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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第4章 次に目覚める者へ
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第30話 100年前の冤罪

 朝になっていた。


 文書館の夜間研究室を出る前に、クラリスは資料をもう一度確認した。昨夜、封印が部分的に解けた後で、読めるようになった箇所がいくつかあった。夜のうちに手元の紙に書き写していた。セラはまだ眠っていたが、クラリスが動いても起きなかった。


 書き写した紙を、改めて読んだ。


 その中に、一枚だけ、他の断片とは性質の違うものがあった。


 研究の記録ではなかった。


 読んだ。


 2度読んだ。


 折りたたんだ。




 宿に戻ってから、リードに声をかけた。


 「少し時間をいただけますか?」


 リードは頷いた。セラに「少し外してもらえますか?」と言った。セラが頷いて、部屋を出た。


 扉が閉まった。


 クラリスは折りたたんだ紙を広げた。リードに差し出した。


 「読んでください」


 リードが受け取った。


 読み始めた。


 読みながら、リードの顔が変わった。感情の名前をつけられない変わり方だった。ただ、何かが固まっていくような顔だった。


 読み終えた。


 しばらく、何も言わなかった。


 「差出人は?」


 リードが紙を見たまま言った。


 「オスカー・フォン・ヴァルシュタインです」


 リードが顔を上げた。クラリスを見た。


 「……処刑の、前夜に」


 「はい」


 窓から朝の光が入っていた。遠くでパンを焼く匂いがした。リードはまだ紙を持っていた。持ったまま、動かなかった。




 クラリッサの記憶が動いたのは、紙を折りたたんだ後だった。


 処刑の朝の記憶だった。


 庭に引き出された。空が白かった。侯爵家の者たちが並んでいた。クラリッサは最後だった。引き立てられる前に、王太子の姿が見えた。遠かった。顔の表情までは見えなかった。見えなかったが、その立ち姿が、クラリッサの記憶の中に残っていた。


 固い立ち方だった。


 軍人のような姿勢ではなく、どこか強張った立ち方だった。処刑を命じた者の顔ではなかった、と記憶の中のクラリッサは、その時そう思っていなかった。今、初めてそう読んだ。


 あの方も、知らなかった。


 怒りは出なかった。


 怒りが出ないことを、おかしいとも思わなかった。ただ、哀れみに近い何かが、記憶と一緒に静かに浮かんで、静かに沈んだ。


 クラリスは窓の外を見た。


 王都の朝の屋根が並んでいた。



 午前のうちに、リードから情報が届いた。


 王都郊外に、修道院がある。建物自体は古く、聖神国アイリスの信仰に基づく施設として記録されている。しかし人の出入りが通常の修道院とは合わない。王国の諜報が以前から注目していたが、確証がなかった。


 「拠点の可能性があります」とリードは言った。


 「確認しに行きます」


 「一人でですか?」


 「セラはここに」


 クラリスはセラを見た。セラが顔を上げた。


 「待っていてもらえますか?」


 「……クラリス様は?」


 「すぐ戻ります」


 セラが何か言いかけて、止まった。止まってから、頷いた。


 リードが「私も行きます」と言った。クラリスは少し考えてから、頷いた。




 王都郊外の修道院は、街道から外れた丘の上にあった。


 石造りの外壁。閉じた門。窓に明かりがない区画が多かった。しかし人の気配は確かにあった。煙が出ていた。複数の場所から、同じ時間帯に。修道院にしては多すぎる数だった。


 クラリスは丘の下の木立から双眼鏡で建物全体を確認した。


 「正面から入れる状態ではありませんね」


 リードが横で頷いた。


 「裏手に小さな扉があります。王国の諜報が確認しています」


 「先に入ります。リードは外で」


 「一人で?」


 「見るだけです。倒しに行くわけではありません」


 リードが表情を動かした。反論しようとして、しなかった。


 「10分で戻らなければ、合図を」


 「分かりました」




 裏手の扉は南京錠がかかっていたが、古かった。


 工具を使う必要もなかった。クラリッサの記憶が錠の構造を読んだ。細い針金を1本。10秒もかからなかった。


 内部に入った。


 廊下が続いていた。石床だった。足音を殺した。目録が視界の端で静かに広がった。P90の輪郭が鮮明になった。グロック17はすでに懐にある。


 人の気配が右手の先にあった。


 足を止めた。声が聞こえた。2人か3人だった。


 廊下の角から確認した。ローブを着た人間が3人、別の扉の前に立っていた。武装していた。剣を帯びていた。しかし警備の立ち方ではなかった。話していた。顔に緊張がなかった。


 クラリスは角を曲がらなかった。


 左の別の廊下を選んだ。




 奥へ進むにつれ、建物の構造が変わった。


 修道院としての設えが薄くなった。礼拝の場所や祈祷室があるべき区画が、倉庫になっていた。文書の束が積んであった。封のされた木箱が並んでいた。


 さらに奥に、鍵のかかった扉があった。


 この錠は南京錠ではなかった。魔法錠だった。クラリッサの記憶が構造を読んだ。王国式ではなく帝国式の封印だった。100年前の型と近かった。


 時間がかかった。4分ほどかかった。


 扉が開いた。


 中は小さな部屋だった。机が1つ。棚が1つ。棚に文書が並んでいた。整然と並んでいた。他の倉庫とは管理の質が違った。


 クラリスは棚を確認した。文書を1枚取った。読んだ。


 次の1枚を取った。


 3枚目を手に取った時、手が止まった。




 「魔力ゼロの者が力を持つ時、この世界の秩序は終わる」


 書いてあった。


 その一行の前後に、長い記述があった。組織の設立の経緯。最初の粛清の記録。帝国の内部に根を張るための手順。それらが淡々と書かれた文書の中で、その一行だけが、他とは違う筆致だった。


 命令ではなかった。確信だった。


 クラリスは文書を読み続けた。


 粛清の対象として記録された名前の一覧があった。


 その中に、ヴァルシュタイン侯爵家の名前があった。


 粛清の理由として書かれていたのは短い言葉だった。「魔力外の力の証明を試みた者」。謀反でも反逆でもなかった。それだけだった。


 クラリスは、その行を1度だけ読んだ。


 もう1度は読まなかった。


 「100年、続けてきたのですね」


 声に出た。文書を見たままだった。


 「それだけの時間をかけても、世界は変わりませんでしたか」


 問いかけではなかった。


 文書を持っていくことにした。棚から複数枚を選んだ。


 扉を出た。廊下を引き返した。途中で一度、ローブの人間と10メートルほどの距離になった。相手が気づく前に角を曲がった。


 裏手の扉から外に出た。




 リードが木立の中で待っていた。


 夕方になっていた。空が赤く染まっていた。丘の上の修道院は、さっきと同じ煙を出していた。


 クラリスはリードの前に立った。文書を持っていた。


 リードが文書を見た。それから、クラリスを見た。


 今朝、告発状を読んだ後と同じ顔だった。何かが固まっていく顔だった。


 「これで、全部わかったんですか?」


 「全部ではありません」


 クラリスは空を見た。夕暮れの赤が、丘の輪郭を縁取っていた。


 「ただ、残っているのは組織の頂点だけになりました」


 リードが息を呑んだ。


 木立に風が来た。夕暮れの中で、修道院の煙が細く続いていた。

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