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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第1章 硝煙のシスター
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第7話 父の残したもの

 夜が明けきる前に、クラリスは動いた。


 セラはまだ眠っていた。広間の隅、荷物を枕にして丸まっている。クラリスは音を立てないように立ち上がり、廊下へ出た。


 懐中時計を胸元に感じながら、廃屋敷の内部へ進んだ。



 父の書斎は、東の廊下の突き当たりにあった。


 クラリッサの記憶がそう言った。歩きながら記憶と現在が重なっていく。廊下の石の色が記憶と同じだった。天井の梁の間隔が同じだった。角を曲がる前に、次の景色が分かった。


 扉があった。


 木が腐って、半分開いたまま固まっていた。クラリスは扉の縁に触れた。記憶の中でも、この扉は少し重かった。子供の頃のクラリッサには、両手で押さなければならなかった。


 中に入った。


 書斎だったものが残っていた。本棚の骨格は残っているが、本はない。誰かが持ち出したか、腐って崩れたか。机が一つ、窓の下に置かれていた。引き出しがいくつかあったが、全て開いていた。中は空だった。


 窓から外の空が見えた。まだ暗い。夜明けまで少し時間がある。


 クラリスは机の前に立った。


 記憶の中で、父はここに座っていた。窓に背を向けて、書類に向かっていた。振り返ると庭が見えた。クラリッサが庭から父を呼ぶと、父は窓越しに手を振った。


 記憶が来て、静かに退いた。


 机の表面を指先でなぞった。溝がある。傷ではない。細かい文字のような溝だった。埃を払うと、刻まれた文字が浮かんだ。暗号か、あるいは別の言語か。読めなかった。クラリッサの記憶にも、この文字の解釈は残っていなかった。


 父が、ここに何かを刻んでいた。



 自分の部屋は、二階の南側だった。


 階段が半分、崩れていた。残った半分を慎重に上がった。


 部屋の扉は外れて床に落ちていた。中は空だった。窓枠だけが残っている。窓から帝都の城壁が見えた。100年前も、同じ景色だったはずだった。


 記憶が来た。


 小さな机。本棚。窓辺に座って外を見ている少女。景色の中に城壁がある。同じ角度だった。ただ城壁の向こうに見える塔の数が違った。今の方が多い。


 クラリスは窓枠に手を置いた。


 記憶の中の少女の視線と、今の自分の視線が、同じ角度で城壁の上を見ていた。


 3秒で、引き返した。



 食堂は一階の西側だった。


 テーブルの残骸が床に散っていた。椅子の脚が一本、壁際に転がっていた。暖炉が広間のものより小さい。家族だけで使う部屋の規模だった。


 記憶の中では、朝食の時間にここへ来た。父と二人で食事をした。父が何か話した。何を話したかは出てこなかった。ただ、向かい合って食事をしていた、という事実だけが残っていた。


 クラリスはしばらくその部屋に立っていた。


 何かを探しているわけではなかった。ただ、立っていた。



 隠し部屋は、食堂の暖炉の裏にあった。


 クラリッサの記憶が示した。暖炉の左側の石の一つに、他と違う手触りがある。押すのではなく、引く。記憶がそう知っていた。


 石に手をかけた。引いた。


 重かった。100年分の錆と埃が噛んでいた。それでも動いた。暖炉の裏の壁が、内側へ開いた。


 狭い通路があった。


 クラリスは中に入った。突き当たりに小さな部屋があった。窓はない。空気が止まっていた。埃の厚みが廊下より増していた。人が入った形跡が、長い間ない。


 棚が一つあった。


 棚の上に、木箱が置かれていた。


 クラリスは木箱を開けた。中に、紙束があった。



 取り出して、光に近づけた。


 文字が並んでいた。しかし読めなかった。書斎の机に刻まれていたものと似ているが、違う。複数の暗号体系が混在しているように見えた。図のようなものが挟まっていた。円と線が組み合わさった図。魔法の魔法陣にも見えた。しかし形が違った。


 クラリスは紙束を持ったまま、壁に背を預けた。


 目録が視界の端にある。隠し部屋の中に魔素の動きはない。静かだった。それとは別に、手の中の紙束が、重さを持ち始めていた。


 「父は、ここまで知っていたのですね」


 声は低かった。通路の石の壁に吸われた。


 「まだ、全部ではありませんが」


 すぐ続けた。自分の声なのに、少し遠く聞こえた。



 通路を出て、食堂に戻った。


 セラがいた。


 食堂の入り口に立って、クラリスを見ていた。眠っていたはずだった。いつ起きたのか、いつここまで来たのか、分からなかった。


 「起こしてしまいましたか?」


 セラは首を振った。


 クラリスは手の中の紙束を持ち直した。セラの視線がその紙束に向いた。


 一瞬だった。


 何かが、セラの表情の上を通り過ぎた。感情の名前のつかないものが、水面に小石が落ちた時のように、広がって消えた。セラ自身は気づいていないようだった。すぐに視線がクラリスへ戻った。


 クラリスは何も言わなかった。


 紙束を懐にしまった。



 広間に戻り、懐中時計を取り出した。


 両手で包むように持った。親指が蓋の縁に触れた。押し開くと、紋章が見えた。鷹と盾。その下の細い文字。今度は読んだ。「次に目覚める者へ オスカー・フォン・ヴァルシュタイン」


 父の名前だった。


 隠し部屋の資料と、この紋章が、どこかでつながっている。何がつながっているのかは分からない。しかし資料の中の図の一部に、この紋章と同じ形の断片があった。父はこの時計を、ただの形見として作ったのではない。


 クラリスは紋章を見たまま、しばらく動かなかった。


 夜明けの光が、崩れた天井の隙間から差し込んできた。石の床に細い光の筋が落ちた。


 蓋を閉じた。胸元に戻した。


 セラが広間の隅に戻って、また目を閉じていた。眠っているのか、眠っている振りをしているのか、分からなかった。


 クラリスは資料を胸に抱えたまま、光の筋の傍に座った。


 祈っているとも、考えているとも、言えない姿勢で。


 夜明けが、廃屋敷の中に入ってきた。

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