人殺し
──お前のせいだぞ!!
玄関の向こうで、蓮が怒鳴った。
ドン!!
強くドアを叩く音。
私は思わず肩を震わせる。
「真白! 開けろ!!」
怒鳴り声。
知らない人みたいだった。
五年間、一緒にいた夫。
優しかった人。
疲れた時はコンビニスイーツを買ってきてくれた。
病院帰り、泣いていた私の背中を撫でてくれた。
その人が今。
ドアの向こうで、私を責めている。
「ゆめが倒れた!!」
蓮の声は焦っていた。
でも。
怒りも混ざっている。
「赤ちゃんに何かあったらどうすんだよ!!」
私は何も言えなかった。
怖い。
でも。
隣の紬が、震える声で言う。
「嘘」
「……え?」
「倒れてない」
私は紬を見る。
紬の顔は真っ青だった。
でも。
目だけは強かった。
「未来でも同じだった」
小さい声。
でも、はっきりしていた。
「最初、倒れたフリ」
空気が止まる。
「フリ……?」
紬が頷く。
「救急車も呼ばない」
「……」
「でも、“奥さんに責められて倒れた”って話だけ広がる」
ぞっとする。
全部、計算?
ここまで?
その時。
電話の向こうから、弁護士相談員の女性の声。
『今の会話、録音できていますか?』
私ははっとする。
「……はい」
ボイスレコーダー。
ずっと回したまま。
『絶対に玄関を開けないでください』
静かな声。
でも強かった。
『相手が感情的になっている可能性があります』
その言葉に、少しだけ現実が戻る。
私は一人じゃない。
今。
ちゃんと誰かが聞いてる。
『もし危険を感じたら、すぐ110番してください』
私は小さく頷いた。
「はい」
その瞬間。
玄関の向こうで。
ゆめの苦しそうな声。
「……っ、蓮さん」
弱々しい。
今にも消えそうな声。
「私、大丈夫だから……」
蓮が慌てる。
「大丈夫じゃないだろ!」
「真白のせいで……!」
その言葉で。
何かが、静かに切れた。
私のせい?
今日。
家に来たのは誰?
離婚迫ったのは誰?
脅迫されたのは誰?
何もかも壊されたのは誰?
気づけば。
私は玄関の前に立っていた。
チェーンは外さない。
でも。
ドア越しに、静かに言った。
「……私のせいじゃない」
向こうが止まる。
静寂。
私は続けた。
「不倫したのは、蓮でしょ」
「家に来たのも、あなた達でしょ」
「脅されたの、私なんだけど」
少し間。
「なんで全部、私のせいになるの?」
沈黙。
でも。
次の瞬間。
ゆめの小さな声。
泣いているような声。
「……ごめんなさい」
私は目を閉じた。
まただ。
被害者の声。
でも。
今は違う。
紬がいる。
未来を知ってる。
私は騙されない。
すると。
ゆめが、小さく続けた。
「でも……」
少し間。
声が変わる。
弱々しいまま。
でも。
どこか冷たい。
「奥さん、赤ちゃんに何かあったら……責任取れますか?」
鳥肌が立った。
また脅し。
そして。
紬が、急に強く私の腕を掴んだ。
「だめ」
震える声。
「このあと、絶対ドア開けちゃだめ」
「え?」
紬の顔から血の気が引いている。
涙目だった。
「未来で……」
唇が震える。
そして。
泣きそうな声で言った。
「パパ、無理やり入ってきた」




