あなた、謝る気ないよね?
──プツン。
何かが切れた。
怒り。
悔しさ。
悲しさ。
全部ごちゃ混ぜになって、頭が熱くなる。
でも。
私は深呼吸した。
怒鳴らない。
泣かない。
未来の私は、きっとここで壊れた。
でも今は違う。
録音してる。
紬がいる。
未来を知ってる。
私はゆっくり口を開いた。
「……あなた」
インターホン越し。
自分でも驚くほど、声が冷たかった。
「謝る気ないよね?」
沈黙。
モニターの向こう。
ゆめの顔が少し止まった。
でもすぐに、困ったような顔を作る。
『そんなこと……』
「だって、謝りに来た人が“早く離婚してください”って言う?」
蓮が眉をひそめる。
『真白、言い方が──』
「黙って」
自分でも驚いた。
蓮にこんな言い方をしたこと、一度もなかった。
蓮が少し黙る。
「私、今日離婚届渡されたんだけど」
静かに続ける。
「夫に不倫されて」
「妊娠したって言われて」
「その相手が家に来て」
「赤ちゃんいるから離婚しろって言われてる」
笑いそうになった。
乾いた笑い。
「これ、私が悪いの?」
ゆめが目を伏せる。
でも。
何か変だ。
申し訳なさそうなのに。
どこか余裕がある。
そんな顔。
『……ごめんなさい』
小さい声。
震えている。
でも。
私はもう騙されない。
「本当に悪いと思ってる?」
ゆめが顔を上げた。
『思ってます』
即答。
でも。
その答えが、逆に薄っぺらく感じた。
「じゃあなんで来たの?」
沈黙。
私は続ける。
「私だったら来れない」
「夫を奪って、妊娠して、相手の家まで来て、“離婚してください”なんて言えない」
蓮の顔が険しくなる。
『真白、やめろ』
「何を?」
私の声が少し震えた。
「私、今日人生壊れたんだけど」
初めて。
蓮が目を逸らした。
その顔を見て、胸が少し痛む。
でも。
もう戻れない。
ゆめが突然、小さく泣き始めた。
『私だって苦しいんです……』
涙声。
か細い声。
守ってあげたくなる女の声。
蓮がすぐ肩を抱く。
『ゆめ、もういい』
「……へえ」
私は小さく笑った。
「私の前でそれやるんだ」
蓮がイラついた顔になる。
『お前、被害者ぶるなよ』
一瞬、言葉が止まった。
被害者ぶる?
私が?
「……は?」
『ゆめだって叩かれるリスクあるんだよ』
『仕事も人生も懸けてる』
何を言ってるの。
私の人生は?
五年は?
不妊治療は?
全部なかったこと?
その時。
ゆめが、ふっと顔を上げた。
涙目。
でも。
その口元だけ。
ほんの少しだけ。
笑って見えた。
気のせい?
違和感。
ぞわっとした。
そして。
ゆめが小さな声で言った。
『奥さん……』
『赤ちゃん、かわいそうです』
「……何が?」
『私、情緒不安定になっちゃって』
少し間。
『もし何かあったら、責任取ってくれますか?』
空気が止まった。
……今。
脅した?
紬が隣で、小さく震える。
そして。
私の服を掴んで、小声で言った。
「同じ……」
「え?」
「未来と、同じ言葉……」
背筋が冷える。
その時だった。
ゆめが急に顔を上げる。
そして。
まっすぐ、こっちを見た。
モニター越し。
なのに。
目が合った気がした。
次の瞬間。
ゆめが、小さく口を動かした。
蓮に見えないように。
誰にも分からないように。
でも。
確かに、そう言った。
「邪魔」
私は凍りついた。
今の。
見間違い?
でも。
モニターの向こう。
ゆめは何事もなかったような顔で、また泣き始めた。
『もう帰りましょう、蓮さん……』
健気な女。
傷ついた女。
被害者。
そんな顔。
なのに。
私だけが見てしまった。
──あの目。
あれは。
テレビで見る“清純派アイドル”の目じゃなかった。




