壊れる日
「未来で……ママが一番壊れた日」
紬の声は震えていた。
顔色が悪い。
今にも泣きそうだった。
──ガタン。
また音がする。
玄関。
何かがぶつかるような音。
私は息を止めた。
怖い。
でも、確認しないわけにもいかない。
「待ってて」
小声で言う。
紬が慌てて首を振った。
「だめ!」
服を強く掴まれる。
「お願い、一人で行かないで」
その顔が、本当に怯えていて。
私は少しだけ迷った。
でも。
玄関の前に誰かいるなら。
放置も危ない。
「一緒に来て」
紬は少し迷って、頷いた。
私たちは静かに廊下を歩く。
部屋の電気は消えたまま。
足音を立てないように。
息を潜めて。
ドアスコープを覗く。
──誰もいない。
でも。
玄関の前に、何かある。
私は眉をひそめた。
小さな箱。
白い箱。
ケーキ箱みたいな。
嫌な予感しかしない。
「開けちゃだめ」
紬が小さく言う。
私は喉を鳴らした。
怖い。
でも。
このままも無理だ。
そっとチェーンをかけたまま、ドアを少し開ける。
冷たい空気。
誰もいない廊下。
箱だけ。
私は急いで手を伸ばして中へ引き込んだ。
すぐドアを閉める。
心臓がうるさい。
「……何これ」
箱は軽かった。
リボン付き。
異様に綺麗。
逆に怖い。
私は恐る恐る開ける。
そして。
息が止まった。
中に入っていたのは。
赤ちゃん用品。
小さなベビー服。
哺乳瓶。
母子手帳ケース。
全部、新品。
その上に、一枚の紙。
震える手で取る。
そこに書かれていた文字。
『あなたには必要ないですよね?』
頭が真っ白になる。
喉が苦しい。
視界が揺れる。
必要ない。
──子どもができないから。
──母親になれないから。
遠回しに。
そう言われてる。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
胸が苦しい。
頭がくらくらする。
紬が慌てて私の手を握った。
「ママ!」
その声が遠い。
視界が滲む。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
「ママ、呼吸して!」
紬の声。
必死な声。
でも。
箱の中が見える。
ベビー服。
小さな靴下。
欲しかった。
何年も。
病院通って。
泣いて。
諦めたくなくて。
なのに。
私はなれなかった。
母親に。
ぽろっと涙が落ちる。
その時。
ブブッ。
スマホが震えた。
通知。
私はぼやける目で見る。
送信者。
星乃ゆめ
メッセージは一言。
『プレゼント届きました?』
数秒後。
もう一通。
『奥さん、もう諦めた方が楽ですよ』
その瞬間。
紬がスマホを見て、凍りついた。
「……うそ」
震える声。
真っ青な顔。
「これ」
紬の唇が震える。
「未来では、もっと後だった……」
空気が変わる。
悪い方向へ。
確実に。
そして。
次に届いたメッセージで、私の血の気が引いた。
『明日、病院来ないなら──全部バラします』




