お題【傘】
透明のビニ傘ってどれも似ているよね。
だから自分のとか人のとかあんまり気にしたこともなかった。
どっかの店に入るときも出るときも「透明のビニ傘」ってとこまでしか確認していないし、そういう自分に対して特に罪悪感もなかった。
もしも間違えたとしても、盗んだわけじゃない、交換みたいなもんだって。
そう、あの傘を手にするまでは。
以前はそんなだったから、あの傘をどこで手に入れてしまったのかは正直わからない。
ただ、あのことに初めて気づいた日のことははっきりと覚えている。朝から冷たい雨が続く、そして風がちょっと強く吹いていたあの日だ。
風にうまく逆らわずにいると、ビニ傘でも壊れずに案外長持ちする。
雨を巻き上げた風が時には斜めから、ひどいときにはほとんど横から吹いてきたあの日は、傘をあっち向けたりこっち向けたり忙しかったのを覚えている。
ビニ傘だとどちらの方向へ向けても視界が遮られないのがいいところ。
周囲の街灯がちらほら灯り始めたあの時間でも、少し前を歩いていたサラリーマンらしい人の後ろ姿もしっかりと見えていた。
しっかりと……見えていたはずなのに、その人の右足だけが見えなかった。
見えてはいないのに、その人は右足がある体で歩いている。
存在しないんじゃなく、見えないだけのように感じる。
ほら、心霊写真で体の一部が消えているのってあるじゃない。あんな感じ。
あまりにもびっくりしたから目をこすったんだ。
左手にはずっとコンビニ袋をぶら下げていたし、傘を持っていた右手で。そしたらさ、サラリーマンの右足がちゃんとあるじゃん。おかしいなって思ったタイミングでまた強い風が吹いて、慌てて傘を構えると右足がちゃんと消えている。
また目をこすろうとして、傘を肩とアゴとではさんだとき、ようやく気付いた。
そのサラリーマンの右足は、ビニ傘ごしに見たときだけ、消えているんだってことに。
何度か見直したけどやっぱりそう。だから慌ててスマホを取り出したんだ。撮影したら心霊写真みたいになるんじゃなないかって思ってさ。
その瞬間、すごく嫌な音があたりに響いた。
スマホを落としそうになったくらいの大きな音。
それで顔をあげたら、さっきまでサラリーマンが歩いていた場所には代わりに車がいて……そこは歩道100%だから、車が歩道に乗り上げたってこと?
自分よりももっと近くに居た女の人が叫んでいて、そのすぐ先、車の何メートルか向こうに倒れているサラリーマンを見つけた。
心配だったのと、近くで右足を確認したかったのとで事故現場へ近づいてゆく。
そしてすぐに目に入った。ビニ傘ごしじゃなくとも、明らかに折れたっしょってわかるくらい不自然な方向に曲がっている右足。
呆然とサラリーマンを見つめていると、隣の方で「事故に遭った人の写真撮るなんて人としてどうかしてるわ」って声が聞こえて、そういえば自分はスマホを握りしめていたっけと気付き、早々にその場を立ち去った。
それからは意識的にビニ傘ごしに景色を見るようになって、体の一部が消えている人は何人か見つけた。
もちろん、その全てを事故に遭うまで追いかけたわけじゃないし、自分の中にじわじわと固まりつつある疑念が真実なのかまで確かめてはいないんだけど。
ただ、その見つけたうちの一人、指が一本見えなくなっていた友人が、自転車で転んだ時に車輪に手をつっこんじゃって指を一本切断したってのをさっき聞いて、なんかもう寒気しかしない。
このビニ傘、捨てちゃおうかな。それとも捨てたら呪われるかな。差しているだけでも呪われちゃってたら嫌だよな。でも、まだ自分自身には何も起きてないし……なんて考えていると雨が降るんだ。
傘はいま、この一本だけだから、差しはする……差しはしたものの、ビニ傘ごしの風景はなんとなく怖くて見れない。
そしてそんな時に限って、前を歩いているカップルが突然立ち止まる。なんだまた事故か? ビニ傘ごしには何も覗いてないのに。
「あれ、もう止んでない?」
そんなことを言いながら空を見上げる二人につられて、ふと見上げた夕闇の空。
ビニ傘に自分の顔が映っていた。でもなんで自分は顔だけしか映っていないのか。
<終>




