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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第三章 鉄の聖女、現る
24/30

第24話 大和、起動

 リードは生まれて初めて、地面が鳴るのを聞いた。


 音ではなく、振動として。腹の底を直接揺さぶる何か。


 空を見た。何もない。雲がある。鳥が逃げた。


 5km先に火柱が上がった。草が揺れた。6秒後のことだった。


 14秒後、重低音が腹に届いた。


 その後で初めてリードは後ろを振り返った。シスターが懐中時計の蓋を閉じていた。



   

 遡ること、およそ一刻前。


 街を出てから、三人はほとんど話さなかった。


 石畳が途切れて、荒野の道に変わった。草が低く続いていた。空は高く晴れていた。風が正面から来ていた。リードが先を歩いた。セラがクラリスの少し後ろについた。クラリスは荷を背負ったまま、前を向いて歩き続けた。


 昨夜、情報が届いたのは宿に戻ってからだった。


 王国軍の伝令が街に入った。前線の東側に、帝国軍の大規模な侵攻部隊が現れた。前線を一気に突破する構えで動いていた。旗の数から見て、一般の王国軍では対処できない規模だとリードは言った。増援が間に合わない。時間もない。


 クラリスはその話を聞きながら、目録の端を見ていた。


 前夜から、魔素の充填が続いていた。組織の人間が動いていた。その魔素が、静かに蓄積されていた。


 荒野の道が平原に変わった頃、リードが足を止めた。


 「ここから先は、私は下がります」


 クラリスは頷いた。46cm砲が出る位置から、リードは離れなければならない。クラリス自身も、発射の後は安全圏まで距離を取る。それが今日の段取りだった。セラは残る。それもまた、今日の段取りだった。


 リードに耳栓を手渡した。


 「下がっていてください。耳を塞いでおくように」


 リードの足音が草を踏んで遠ざかった。




荒野に立つと、奇妙なほど静かだった。


 双眼鏡を下ろしたクラリスの視界の端、薄く光の膜のように広がっているものがある。目を凝らしてもそこには何もない。しかし確かに浮かんでいる。いつからそこにあるのか、もう考えなくなった。目録と呼ぶことにしていた。使えるものと、まだ使えないもの。灰色の輪郭で滲んでいるものと、くっきりと輪郭の立っているもの。今この瞬間も、5キロ先に向けて輪郭の中の一つが温度を持ち始めていた。


 左手に黒い板、右手に銀の懐中時計。


 親指で蓋を押し開いた。秒針の刻みが視界の隅に収まる。


 「下がっていてください。耳を塞いでおくように」


 隣に立つ亜麻色の髪の少女へ、視線を向けずに言った。懐から耳栓を取り出してセラに手渡す。セラは何も言わず受け取り両耳を塞いだ。



 黒い板の入力欄に数値を打ち込む指先に、迷いはない。目録の中で輪郭が増した。46cm三連装砲塔。初期装填ゼロのはずが、今日は違う。昨日の移動中に魔物の群れと接触した。それで充填された。1発分。十分だ。


 秒針を視界の端に捉えながら、黒い板の画面上の着弾点を確認した。


 視界の左端に数字が流れた。理沙の思考回路が前に出てくる時の感覚は、感情が一枚剥がれるような静けさだった。弾道、初速780m/s、砲弾重量1,460kg、距離5キロ、着弾まで約6.4秒、爆音到達は発射後約20.1秒。


 秒針が合わさった。


 発射。


 くぐもった重低音が腹の底を叩いた。地面が揺れた。シスター服の裾が風圧で翻った。目録の中で46cm砲塔の輪郭が薄れていく。


 沈黙が来た。


 5キロ先の目標地点は、今もまだ何も知らない。音速を超えて飛ぶ1,460kgの砲弾が来ることを知らない。探知魔法を張っても、魔素の反応がないから見えない。気づいた時にはもう終わっている。


 6秒。


 地平線の向こうに火柱が咲いた。


 14秒後、重低音が来た。草が二度揺れた。腹に届く音の質は、距離のせいで乾いていた。鋭さがない分だけ、かえって広い。


 秒針を確認した。20.1秒。誤差なし。


 蓋を閉じ、胸元に戻した。



 黒煙が地平線に滲んでいた。


 遠雷のような音がまだ空気の中に残っていた。クラリスは懐中時計の蓋を閉じた。胸元に戻した。それだけだった。


 リードが隣で立ち尽くしていた。何かを言おうとして、できなかった。


 セラだけが、静かにクラリスの隣に立っていた。


 しばらく、誰も何も言わなかった。風が草を押す音だけが続いていた。


 セラが耳栓を外した。クラリスは双眼鏡を鞄に収めた。


 「問題ありません」


 火柱が消えていく方角を見たまま、小さく言った。誰に向けたわけでもなかった。


 リードが、ようやく口を開いた。


 「……これが」


 それだけで、続かなかった。


 クラリスは前を向いたまま答えなかった。目録の中で、46cm三連装砲塔の輪郭がゆっくりと薄れていくのを感じていた。充填が尽きた。次は、また時間がかかる。


 「行きましょう」


 静かに言った。


 リードが一度だけ、5km先を振り返った。黒煙はまだそこにあった。

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