第35話 最終決戦
広間に、3人がいた。
倒れた聖典騎士団の構成員たちが床に散っていた。その中央に、黒幕が立っていた。平服。武器なし。しかし広間の空気の密度が、前回とは根本から違った。前回はまだ余裕があった。今はなかった。百年以上積み重ねた魔力が、この1人の存在に満ちていた。
「また来たのか、ヴァルシュタインの娘よ」
「はい」
クラリスはP90を構えたまま答えた。
その瞬間だった。詠唱なしに魔素が動いた。男の周囲から圧が広がった。広間の壁が軋んだ。
引き金を引いた。連射音が広間に反響した。弾丸が男に向かって、弾かれた。着弾音ではなく、弾かれる音だった。魔素の壁だった。
グロック17を引いた。引き金を引いた。同じだった。弾かれた。
広間の天井から石粉が落ちた。男が圧を増していた。
M134を召喚した。3秒。4秒。右腕に在った。引き金を引いた。毎分6000発が男に向かった。壁が揺れた。石壁が削れた。しかし男の周囲の魔素の壁は消えなかった。
「あなたがかつて人間だった頃」
M134を構えたまま、クラリスは言った。声に迷いはなかった。確信があったわけではなかった。しかしこれほど長く生きた存在が、最初から人間でなかったとは考えにくかった。
男の動きが、少し止まった。
「魔力ゼロの者を、何と呼んでいましたか?」
広間が静かになった。M134の回転が収まった。返答が来るまでに時間がかかった。これまでとは違う時間がかかった。
「石ころと呼んでいた」
男が言った。
しばらく、黙った。
「それでも」
声が来た。
「石ころは、守られるべきものだった」
言った後、男の顔に何かが起きた。変わった、という動き方ではなかった。何かが一瞬、崩れた。崩れてすぐに、また元に戻った。100年以上かけて積み上げた確信が、この一言を言った瞬間だけ、ひびが入った。そういう崩れ方だった。
「そうですね」
クラリスは静かに言った。
「石ころと呼ばれた者が、石ころと呼ばれている者を守りながら、あなたと戦っています」
男が何かを言おうとした。
「これが、世界の崩壊ですか?」
男の口が止まった。
「違います。これが、続きです」
クラリスはM134を収めた。セラを見た。
「出口、探しますか」
セラがすでに広間の左奥を指していた。壁に扉があった。目立たない扉だった。石壁と同じ色だった。
「あっちにあります」
男の魔素が再び動いた。今度は規模が違った。広間の床の石畳が浮いた。壁の石が剥がれ始めた。
走った。
修道院の裏手だった。
荒野が広がっていた。草もほとんどなかった。石混じりの地面が遠くまで続いていた。空が広かった。
「走り続けてください」
「どのくらい?」
「できるだけ遠く」
足音が後ろから来た。男が出てきた。建物の外でも男の魔素の密度は変わらなかった。荒野の空気が圧縮されていくような感覚があった。
P90を引きながら走った。後方に向けて引き金を引いた。牽制だった。効かないと分かっていた。しかし男の足を少しだけ遅らせることはできた。
セラが前を走っていた。転ばなかった。石混じりの地面を、速く走っていた。
男が詠唱した。空気の変化があった。
「伏せてください!」
セラが伏せた。クラリスも伏せた。頭上を何かが通った。熱かった。地面に当たった。石が弾けた。
立った。走った。距離が開いていた。しかしまだ足りなかった。
男がまた詠唱した。今度は伏せる時間がなかった。クラリスはP90を後方に向けた。引き金を引いた。
詠唱が少しずれた。
セラだった。振り返りながら走っていた。後方の男を見ていた。何もしていなかった。ただ見ていた。それだけで、詠唱がずれた。
「前を向いてください!」
「はい!」
走った。荒野を走った。修道院が遠くなった。
理沙が計算した。
2キロ。2.5キロ。3キロ。
「止まります」
足を止めた。セラも止まった。振り返った。修道院が小さく見えた。男の姿が荒野の向こうに見えた。こちらへ向かっていた。距離があった。3キロ以上あった。
「石ころと呼ばれた者が、ここまで来ました」
男の方向に向かって声に出した。届かない距離だった。届かなくていい言葉だった。
「それが、答えです」
懐中時計を取り出した。左手で持った。蓋を開いた。秒針が動いていた。
目録を正面から見た。
46cm三連装砲、使用可能。
右手の感覚が変わった。召喚が始まった。黒い板の輪郭が、現実の空気の中に滲み出し始めた。M134とは比べものにならない重さだった。右腕の先で46cm三連装砲の存在が現実に根を張り始めた。
「セラ」
「はい」
「耳栓を」
男が荒野を歩いてくる。こちらへ向かっていた。
召喚は、まだ続いていた。




