13妖精が落ちてきた
髭剃りという日常の行為をもっと特別な時間に変えられないか?と。
「なるほど、香りですか。素晴らしい発想です」
目を輝かせた彼はすぐに、公爵家が所有する薬草や香料に関する書物を手に取り、香りの魔力定着について考察を始めた。
「剃る時にいい香りがする魔導具、作ろう」
陽光石の魔力を使って香りを定着させる技術を応用できないかと考えた。髭を剃る魔力と同時に、微量の香りの魔力を肌に付与する仕組み。
工房には様々な種類の花びらやハーブ、果物の皮などが持ち込まれ、ミーチェはそれぞれの素材から最高の香りを抽出する方法を提案し、ソフィアは香りが肌に優しく作用するかどうか敏感な嗅覚で確認してくれた。
「ミントの香り、すごく爽やかですわ!朝にぴったり」
ミーチェが試作の紳士の滑らかさから漂う香りに目を輝かせた。
「ローズの香りは、なんだか贅沢な気分になりますわね」
ユミスは優雅に香りを確かめ、それぞれの香りが持つ魔力波長を分析し、肌に安全に定着させるための魔力回路を設計した。
香り成分が肌に長時間残るように、持続性を高める工夫も凝らすと、さらに、キャロルはもう一つのアイデアを思いついく。
「どうせなら、みんなが自分だけの紳士の滑らかさを持てるように、名前や紋章を入れられるサービスも始めようかな」
カルラミネーはアイデアに深く頷いた。
「所有者の愛着も深まりますし、贈答品としても最適でしょう」
虹色の写字機で培った技術を応用し、魔力で魔導具の表面に繊細な模様や文字を刻印できる機能を開発した。
公爵家の紋章はもちろん、個人の名前や、好きな言葉、小さなイラストなども入れられる。
改良された紳士の滑らかさはアロマ・スムーズと名前を変え、新たなサービスと共に発表された。
特設の展示場を設け、来場者は実際に香りを試したり、自分の紋章を刻印するデモンストレーションを見学したりすることができる。
「お客様、こちらは新開発のミントの香りです。朝の目覚めに最適です」
キャロルは来場者に笑顔でアロマ・スムーズを勧めた。
「こちらはローズの香り。高貴な気分を味わいたい方にぴったりですわ!」
ユミスも優雅に香りを説明する。
「レモンの香りは気分をリフレッシュさせてくれます!」
ミーチェが爽やかなレモンの香りのデモンストレーションを行い、ソフィアは紋章の刻印サービスを熱心に手伝っていた。
カルラミネーは各香りの特性や刻印技術について、訪れた貴族や商人に丁寧に説明。アロマ・スムーズとパーソナライズサービスの導入は瞬く間に大成功を収めた。
男性たちはその日の気分やTPOに合わせて香りを選ぶようになり、髭剃りは単なる身だしなみから毎日のリラックスタイムへと変化した。
贈り物としても大変人気を集め、贈られた側も贈る側も心遣いに感動する。きめ細やかなサービスを提供する公爵家として、その名をさらに広めることとなった。
「ねぇお父様、今日はどんな香りを選ばれたんですの?」
夕食時、ユミスがツルツルになったお父様の頬を見つめて尋ねた。
「今日は気分転換に、ミントにしてみたぞ!いやぁ、毎朝が楽しみで仕方ないな!」
お父様は満足げに笑う隣では、カルラミネーの頬も、ほのかにレモンの香りが漂っている。
「ん~~、このレモンパイ、最高!」
キャロルはソファに深く沈み込み、至福の表情で手元のレモンパイを堪能していた。
陽光が降り注ぐ広々としたリビングには、ほんのり甘酸っぱい香りが漂っている。
「ミーチェが腕を上げた証拠ですわね」
隣に座ったユミスが優雅に紅茶を啜りながら微笑む。向かいのテーブルではソフィアが絵本を広げ、ミーチェは新しいお菓子のレシピ本を熱心に読んでいた。
レモンピューレー公爵家の広大な庭園で、四姉妹はティータイムを楽しんでいて、ミーチェが淹れたハーブティーの香りがそよ風に乗ってあたりに漂う。
「ふふ、ハーブティー、本当に美味しいですわね。なんだか、心が落ち着きますわ」
ユミスが優雅にティーカップを傾ける。
「もっと甘くてもいいかしら?今度、お父様が買ってきた、蜜蜂の蜂蜜を入れて」
ミーチェが頬に手を当てて考え込んでいる。ソフィアはティーカップから立ち上る湯気をじっと見つめていた時、小さなきらめくものが空中からくるくると舞い落ちてくるのが見えた。蛍のような光を放ちながら庭の茂みへと吸い込まれていく。
「あら、今の光、何かしら?」
ユミスが眉をひそめた。
「妖精さんかな!」
ミーチェが目を輝かせて茂みの方へ駆け寄っていく。
キャロルとユミス、ソフィアも、ミーチェの後を追った。
茂みをかき分けるとそこには手のひらサイズの小さな少女が倒れていたし、背中には透明な羽根がついていて所々が破れてしまっている。
「妖精だわ!」
息を呑んだ。倒れている妖精は全身から微かな光を放っているものの、光は弱々しく意識がないようだった。
「羽根が……破れてしまっていますわ。このままだと危険ですわ!」
ユミスが心配そうに妖精を見つめる。
「早く、助けてあげないと!」
ミーチェが慌てて妖精に手を伸ばそうとするがキャロルがそれを制した。
「待って、ミーチェ。妖精さんはとっても繊細な存在。不用意に触るともっと弱っちゃうかもしれない」
すぐに心のオアシスを取り出し妖精のそばにそっと置いた。柔らかな黄色の光が妖精を包み込み、心地よい音楽が流れ出すが、妖精の弱々しい光は、なかなか回復しない。
「どうしよう……妖精の魔力がすごく弱っているみたい」
不安そうに呟いた。
「キャロル姉さま!わ、私この子の魔力が回復できる薬草を探してきますわ!」
ミーチェが普段見せないような真剣な表情で立ち上がった。日頃から薬草の知識を蓄えていたから。
「私、妖精さんの記録が載っている古文書を探してきますわ。何か回復方法のヒントがあるかもしれません」
ユミスもすぐに動き出した。ソフィアは妖精の小さな手をそっと握り、自分の温かい魔力を分け与えるようにじっと寄り添う瞳には妖精への深い優しさが宿っている。
公爵家の広間の一角に妖精のための特別な空間が作られた。柔らかな布が敷かれ、温度と湿度が最適に保たれ、妖精はそこにそっと横たえられ、キャロルは心のオアシスの光量を最大にして回復させる。




