28,淋しがりやと異界門
夏季休暇が終り、エターナリアから芦屋一家が日本へ行ってから5日が過ぎ、魔女のダンジョンの住人一同は主の不在により、灯が消えたかのような喪失感を感じていた。
約30日間の滞在で、すっかりダンジョンの住人達の心を掴んでしまった一家は、7日後に再び来訪すると告げていた。
しかし、一日千秋とはよく言ったものだ。あまりに長過ぎる待機時間が、虚脱感や虚無感といったやるせない持て余した気持ちを引き起こさせる。
融機人のクレイは何もする気力が沸かず、ここ数日は自室に籠りきりになっていた。
何度か兄妹が食事等の声掛けをしてくれていたが、生返事をするのみ。
普段は飄々としており人当たりも良く、明るい性格のクレイではあったが、実は人一倍神経質であった。
双子のトールは人見知りでつっけんどんな物言いが多いが、一度懐に入れてしまえばトコトン情に厚く、明るく接する。
対してクレイは、社交的で打ち解けるのも早いが、深く信頼関係を築く事には慎重派で、壁を作ってしまいがちだ。
そして見た目とは裏腹に、打たれ弱い一面がある。
ミオが立ち去ってからというものの、精神的に塞ぎこんでしまい、何をするにも億劫になってしまったのだ。
心配する兄妹達ではあったが、乗り越えるのを待って見守るのみ。
そんな所へ、幼竜姿のフィルガズィールがやって来た。
自身の息子であるベガの元へと行って、孫や曾孫と交流をして来たらしい。
ちなみにベガの年齢は280歳位かと思っていたら、もう2年で300歳になると言われ、自分の子供の年齢もまともに覚えていないのを申し訳なく思ったとか。
「フィルガズィール様。どうなさったのですか?」
クレイの私室へと訪ねて来た為、さすがに無視できなくて応対する。
「だいぶ落ち込んでる様だから、一緒に行こうと思って誘いに来たよ!」
「誘いに?どちらかに出掛けるのですか?」
「うん!センセイの居る世界へ!」
「え!?」
クレイは戸惑った。
異世界へ渡る方法があるのか、という疑問は勿論、勝手に押し掛けて迷惑にならないか?と悩んだのだ。
そんなクレイの心情を読み取ったのかフィルは言う。
「気を遣い過ぎ!淋しいんでしょ!いいんだよ、多少は我が儘言っても」
「ですが……」
うつむき苦悶の表情を浮かべる。
「そんなに曇った顔して、我慢しすぎだよ!センセイは鈍いから、言葉にしないと気が付きもしないよ?子供はね親を困らせても許されるんだよ!限度はあるけどねっ」
パチリとウインクするフィル。
「せっかく奇跡的に再会したんだから、もっと側で甘えたいんでしょ?」
自分の我を通せば嫌われるという考えと、それでも会いたいという想いの狭間でクレイは葛藤した。
「ハイハイ。悩まないの!何だったら、ボクに無理やり連れて来られたって言えばいいさ!とりあえずついておいで!」
トコトコと歩みを進め、部屋から出ていくフィルをクレイは追う。
部屋から出てリビングに行くと、融機人の兄妹達が勢揃いしていた。
クレイの顔を見た面々はホッとした表情をした。
どうやら物凄く心配されていたらしい。
「なんかごめんね。久々に皆の顔を見た気がする……」
クレイはバツが悪くなり、目を反らしながら謝罪した。
「―――悩んでんなら相談くらいしろよな」
ふてくされた様子でトールは呟く。
「うん」
小さく頷きを返す。
「さぁってと!センセイの所へ行く門を設置しようか!」
フィルはダンジョンの最深部にある魔女レイラの家から出て、少し広い場所で準備をする。
この家がある最深部には、ミオの他は融機人とフィルしか立ち入れないので、エターナリアの住人が日本へと渡るという間違いも起きない。
融機人は魔法よりも魔術が得意であるため、フィルのようにミオの居る世界へと渡る力は無い。
それ故にクレイはミオの側に行けない哀しみの感情を持て余していたのだ。
魔力を練り上げたフィルは幼竜から元の成竜へと戻った。
圧倒的な存在感と、実際に威圧をも感じる波動を受け、クレイ達は後ずさった。
その直後、空気を震わせ、空間をも引き裂きそうな咆哮が轟いた。
火花と雷光が弾け、光の花が咲き雨のように降り注ぐ。
眩しくて直視出来ずにいると、やがて音と光が止んだ。
「さあ、向こうへ行ける門を創ったよ」
成竜となり、いつもよりも低い声がした。
視線を上げると、今のフィルよりも少し高い、10メートルを越えるであろう白い門がそびえ立っていた。横幅は5メートル位であろうか。
その門の内部は、水面のように揺らめき輝いている。
「こっちの門は大きいけど、向こう側の出口は小さな扉程のサイズだと思うから、ボクは小さくならないと通れなさそう」
言ってフィルは再び幼竜の姿になった。
「念のため、アイコママに連絡してよ」
「はい。では早速」
アクアは連絡手段として、携帯電話を解析して新たに作り上げた魔道具でアイコに通信する。
そして繋がり、手短に会話をしている。
「―――はい、ええ、ではそのように致します」
ピッと音を立てて通信を終える。
「今から行っても良いそうです」
ふんわりと嬉しそうに微笑むアクア。
ワッと沸き立つ面々。
「楽しみですわ!」
「そうだな」
フィオーレとイグニスもソワソワとして落ち着かない様子。
「じゃあ行っくよ~っ!!ボクが一番乗りだぁーっ!!」
駆け出して門へと向かうと、水面に波紋が拡がるように輪が出来たと同時に姿が見えなくなった。
どうやら向こう側の世界へと渡ったらしい。
「さあ、行こうぜ」
顎をクイッと門へと向け、トールが促す。
「ああ―――」
クレイはミオに会える喜びで少し涙ぐみながら足を進めた。
クレイはミオではなく、心のなかでは未だにマザーと呼んでいる。
尊敬してやまない母への、狂おしいまでの執着にも似た感情を少し後ろめたく思いながらも、側に居て役に立ちたいという心に従い、クレイは門をくぐった。




