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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第1章 硝煙のシスター
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第6話 廃墟の令嬢

 数日が経った。


 道中にもう一度、小規模な魔物の群れが出た。エルトの隊列が騒ぐ間もなかった。P90で片がついた。誰も怪我をしなかった。エルトは何も言わなかった。ただその夜の野営で、いつもより多く食料を分けてくれた。


 それからは何もなかった。


 街道が広くなり、行き交う人の数が増え、遠くに城壁が見え始めた。



 帝都が、見えた。


 城壁の向こうに塔が幾本も立っている。魔法文明の繁栄を刻んだ石造りの街。クラリスは馬車の脇を歩きながら、その輪郭を見ていた。


 見ていると、別の輪郭が重なってきた。


 もっと背の低い城壁。塔の数が少ない。石の色が違う。クラリッサの記憶の中の帝都は、今目の前にあるものより小さかった。100年で育った分だけ、街は大きくなっていた。


 北の大通りの入り口に、昔は噴水があった。記憶がそう言った。


 今は石畳だけがある。噴水の台座の跡らしき低い縁石が、草に埋もれて残っていた。


 クラリスは視線を前に戻した。



 城門の手前で、エルトが馬車を止めた。


 「お世話になりました、シスター」


 振り返ったエルトの顔は、出発した日より少し疲れていた。それ以上に、何かが変わっていた。最初に見た「悩んでいる顔」ではない。もっと静かな顔だった。


 「こちらこそ、お世話になりました」


 「これを」


 エルトが革袋を差し出した。金貨の音がした。それと、包まれた食料が一つ。


 「約束の分に、少し足しました。足りないとは思いますが」


 「十分です」


 クラリスは革袋を受け取った。エルトが何か言いかけた。唇が一度動いて、止まった。先日の戦闘の後から、エルトはずっとこうだった。何かを言いたいのに言えない顔が続いていた。


 「あの道具は」エルトがようやく言った。「人を守るためのものですか?」


 「そのつもりで使っています」


 エルトは少し間を置いた。


 「そうですか」


 それだけだった。短く言って、手綱を持ち直した。馬車が動き始めた。難民たちが城門の方へ散っていく。老夫婦が小さく頭を下げた。クラリスはそれを受けた。


 密偵の男は振り返らなかった。人混みの中に消えていった。


 クラリスはその背中が見えなくなるまで、視線を外さなかった。



 帝都の城門を入らず、クラリスは南西へ向かった。


 クラリッサの記憶が、道を知っていた。


 帝都の城壁に沿って歩き、やがて街道から外れた。人が減った。建物が古くなった。手入れされていない木が街道に張り出している。記憶の中の道と、今の道が重なっていた。重なりながら少しずつずれていく。100年分のずれ。石垣の位置が変わっている。水路の形が変わっている。しかし丘の稜線は変わらなかった。


 坂を登りきったところで、記憶が止まった。


 ここだ。


 目の前に建物があった。



 廃屋敷だった。


 かつて屋敷だったもの、と言う方が正確だった。石造りの外壁は残っている。しかし屋根の一部が落ちていた。窓枠から木が腐って外れているところがある。玄関の扉は片方が地面に倒れたまま、誰かが立てかけた形跡もなく朽ちていた。庭だったはずの場所は草と低木に覆われていた。


 クラリスの視線が止まった。


 クラリッサの記憶の中の屋敷と、目の前の廃墟が、同じ場所に重なっていた。正門の柱の形が同じだった。石畳の割れ方が同じだった。ただ、記憶の中では柱に蔦は絡んでいなかった。庭に人がいた。


 「ここが、わたしの家でした」


 声に出てから、誰かに向けた言葉ではないと気がついた。


 セラが隣に立っていた。廃屋敷を見ていた。何も言わなかった。



 クラリスは正門をくぐった。


 玄関の扉の残骸を踏まないようにして、中に入った。


 石の廊下。天井が高い。一部が落ちていて、空が見えた。記憶の中の廊下と同じ幅だった。足音が同じように響いた。埃の匂いがした。


 セラが後ろからついてきた。


 廊下を進むと、広間に出た。暖炉の前に積み上げられた石の破片。テーブルらしき木材が腐って床に崩れている。クラリッサの記憶の中に、同じ部屋があった。暖炉に火が入っていた。父が椅子に座っていた。本を読んでいた。


 記憶が3秒ほど続いてから、消えた。


 クラリスは暖炉の前に立った。煤の跡が石に残っている。最後に火が入ったのがいつかは分からなかった。


 背後で、セラの足音が止まった。


 振り返ると、セラが広間の入り口に立っていた。廃墟の内部を見ていた。何かを見ている顔だった。壁を見ているのか、空気を見ているのか、あるいは何も見ていないのか、クラリスには分からなかった。セラ自身も、自分が何を感じているのか分からない顔に見えた。


 クラリスは何も言わなかった。


 セラも何も言わなかった。



 夜になった。


 二人は広間の片隅に落ちていない天井の下を選んで、そこに荷物を置いた。食料を分けた。水を飲んだ。火は焚かなかった。帝都の近郊で煙を上げる理由がなかった。


 セラが先に目を閉じた。


 クラリスは広間の壁に背中を預けて、闇の中にある廃墟を見ていた。目録が視界の端に薄く広がっている。夜の廃屋敷には魔素の動きがない。どの輪郭も静かなままだった。


 右手が胸元に触れた。


 懐中時計の形を、服の上から確かめた。


 開かなかった。


 風が来た。どこかの壁の隙間から吹き込んで、埃を舞い上げた。シスター服の裾が揺れた。


 クラリスはそのまま、手を胸元に当てたまま、壁に背中を預けていた。

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