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夫を奪ったアイドルの娘が、なぜか私を「ママ」と呼んだ。  作者: 熊猫ぱんだ


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清純派の仮面

玄関の前から、人の気配が消えた。


エレベーターの音。


静寂。


やっと帰った。


なのに。


全然、安心できない。


私はその場に座り込んだ。


足が震えている。


呼吸も浅い。


紬がすぐ隣にしゃがんだ。


「……大丈夫?」


私は答えられなかった。


頭がぐちゃぐちゃだった。


蓮。


星乃ゆめ。


妊娠。


離婚。


脅し。


そして。


最後のあの顔。


──邪魔。


あの一瞬。


絶対に見間違いじゃない。


あの女。


笑ってた。


私が傷つくのを楽しんでるみたいな顔だった。


「……最低」


自然と漏れる。


紬が俯いた。


「最初はね」


小さな声。


「私も騙された」


私は顔を上げた。


「え?」


紬は膝を抱えた。


「ゆめママ、外では優しいの」


少し間。


「ファンにも優しいし、スタッフにも人気ある」


「……」


「泣くの上手い」


私は黙る。


確かにそうだった。


さっきだって。


もし紬がいなかったら。


録音の話を知らなかったら。


私は罪悪感を持っていたかもしれない。


妊婦を責めてしまった。


傷つけた。


そう思ったかもしれない。


でも。


違う。


あれは。


演技。


「ママ」


紬が小さく言う。


「絶対、一人で会っちゃだめ」


私は頷いた。


そのつもりだった。


でも。


同時に思う。


逃げ続けても終わらない。


向こうは家まで来る。


ストーカーもいる。


むしろ悪化する。


「……戦わなきゃ」


気づけば言っていた。


紬が少し驚く。


「未来の私は、何もしなかった?」


紬が黙る。


それだけで分かった。


耐えたんだ。


泣いて。


傷ついて。


全部一人で。


そして壊れた。


「今度は違う」


私はスマホを握る。


録音。


証拠。


今日の会話。


全部残ってる。


ゆめの発言も。


脅しみたいな言葉も。


「絶対に負けない」


その瞬間。


ブブッ。


スマホが震えた。


画面を見る。


星乃ゆめ


息が止まる。


また?


私は恐る恐る開く。


そこにあったメッセージ。


『今日はごめんなさい』


数秒後。


もう一通。


『でも、奥さん怖かったです』


眉をひそめる。


何それ。


さらに。


『私、お腹の子守らなきゃなので……』


嫌な予感。


そして最後。


『もし何かあったら、事務所にも相談しますね』


空気が止まる。


……は?


事務所?


つまり。


私を加害者扱い?


紬の顔が強張る。


「始まった……」


「え?」


紬の声が震える。


「未来でも次の日から、ネットで悪口増えた」


私は固まる。


「なんで?」


紬が俯く。


言いにくそうに。


でも。


ぽつりと言った。


「ゆめママ、裏アカあるの」


背筋が冷える。


「裏アカ?」


紬は頷いた。


「ファン煽ってた」


空気が凍る。


「……え?」


「直接は言わないの」


紬が続ける。


「でも、“怖い人がいる”って匂わせたり」


「精神的につらいって書いたり」


「ファンが勝手に攻撃するようにしてた」


鳥肌が立つ。


そんなこと。


そんなやり方。


怖すぎる。


その時。


また通知。


今度はSNS。


知らないアカウントから大量通知。


開く。


そして。


血の気が引いた。


『ゆめちゃん泣かせんな』


『不妊ババア消えろ』


『住所知ってるから』


『妊婦いじめるとか最低』


指が震える。


なんで。


まだ何もしてない。


何も言ってない。


なのに。


もう始まってる。


その時だった。


紬が、画面を見て凍りついた。


「……うそ」


「え?」


紬の唇が震える。


小さな声。


でも。


次の言葉で、私の血の気が引いた。


「未来より、早い」


そして。


震える指で、一つのアカウントを指差した。


アイコン。


鍵垢。


でも、紬は知っていた。


「これ……」


紬の顔が真っ青になる。


「ゆめママの裏アカ」

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