第34話 修道院の戦い
夜明け前に動いた。
3人で宿を出た。通りに人はいなかった。空の端がまだ暗かった。丘の方向に向かって歩いた。途中でリードが分かれた。
「外を固めます」
「お願いします」
それだけで別れた。クラリスとセラが丘の方へ進んだ。リードの足音が遠ざかった。
修道院に近づいた時、クラリスは足を止めた。
気配が違った。前回と根本から違った。修道院全体から、濃い魔素の層が滲み出ていた。建物の石壁の隙間から、窓の枠から、屋根の縁から、全方位に広がっていた。それが地面に溜まるように、丘の斜面を伝っていた。
理沙の思考回路が自動的に動いた。
脅威評価。
高位魔法使い。最低でも8名以上。魔素密度の総量から逆算した数字だった。これまでの戦闘で遭遇した規模の、倍以上だった。
「クラリス様」
セラが小声で言った。足が止まっていた。
「多い、ですね」
「はい」
「行くんですか?」
クラリスは修道院の輪郭を見た。石壁が夜明け前の空に黒く立っていた。
「行きます」
目録が視界の端で広がった。P90の輪郭が、夜明け前の暗さの中でひときわ明るかった。
裏手から入った。
南京錠を外した。廊下に入った。石床だった。足音を殺した。セラが2歩後ろについた。
最初の接触は、廊下の角を曲がった直後だった。
詠唱の声がした。2人いた。魔素が一気に集まった。密度が高かった。充填の速さが、理沙の計算を更新した。
P90を向けた。
引き金を引いた。
連射音が廊下に弾けた。詠唱が止まった。2人が崩れた。床に倒れる音が響いた。
硝煙が流れた。
クラリスは2人の前で一瞬だけ目を閉じた。開いた。
目録の中でP90の輪郭が増していた。充填が始まっていた。高密度の魔素環境が、充填を加速させていた。
「続けます」
セラが頷いた。
内部に進むにつれ、密度が上がった。
廊下の分岐で、セラが右手を上げた。指を3本立てた。クラリスは左の廊下を選んだ。右から3人分の足音が来た。通り過ぎるのを待った。やり過ごした。
次の区画に入った。
大広間だった。
扉を開けた瞬間、詠唱が重なった。4つ同時だった。広間の四隅にそれぞれ1人ずついた。4人が同時に魔素を集め始めた。壁に、天井に、床に、魔素の紋様が走った。
「下がっていてください」
クラリスはセラに言った。後退する音がした。
グロック17を引いた。
右前の詠唱が最も進んでいた。2節まで来ていた。引き金を引いた。倒れた。残り3人が続けた。左前に向けた。引いた。2節目が途切れた。
残り2人が魔法を切り替えた。個別から合わせた詠唱に変えた。魔素が1点に集中し始めた。規模が変わった。
P90に切り替えた。
引き金を引いた。
連射音が広間に反響した。2人が崩れた。集中していた魔素が霧散した。
広間が静かになった。
4人の前で膝をついた。目を閉じた。短く祈った。立った。
P90の充填が、大きく進んでいた。目録の奥で、M134の輪郭が増していた。
奥の廊下を進んだ。
さらに2人と遭遇した。P90で処理した。また2人。グロック17で処理した。進むたびに充填が進んだ。修道院の内部は魔素で飽和していた。高位魔法使いが集結しているということが、充填の速さに直接出ていた。
次の大きな扉の前に出た時、セラが立ち止まった。
シスター服の裾を、指先で少し引いた。
クラリスが止まった。セラを見た。
セラが扉の向こうを示した。指を立てた。1本。2本。3本。4本。5本。
手を開いたまま止めた。
5人以上、ということだった。
クラリスは扉を見た。分厚い木の扉だった。鍵はかかっていなかった。隙間から光が漏れていた。詠唱の気配はまだなかった。待っている。
「少々、お待ちいただけますか」
セラへ言った。静かに、確かに。
セラが頷いた。
クラリスは目録を正面から見た。
M134ミニガン。輪郭が完全に鮮明だった。
終わらせる。
その判断が落ちた瞬間、召喚が始まった。右腕の感覚が変わった。重さが生まれた。黒い板の輪郭が、現実の空気の中に現れ始めた。召喚には時間がかかった。3秒。4秒。
その間、セラが動いた。
クラリスの左側に立った。扉の方を向いた。魔力はない。何も持っていない。ただ立った。扉の向こうで何かが来ると分かっていて、その方向に体を向けた。
扉が開いた。
5人が出てきた。先頭の男の詠唱が始まった。
セラが一歩前に出た。
男の視線がセラに向いた。その一瞬、照準がずれた。
5秒経った。
召喚が完了した。
M134が右腕に在った。
引き金を引いた。
毎分6000発の回転音が修道院の廊下を満たした。5人が廊下の先に消えた。石壁に無数の痕が刻まれた。硝煙が白く広がった。
沈黙が来た。
クラリスはM134を収めた。セラを見た。
セラは立っていた。足が少し震えていた。震えながら、倒れていなかった。
「怪我はありませんか?」
「……ないです」
「ありがとうございました」
セラが息を吐いた。長い息だった。
5人の前で膝をついた。目を閉じた。祈った。立った。
修道院の中央に出た。
吹き抜けの空間だった。天井が高かった。かつて礼拝に使われていた場所だろう、とクラリッサの記憶が静かに示した。今は礼拝の設えが消えていた。中央に大きな机と書類の山があった。
静かだった。
人の気配がなかった。倒してきた人間たちの魔素が、まだ空気に残っていた。それ以外は何もなかった。
「奥にいます」
セラが言った。
中央の空間の、さらに奥。石造りの廊下が続いていた。明かりがあった。蝋燭ではなく、魔法による光だった。青白い光が廊下の床を照らしていた。
クラリスは目録を確認した。
P90。使用可。グロック17。使用可。M134——充填中。46cm三連装砲。
46cm三連装砲の輪郭が、今夜の戦闘を通じて、大きく鮮明さを増していた。
まだグレーがかっていた部分が、今は薄くなっていた。充填が、完了に近づいていた。
奥の扉を開けた。
広間だった。天井が丸く、壁が石で覆われていた。窓が1つ、高い位置にあった。夜明けの光が入り始めていた。朝だった。いつの間にか、夜が明けていた。
広間の中央に、人が立っていた。
前回と同じ姿だった。年齢のない目をした男だった。平服だった。武器を持っていなかった。
クラリスを見た。
「また来たのか、ヴァルシュタインの娘よ」
「はい」
クラリスはP90を構えたまま答えた。
男の周囲の空気が変わった。魔素が集まり始めた。密度が、修道院の内部全体の比ではなかった。100年以上積み重ねた魔力が、1人の存在に宿っていた。理沙の思考回路が脅威評価を更新した。更新した。もう一度更新した。
数字が出なかった。
計算の上限を超えていた。
クラリスは目録を確認した。
46cm三連装砲充填、完了。
輪郭が完全に鮮明だった。グレーが消えていた。使用可能の白い輪郭だった。
男がクラリスを見たまま言った。
「今度は、本気で来たようだな」
クラリスは答えなかった。
懐中時計を取り出した。左手で持った。親指で蓋を押した。開いた。秒針が動いていた。
蓋を閉じた。
胸元に戻した。
「続けます」
声に出なかった。口だけが動いた。
セラが後ろで息を呑む音がした。
男の詠唱が、始まった。




