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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第1章 硝煙のシスター
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第8話 帝都の門

 夜明けとともに、廃屋敷を出た。


 セラを起こした。セラは目をこすりながら立ち上がり、荷物を背負った。何も言わなかった。クラリスも何も言わなかった。二人は正門をくぐり、草に覆われた坂を下りた。


 帝都の城壁が、朝の光の中にあった。



 城門は大きかった。


 クラリスが今まで通ってきた城門とは規模が違った。石の門柱に魔法の紋様が刻まれていた。門の上部に魔道灯が並んでいる。まだ点灯していた。夜通し燃えていたのか、朝になっても消えていなかった。門の両脇に衛兵が立っている。鎧の意匠が帝国軍のものと似ているが、違う紋章だった。


 人の流れが門に向かっていた。商人、職人、行商人らしき荷物を持った者たち。戦争の混乱が街道に出ていた痕跡は、ここでは薄かった。帝都の日常が、まだ動いていた。


 「セラ、帝都ではわたしの傍を離れないでください」


 門をくぐる手前で、クラリスは言った。


 セラが顔を上げた。うなずいた。声はなかった。


 流れに入った。



 衛兵が列を確認していた。


 身分を示す書類を求めている。商人は証明書を出した。職人は工房の印章を見せた。流れが少し詰まっていた。クラリスは列の中でセラの位置を確かめながら、衛兵の確認の仕方を見ていた。


 順番が来た。


 衛兵がクラリスのシスター服を見た。次にセラを見た。


 「所属は?」


 「帝都近郊の教会です。街の焼け落ちる前に出まして」


 「書類は?」


 「焼けました」


 衛兵が少し間を置いた。シスター服をもう一度見た。クラリスは視線を外さなかった。


 「シスターはどちらへ向かう予定ですか?」


 「帝都内の教会へ。上の方にご確認いただければ」


 衛兵が隣の衛兵と短く言葉を交わした。隣の衛兵が小さくうなずいた。


 「通ってください」


 クラリスはうなずいた。セラの手を引いて、門をくぐった。



 帝都の内部は、外から見たより広かった。


 大通りの両側に石造りの建物が続いている。魔道灯が等間隔に並んでいた。いくつかはまだ点灯していた。人の数が多い。声が重なっている。荷車の音。魔法を使う者の詠唱が遠くから聞こえた。


 クラリッサの記憶が動いた。


 大通りの形が変わっていた。記憶の中より幅が広い。石畳の敷き方が違う。しかし建物の並びの奥に見える丘の形は変わっていなかった。丘の上の塔。100年前から立っている塔が、今も同じ場所にあった。


 記憶の中の街路と、今の街路が、二重に重なって見えた。


 どちらを歩いているのか、一瞬分からなくなった。


 足が止まりかけた。セラがクラリスの手を握った。握り返した。現在が戻ってきた。


 「こちらです」


 クラリスは大通りを外れ、路地へ入った。クラリッサの記憶が教会の方角を知っていた。



 帝都内の教会は、路地をみっつ抜けた先にあった。


 街の教会より大きかった。石造りの外壁に、精緻な彫刻が施されていた。扉は開いていた。中から祈りの声が聞こえた。


 クラリスは中に入った。


 礼拝堂は天井が高かった。光が入ってくる。信者が数人、座っていた。祭壇の前に、修道服を着た男が立っていた。若い。二十代の前半に見えた。振り返ったその顔に、特別な印象はなかった。


 「焼け出された者ですか?」


 男が言った。落ち着いた声だった。


 「はい。しばらく身を寄せることができますか?」


 「もちろんです。こちらへ」


 男がクラリスとセラを礼拝堂の奥へ案内した。歩きながら、男がクラリスのシスター服を見た。次に、背中を見た。P90の輪郭を見た。一瞬だったが、確かに見た。


 表情は動かなかった。


 驚かなかった。


 その一点が、クラリスの頭の中に残った。



 教会に部屋をもらった。


 食事が出た。温かかった。セラが黙って食べた。クラリスも食べた。


 食事の後、クラリスは礼拝堂に戻った。


 あの男を探した。いなかった。祭壇の前に別の修道服の人間がいたが、先ほどの男ではなかった。礼拝堂の扉の外に出てみた。石畳の通りに人が流れていた。男の姿はなかった。


 奥の部屋を訪ねた。教会の修道院長らしき老人が出てきた。


 「先ほど案内してくださった方は?」


 「若い者ですか?今日は当番ではないはずですが」


 当番ではない者が、いた。


 クラリスは礼を言って引き下がった。



 午後になった。


 クラリスはセラを連れて教会の外に出た。帝都の路地を歩いた。目録が視界の端にある。帝都の中は魔素が濃い。いくつかの輪郭が、街道にいた時より鮮明に見えた。


 次の動きを考えながら歩いていた。


 資料の解読。密偵の行方。教会に紛れ込んでいた男たちの背後にある何か。クラリッサの記憶が貴族社会の諜報機関について断片を持っていたが、それが今も存在するのか、形を変えたのかは分からなかった。


 帝都に来た理由は、資料の解読者を探すことと、クラリッサの記憶が示す場所をもう一つ確かめることだった。


 路地の角を曲がった時、人の流れが少し変わった。


 混んでいた。


 人が重なる中で、視線があった。


 こちらを見ている人間がいた。一人。人混みの少し外れに立っていた。年齢は読みにくかった。服装は帝都の一般市民に見えた。しかし立ち方が違った。密偵の男とも違う。もっと静かな立ち方だった。


 その人物の視線が、クラリスの胸元で止まった。


 懐中時計の位置だった。


 一瞬、目が合った。


 人物の表情が動いた。何かを確認したような、あるいは確認できなかったような、どちらとも読める動き方だった。


 次の瞬間には、人混みの中に入っていた。


 クラリスは足を止めた。


 路地の人の流れを見た。人が重なり、動き、別れ、また重なる。どこに消えたか、もう見えなかった。


 セラがクラリスの袖を引いた。


 「見えましたか?」


 セラは少し間を置いてから、うなずいた。



 路地の端に、壊れた石垣があった。


 クラリスはそこに腰を下ろした。セラが隣に立った。


 資料が懐にある。目録が視界の端にある。帝都の路地の音が周囲にある。


 今日だけで、二つの引っかかりが出た。


 教会の男。懐中時計に反応した人物。


 どちらかが同じ組織に属しているとすれば、この帝都は既にクラリスの存在を捕捉しようとしている。密偵が送った情報が先に届いていれば、なおさらだった。


 しかし動きはまだない。


 だとすれば、相手も様子を見ている。


 クラリスは路地の先を見た。人の流れが続いている。帝都の日常が、引き続き動いている。


 懐中時計が、胸元で重かった。


 あの人物の背中を、クラリスはまだ目で追っていた。もう見えないのに、視線だけが路地の奥を向いたまま、戻ってこなかった。

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