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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第5章 魔力がなくとも
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第37話 魔力がなくとも

 数日が経った。


 セラの左肩の傷は、王都の医師が診た。骨には達していなかった。魔法による火傷に近い傷だった。清潔にして安静にしていれば、2週間ほどで動けるようになると言った。


 宿の部屋で、セラは眠っていることが多かった。


 クラリスはその傍にいた。



 聖典騎士団の解体が始まったという知らせは、3日目に来た。


 リードが持ってきた。


 「頂点が消えた後の動きが、想像より速かったです」


 リードは言った。


 「各地の末端が、自首しています。逃走した者もいますが、王国軍が追っています。帝国側でもヴィンセント様の一派が動いていて」


 「冤罪の件は?」


 「表に出始めています」


 クラリスは窓の外を見た。王都の通りが見えた。昼の人通りがあった。


 「父が正しかったと、記録に残りますか?」


 「残ります。ヴィンセント様が主導しています。帝国の公文書に残っていた謀反人の記録が、訂正される見込みです」


 クラリスは何も言わなかった。


 少しの間、窓の外を見続けた。


 「そうですか」


 それだけ言った。



 名誉回復の正式な手続きが完了したという知らせが届いたのは、それからさらに数日後だった。


 クラリスはその場にいなかった。


 宿の部屋で、眠っているセラの傍に座っていた。窓から午後の光が入っていた。セラの呼吸が規則的だった。


 紙を1枚持っていた。ヴィンセントからの書簡だった。


 読んだ。


 「ヴァルシュタイン侯爵家の名誉が回復された。100年前の処刑は冤罪であったと帝国が認めた。オスカー・フォン・ヴァルシュタインの研究は今後公式に保護される」


 短い文章だった。しかしその短さに、100年分が詰まっていた。


 クラリスは紙を折りたたんだ。


 胸元に手を当てた。懐中時計があった。


 声に出した。



 「覚えておいてください」



 セラは眠っていた。リードはいなかった。部屋に1人だった。


 「魔力がなくとも人は誇りを持って生きられます」


 クラリッサが処刑台に立った朝に、口の中だけで動かした言葉だった。声に出せなかった言葉だった。100年前に声にならなかった言葉が、今この部屋で初めて声になった。


 誰かへの言葉ではなかった。


 クラリッサへの言葉だった。オスカーへの言葉だった。懐中時計の中にある「どうか、続きを」という文字への、クラリスからの返事だった。


 声に出したのは、この一度だけだった。



 翌日、セラが起きている時間が増えた。


 昼過ぎに、窓の近くに椅子を運んだ。セラが座った。左肩を少し庇いながら。クラリスが隣に座った。


 外を見た。


 王都の通りが見えた。石造りの建物が並んでいた。魔法の光塔はない。昼の光が通りを照らしていた。人が歩いていた。老人が歩いていた。子供が走っていた。布を抱えた女が歩いていた。魔力の反応がなかった。それが当たり前のことのように、誰も気にしていなかった。


 「鉄の聖女の話が広まっているそうです」


 クラリスは言った。


 「帝国の方でも?」


 「はい。100年前の言葉が、今初めて表に出始めています」


 セラが通りを見た。


 「クラリッサさまの言葉が」


 「そうです」


 「……よかった」


 セラが小さく言った。


 クラリスはセラを見た。セラは通りを見ていた。左肩を右手でそっと押さえていた。


 それ以上は、どちらも何も言わなかった。


 通りに風が来た。子供が走っていた。



 戦争の停戦の気配が届いたのは、その翌日だった。


 リードが書簡を持ってきた。帝国上層部に潜んでいた組織の構成員が次々と摘発されているという内容だった。帝国が戦争を継続する動機を失い始めている。停戦の交渉が始まる可能性がある。


 「完全に終わるまでは、まだ時間がかかります」


 リードは言った。


 「分かっています」


 「ただ、動きが変わりました。それは確かです」


 クラリスは書簡を返した。


 「あなたは、この後どこへ行くんですか?」


 リードが聞いた。


 クラリスは少しの間考えた。


 答えが、まだなかった。旅をここで終える理由がなかった。しかし次に向かう場所が、今この瞬間には見えていなかった。


 「まだ、分かりません」


 正直に答えた。


 リードがクラリスを見た。何かを言おうとした。言わなかった。


 「そうですか」


 それだけ言って、書簡を持って出て行った。




 夕方になった。


 セラがまた窓の近くに座っていた。今日は椅子を自分で運んでいた。左肩がまだ痛むはずだったが、何も言わなかった。


 クラリスが隣に座った。


 通りに夕方の光が入っていた。昼より人通りが少なかった。それでも人はいた。歩いていた。魔力ゼロの者が普通に歩いていた。


 「クラリス様」


 「はい」


 「この世界は、変わりますか?」


 クラリスは通りを見た。


 老人が歩いていた。荷物を持った男がいた。手を繋いで歩く親子がいた。誰も魔力の反応を出していなかった。それが当たり前の街だった。


 少しの間考えた。


 「変わり始めました」


 それだけ答えた。


 セラが頷いた。頷いてから、また通りを見た。


 胸元に懐中時計があった。


 取り出さなかった。ただ、そこにある重さを感じた。感じようとしなくても、そこにあった。


 重くなかった。


 これまでずっと重かった。旅の始まりから、ずっとそこにある重さだった。それが今、重くなかった。


 通りに夕方の光が続いていた。


 セラが窓の外を見ていた。


 クラリスも見た。

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