリするの」
背筋が冷える。
操ってる。
わざと?
その時。
ドアの向こう。
ゆめの声。
「私が悪いんです……」
泣き声。
「奥さんの気持ち考えられなくて……」
蓮がすぐ否定する。
「違う。お前悪くない」
「全部、真白が意地張るからだろ」
胸が冷たくなる。
……私が悪い。
もう蓮の中では。
全部。
私のせいなんだ。
その時だった。
ガチャ。
嫌な音。
私は凍りつく。
鍵穴。
何かしてる。
「……え?」
ガチャ、ガチャ。
強く鍵が回る音。
蓮の声。
低い。
「真白」
空気が冷える。
「チェーン外せ」
怖い。
声が怖い。
紬が泣きそうな顔になる。
「だめ」
強く首を振る。
「未来で……」
震える声。
「チェーン壊れた」
私は息を止めた。
壊れた?
「嘘……」
その瞬間。
──ガン!!
今までで一番強い衝撃。
ドアが大きく揺れた。
紬が悲鳴を飲み込む。
私は思わず後ろへ下がる。
「真白!!」
蓮の怒鳴り声。
「お前、何様なんだよ!!」
怖い。
でも。
その言葉で。
何かが変わった。
何様?
私は。
……妻だよ。
五年間、一緒にいた。
裏切られた側。
なのに。
なんで私が責められてるの?
私は震える指でスマホを握る。
そして。
初めて。
迷わず押した。
──110。
紬が目を見開く。
「ママ……」
私は震える声で言った。
「もう、怖い」
コール音。
玄関がまた揺れる。
ドン!!
蓮の声。
「真白!! 開けろ!!」
電話が繋がる。
『110番です。どうしましたか?』
私は深呼吸した。
怖い。
でも。
今度は逃げない。
「夫が……」
声が震える。
でも止めない。
「家に押しかけてきて、ドア壊されそうです」
ドアの向こうが、一瞬静かになった。
聞こえた。
絶対。
そして。
次の瞬間。
ゆめの小さな声。
でも。
今までで一番冷たい声だった。
「最悪……」




