19,只今修行中
僅かな気配を察知し、半歩程左に体を逸らすと、黒い疾風が袖口を掠めて後方へと跳び去る。
踵ではなく爪先に重心を置き、スプリットステップを駆使した軽いフットワークで、次々と迫り来る攻撃を躱し続けていた。
それはまるで風と共に舞い踊る神楽の様。
見守っている周囲の観衆には信じられない光景が其処にはあった。
2~3日前まで身体強化すら使えなかった人の動きとは、聞いていなければ分からなかっただろう。
疾風の如く、縦横無尽に駆け回りながらも特攻を仕掛けているのは、人族から【姿無き殺人者】と呼称される程に素早く、実態の掴めない種族―――鼠族である―――
ケンは勘違いをしていた。
地球の感覚で言うと鼠は、かつて伝染病を媒介する動物として人から忌避される存在であったが故に、嫌われていると思っていたのだ。
しかし、ここエターナリアの世界では、鼠族と敵対したが最後、姿を見ることすら叶わずに命を落とす……とまで言われている危険種族なのである。
そうとは知らずに、
(でっかいハムスターがカワイイ!!)
なんて考えていたりする。
周囲はケンの器が大きいと捉えていた。
ハッキリ言って勘違い甚だしいが、ケンの内心を知る者は無く、訂正の機会は現在無い。
今ケンが考えているのは、
(ドッジボールで敵だらけの中、時間切れまで粘れる俺の才能よ!唸れ!!)
と、アホの子全開の思考回路で一杯だった。
繰り返す。
ケンの思考を訂正する者は現在いない。
―――そしてついに、この演舞にも等しき攻防の終演が訪れた。
飛び交う弾丸のごときその存在を 真正面にとらえ受け止めた!
「うっしゃ!捕まえたぜ!!」
声高らかに宣言して、抱えている生き物を頭上に掲げた。
「スゴいデス!まさか捕まるとは思わなかったデス!」
モコモコとした体躯のテトが「キュー」っと鳴き、敗けを認めた。
どよめく観衆。
「これならば更なる難易度の修行を課しても良いでしょう」
褐色の肌に金髪でやや赤みがかった瞳を持つ、20代後半の年齢に見える男性。
鬼人族のヒューゴは「ほぅ」と感嘆の吐息をもらし、期待に満ちた瞳は熱を帯びていた。
そして直ぐに次の課題内容を与えようとしたが、待ったがかかった。
「まあ、まずは休憩だろ。ケン、水分補給をしろよ」
トールが席に着くように勧める。
「おう!サンキュー。テトも何か飲もうぜ」
「はいデス!」
ケンに抱っこされたまま、一緒に休憩に入るテト。
孤高の種族であったハズだが、既にその面影は無く、まるっきり愛玩動物みたいになっているが、誰も突っこまない。
それ程までに見慣れてしまって、寧ろしっくりくる。
こちらの世界に来てから丸3日。
当初の予定では、ミオの帰還する日であったが、手の離せない用事が発生したとかで、延長の申請がされていた。
なんでもオアシスを復活させているとか……。えっ。そんなんアリなの?
地球と違い、コッチの世界の魔素がミオと相性バツグンで、色んな現象を引き起こせるって言ってたけど、スケールがデケェよ。
トールはどこか誇らしげに、ミオの砂漠での行動を教えてくれた。
アイツの事、大好き過ぎだろ!
だがそれは、このダンジョンに住む者全てに共通する想いだ。
ケンは「はぁ……」と息を吐いた後に立ち上がって言う。
「さあっ!次の課題をくれ!」
少しでも力をつけ、ダンジョンの外での活動を認めてもらわなければ!
そう決意も新たにして、気合いを入れた。
もうテトを手離せません!




