初めての反撃
ドアの向こうが、一瞬静かになった。
まるで。
聞こえていたみたいに。
私はスマホを耳に当てたまま、玄関を見つめる。
『お話伺います。今、安全な場所ですか?』
電話の向こうの女性の声は落ち着いていた。
その声だけで、少し呼吸が戻る。
安全。
……安全じゃない。
玄関の向こうに、夫と不倫相手がいる。
ストーカーまでいる。
でも。
初めてだった。
誰かが、私の話を聞こうとしてくれるの。
「夫が……家に来ていて」
声が少し震えた。
「不倫相手と一緒です」
ドアの向こうで、小さく物音がした。
気配。
聞いてる。
絶対。
『危険を感じますか?』
私は言葉に詰まる。
危険。
その時。
──ドン!!
玄関がまた揺れた。
「真白!」
蓮の声。
苛立っている。
「何してんだよ!」
私は思わず肩を震わせた。
電話の向こうの女性が少し声を強める。
『今の音ですか?』
「……はい」
『玄関を叩いていますか?』
「はい」
『分かりました。記録します』
記録。
その言葉に、少しだけ心が動いた。
記録される。
私の被害。
今まで全部、無かったことみたいだった。
でも違う。
残る。
証拠になる。
その時。
ドアの向こうから、ゆめの声。
震えた声。
泣いているみたいな声。
「奥さん……お願いです」
また始まった。
被害者の声。
でも。
今は少し違う。
録音されてる。
電話も繋がってる。
私は冷静になれた。
「何ですか」
ドア越しに聞く。
すると。
少し間。
ゆめの声。
「病院だけ、来てもらえませんか」
小さい声。
弱々しい声。
「私……怖いんです」
私は目を閉じた。
──怖い?
誰が?
その時。
紬が私の服を引っ張る。
そして。
小さく囁いた。
「このあと」
顔が真っ青だった。
「ゆめママ、わざと倒れる」
空気が止まった。
私は紬を見る。
「……え?」
紬の声は震えていた。
「未来で」
少し間。
「ママが悪者になるやつ」
鳥肌が立つ。
倒れる?
わざと?
そして。
まるでタイミングを合わせたみたいに。
玄関の向こう。
ゆめの小さな声。
「あ……」
ふらっとしたような音。
蓮の慌てた声。
「ゆめ!?」
私は凍りついた。
そして。
ゆめの苦しそうな声。
「ごめんなさい……赤ちゃん……」
蓮が焦った声を出す。
「真白!!」
ドン!!
玄関が揺れる。
「お前のせいだぞ!!」
その瞬間。
紬が泣きそうな顔で言った。
「始まった……」
「え?」
紬の唇が震える。
小さな声。
「未来で、ママが“人殺し”って言われ始めた日」




