第4話 護衛の値段
子供と並んで歩くのは、思ったより難しかった。
歩幅が違う。速度が違う。クラリスが普通に歩くと、子供は小走りになった。気づいて緩めると、今度は子供が距離を測るように間を置いた。2人は午後の街道を、どこが適切なのかを探りながら南へ進んだ。
子供はまだ何も言わなかった。名前も聞いていなかった。
街道の分岐から1時間ほど歩いたところで、荷馬車の列が見えた。
4台。御者と荷積みの男が数人。その後ろに人の塊があった。難民だとクラリスには分かった。荷物が少ない。足元が揃っていない。先頭の馬車の横に、商人らしい男が立っていた。太った体格に、汗で乱れた髪。街道の先を眺めながら、何かを悩んでいる顔だった。
クラリスが近づくと、男が振り返った。
シスター服を見た。次に子供を見た。次にクラリスの背中を見た。
そこで目が止まった。
「それは」と男が言った。「何ですか?」
P90のことだとクラリスには分かった。
「護身のための道具です」
「魔法の、道具ですか?」
「いいえ」
男の眉が動いた。魔法ではない、という答えが、何かを解決するより増やしたらしかった。魔素の反応がない。詠唱もない。なのに人が死んだ、という話を街道のどこかで聞いたのかもしれない。男の目が、P90の銃口から引き金へと移動した。
「さっきの音は、あなたですか?」
「何の事でしょうか?」
男は少し黙った。
列の後方で子供の泣く声がした。女がなだめている。馬が地面を蹴った。男はそちらを一度見てから、クラリスへ向き直った。
「護衛を頼みたい」
声が低くなっていた。悩んでいた時の声とは違った。
「帝都まで4日か5日の道程です。途中に難所が3つある。魔物が出る場所と、略奪者が出た報告のある街道が1か所ずつ。残り1つは」男が口ごもった。「戦線が近い」
「報酬は?」
「金貨5枚。それと食料を必要なだけ。帝都まで同行を保証します」
金貨の額が妥当かどうかを、クラリスは判断できなかった。クラリッサの記憶が侯爵家の経済感覚を持っていたが、100年の誤差がある。食料と同行権の方が、今のクラリスには実質的だった。
「わたしでよければ」
男が息を吐いた。
「エルトです。商人のエルト。よろしく頼みます、シスター」
「クラリスと申します」
エルトがP90をもう一度見た。今度は短く、すぐ視線を外した。
隊列に加わる前に、クラリスは構成を確認した。
エルトと従者が3人。荷馬車が4台。難民が7人。老夫婦が1組、壮年の男が2人、女が1人、子供が2人。
難民の輪の端に、子供が立っていた。他の難民と並んでいるが、並んでいない。老夫婦とも、壮年の男たちとも、つながりを持たない立ち方だった。
隊列の確認が終わってから、クラリスは難民の輪の端へ戻った。
「名前を、聞いていませんでした」
子供は少し間を置いた。
「セラ」
それだけだった。短く、低く、ほとんど呟くような声だった。
セラはしばらくしてから、かすかに瞬きをした。
隊列の確認をしている間に、引っかかりがあった。
壮年の男の1人。荷物が少ない割に、体格がよかった。手が荒れていない。難民にしては歩き方が安定しすぎている。移動に慣れた歩き方だった。
視線が一度だけ、クラリスの背中で止まった。止まって、すぐに外れた。
クラリスは顔を向けなかった。
根拠ははなかった。ただ、一度引っかかるとしばらくひっかかる。男が隊列の位置を確認する時の目の動かし方が、周囲の地形を把握しようとする動きに似ていた。荷物を持ち直す手が、重さを確かめる手ではなかった。
違うかもしれない。しかし合っているかもしれない。
出発前にエルトが戻ってきた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「シスターが」エルトが少し声を落とした。「その、得体の知れない道具を持って歩くものですか?」
「戦場を歩くなら、必要だと思いました」
エルトは何か言いかけた。唇が動いたが、声にならなかった。代わりに、難民の方を見た。老夫婦が向かい合って話している。
「そうですね」とエルトが言った。「そうかもしれない」
歯切れが悪かった。しかしそれ以上は聞かなかった。
隊列が動き始めた。
クラリスは後方に位置を取った。全体を見渡せる場所。先頭への注意はエルトの従者が担う。後方と側面がクラリスの担当になる。取り決めたわけではなかったが、そう動くのが自然だった。
目録を確認した。昨日の戦闘で充填された分が残っている。使えるものが増えた。
街道が南へ伸びている。
2歩後ろに、足音があった。
振り返らなかった。
歩幅を少し、緩めた。




