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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第5章 魔力がなくとも
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第33話 決戦前夜

 宿に戻ったのは夜明け近かった。


 セラが部屋で待っていた。眠っていなかった。窓の近くに座って、膝を抱えていた。クラリスが扉を開けた瞬間に顔を上げた。クラリスを見た。それから、クラリスの後ろを見た。


 「リードさんは?」


 「別の部屋です。先に戻りました」


 セラが頷いた。膝を抱えたままだった。


 「なんか」


 セラが窓の外を見た。


 「全部こっちに向いてる感じがします」


 クラリスはセラの言葉を聞いた。聞いて、少しの間置いた。今夜修道院の中で感じた気配と、セラの言葉が同じ方向を指していた。


 「分かりました」


 椅子に座った。


 今夜は眠れないかもしれない、とは思わなかった。ただ、やることがあった。



 翌朝、リードが部屋に来た。


 昨夜の修道院のことを話した。黒幕との接触のこと。「鍵を回収せよ」という文書のこと。セラが狙われている可能性のこと。リードは黙って聞いた。途中で一度だけ、右手が机の端に触れた。力は入っていなかった。ただ触れた。


 「王国軍に連絡を取ります」


 リードは言った。


 「援護はできます。しかし」


 「修道院の中には入れない」


 クラリスが先に言った。リードが頷いた。


 「それで構いません。外を固めていただければ」


 「いつ動くつもりですか?」


 「今夜です」


 リードがクラリスを見た。それからセラを見た。セラは正面を向いていた。


 「……分かりました」


 リードが立った。扉を出た。


 部屋に2人が残った。



 昼のうちに、クラリスは一人で目録を確認した。


 セラが外に出ている間だった。食料を買いに行くと言って出た。クラリスは椅子に座ったまま、視界の端に常に薄く広がっている目録を、正面から見た。


 平時は全体を薄く確認するだけだった。今日は違った。1つずつ確かめた。


 P90。輪郭が鮮明だった。使用可能。


 グロック17。同じく鮮明だった。使用可能。


 バレットM82A1。輪郭に揺らぎがなかった。使用可能。


 M134ミニガン。充填が完了していた。これまでの戦闘で蓄積した魔素が満ちていた。使用可能。


 46cm三連装砲。


 輪郭があった。ただ、まだ薄かった。グレーアウトに近い状態から、少しずつ鮮明さが増している途中だった。魔素充填中。待機状態。今夜、中核の高位魔法使いたちと戦えば、充填が一気に進む可能性がある。しかし今この瞬間は、まだ使えない。


 最後の1つは、まだ待機状態だった。


 クラリスは目録から視線を戻した。


 窓の外に昼の光があった。



 夕方になった。


 3人で食事を取った。食堂に他の客がいた。戦況の話をしている声が聞こえた。帝国と王国の境界で動きがあった、という話だった。クラリスはその声を聞きながら、パンをちぎった。今夜のことだけを考えた。


 食事が終わった。


 リードが「少し準備があります」と言って席を立った。


 セラとクラリスが部屋に戻った。



 部屋が静かだった。


 夜になっていた。通りの音が遠かった。蝋燭ではなく、宿が用意した小さな油皿が1つ、机の上にあった。その明かりだけが部屋にあった。


 セラがベッドの端に腰を下ろした。


 クラリスは椅子に座っていた。


 少しの間、どちらも何も言わなかった。


 「クラリス様」


 セラが言った。


 「怖くないんですか?」


 クラリスは少しの間考えた。考えながら、セラを見た。セラは真っ直ぐこちらを見ていた。緑の瞳に油皿の明かりが映っていた。


 「怖いという感覚がどういうものか、少し分からなくなっています」


 セラが少し間を置いた。


 「それはたぶん、怖いってことだと思います」


 クラリスは返答を探した。


 見つからなかった。


 見つからないまま、何かが動いた。胸の奥ではなく、顔の表面に近い場所で。口の端が、ほんのわずかに動いた。笑い、と呼ぶには小さすぎた。しかし確かに動いた。


 セラがそれを見た。


 「クラリス様、今」


 「はい」


 「笑いましたか?」


 「……少し」


 セラが目を丸くした。それからセラも、口の端が動いた。


 部屋に静けさが戻った。戻った静けさは、さっきとは少し違う質だった。



 「セラ」


 しばらくして、クラリスが言った。


 「今夜は、よく眠っておいてください」


 セラが頷いた。布を引いた。ベッドに入った。


 クラリスは椅子に座ったままだった。


 セラの呼吸が少しずつ深くなるのを聞きながら、クラリッサの記憶が動いた。


 100年前の朝だった。


 処刑の朝。空が白かった。引き立てられる前に、クラリッサは自分に言い聞かせた言葉があった。声には出なかった。口の中だけで動いた言葉だった。


 泣かない。震えない。俯かない。


 あの朝と今夜の自分が重なった。重なった、という感覚は正確ではなかった。同じ夜の前に立っている、という感覚の方が近かった。何かが終わる前の夜。動けなくなる前の静けさ。


 しかし今夜は違った。


 あの朝、クラリッサの隣には誰もいなかった。


 今夜は、セラがいた。


 セラの呼吸が聞こえた。規則的だった。眠っていた。


 クラリスは懐中時計を取り出した。


 蓋を開いた。油皿の光が時計の内側に入った。魔法文字があった。螺旋状に刻まれた小さな文字を、全部読んだ。読み終えた。


 蓋を閉じた。


 胸元に戻した。


 口が動いた。声は出なかった。


 続きを、します。



 クラリスは立った。


 部屋の中を一度だけ見た。セラが眠っていた。油皿の明かりが机の上にあった。窓の外は暗かった。


 椅子に戻った。


 「わたしも、眠ります」


 声に出た。セラには聞こえなかった。聞こえなくて良かった。


 目を閉じた。


 背中にP90の重さがあった。胸元に懐中時計があった。その重さが、いつもと同じ場所にあった。


 深夜だった。


 セラが隣で静かに呼吸していた。


 クラリスの意識が薄くなった。薄くなりながら、何かが動いた。声ではなかった。言葉でもなかった。しかし確かに動いた。


 続きを。


 眠りの中で、声にならない言葉が、静かに動いた。

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