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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第三章 鉄の聖女、現る
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第23話 セラの鍵

 翌朝、クラリスは早く目が覚めた。


 セラはまだ眠っていた。毛布の中で規則正しく息をしていた。


 クラリスは起き上がった。窓の外が白み始めていた。


 前夜のセラの話が、頭の中に残っていた。整理されたものではなく、断片のまま浮いていた。父親の声。母親が首を傾ける仕草。兄が夜に隣へ来ること。そして——古いものを調べる仕事。代々続いている。


 代々続いている、という言葉だけが、他と違う引っかかり方をしていた。


 クラリスは荷の中から、折りたたんだ羊皮紙を取り出した。廃屋敷で見つけた研究資料の一部だった。窓辺に持っていった。夜明けの薄い光の中で、文字の列を目で追った。


 読めない部分がある。それは最初から分かっていた。しかし今朝は、読めないこと以外の何かが引っかかっていた。


 答えは出なかった。出ないまま、羊皮紙を折りたたんで荷に戻した。



 教会には朝のうちに行った。


 リードは宿に残った。セラがついてきた。


 記録室の修道士に断りを入れてから、昨日とは別の棚を見せてもらった。時代の古い記録が並んでいた。


 机の上に、教会の記録と資料の一部を並べた。


 書体が違った。内容も違った。しかしところどころに、同じ形の印が現れた。帝国の教会の文書でも王国の文書でも使われている宗教的な記号に似ていたが、完全には一致しなかった。何らかの変形が加えられていた。


 理沙の思考が動いた。


 照合しながら、資料の構造を追った。一部だけでは意味をなさない箇所が多かった。しかし、教会の記録と並べることで、欠けている部分の形が少しだけ見えてきた。穴の輪郭が分かれば、何が入るべきかが読める。


 2つの鍵。


 資料は最初から2つに分けて作られていた。片方だけでは読めない。意図的にそうなるよう設計されていた。


 クラリッサの記憶が動いた。


 父の書斎だった。オスカーが書き物をしている後ろ姿。クラリッサはその部屋に入ることを許されていたが、机の上は見せてもらえなかった。「お前に渡すものは、形を変えて残してある」と父は言っていた。意味が分からなかった。聞き返す前に、話が変わった。


 記憶が薄れた。


 クラリスは資料の断片に目を戻した。


 形を変えて残してある。


 1つはこの資料だった。クラリスが今、手に持っている。もう1つは別の場所にある。父がそれを分けたのなら、誰かに預けたはずだった。100年前に。信頼できる人間に。


 「……なんか」


 声がした。


 セラだった。いつの間にか、机のそばに来ていた。資料の断片を見ていた。視線が紙の上を動いていた。読んでいるというより、何かを感じている目だった。


 「なんか……知ってる気がするけど、わからない」


 クラリスはセラを見た。


 セラは紙から目を離さなかった。眉が少し寄っていた。困っているような、思い出せないような、その両方が混ざったような顔だった。


 「前も、こんな感じがした」


 「前、というのは?」


 「帝都に来る前。廃屋敷で見た時」


 セラはそこで口を閉じた。続きが出てこないようだった。


 クラリスは資料の断片とセラを交互に見た。


 セラが指先を伸ばした。資料の断片の端に触れた。触れただけで、動かさなかった。それからゆっくりと手を引いた。


 「分からない」


 「分からなくて構いません」


 クラリスは資料を丁寧に折りたたんで、荷の中に戻した。





 セラは椅子に座って、窓の外を見ていた。


 記録室の窓は小さかった。外に見えるのは、教会の石壁と、その向こうにわずかに覗く空だった。


 クラリスが資料を片付けている音がした。紙が折れる音。布が動く音。


 さっき触れた紙のことを考えていた。


 知っている、という感覚は本物だった。どこで知ったのかは出てこなかった。出てこないのに、知っている、という感触だけが残っていた。夢の中で見たものを、目が覚めてから思い出そうとしている時に似ていた。


 クラリスが何かを考えているのは分かった。

ただ、それが何かは、セラには関係のないことのように思えた。


 セラはその考えを、それ以上追わなかった。追っても出てこないものは、追っても出てこない。





 昼前に、リードが教会に来た。


 記録室の扉を開けて、クラリスを見た。それからセラを見て、また戻った。


 「少し話せますか?」


 クラリスは立ち上がった。セラに目配せした。セラは頷いて、椅子に座ったまま動かなかった。


 廊下に出た。リードが声を低くした。


 「街の外れに、見慣れない人間が2人います。昨日の夕方から確認しています」


 「拠点から来た者ではない?」


 「違います。街の住民でもない」


 クラリスは少し考えた。目録が視界の端でわずかに変わった。戦闘の気配というほどではなかった。しかし平時の薄さとも違った。


 「昨日の夕方から、ということは」


 「私たちが街に着いたのとほぼ同じ頃です」


 リードが先に言った。クラリスが言おうとしたことと同じだった。


 「拠点の視察に来た男が動いたとすれば、タイミングが合います」


 「長居はできません」


 「ええ。ただ、もう少しだけ時間をいただけますか。調べたいことがあります」


 リードが少し間を置いた。


 「何を?」


 クラリスは答える前に、一度記録室の方を見た。扉は閉まっていた。


 「セラの家系についてです。この街の記録を調べていただけますか。住民台帳のような、古い記録です。100年ほど遡れるものがあれば」


 リードの目が少し変わった。問い返すような顔だった。しかしクラリスはそれ以上の説明を加えなかった。


 「根拠は?」


 「昨夜、セラが話してくれたことがあります。父親の仕事が代々続くものだったと。古いものを調べていたと。確認したいことがあります」


 「……どのくらい時間がかかりますか?」


 「半日あれば」


 リードは短く頷いた。



 結果が出たのは夕方だった。


 リードが記録室に戻ってきた。手に書き付けを持っていた。


 「街の教会が住民台帳を保管しています。修道士に頼んで調べてもらいました」


 机に書き付けを置いた。


 「セラという名前は最近の記録には出てこなかった。しかし家系を100年ほど遡ると、似た名前の一族の記録が出てきます」


 セラが、椅子の上でわずかに体を動かした。


 クラリスはリードの書き付けを見た。古い地名と、いくつかの名前が書かれていた。帝国側の地名だった。100年前、この地域と帝国側の国境付近は今より往来があったらしく、記録が入り混じっていた。


 「その一族は今も?」


 「帝国側に移った記録があります。それ以降の追跡はここでは難しいですね」


 「職業の記録は?」


 リードは書き付けをもう一度見た。


 「記録師、とあります。古い文書の記録・保管を生業にしていた一族のようです」


 クラリスは黙っていた。


 古いものを調べる仕事。代々続いている。


 セラが昨夜話した言葉と、目の前の書き付けが、静かに重なった。


 「預かってもいいですか?」


 「どうぞ」


 セラがクラリスを見ていた。何かを聞こうとしている目だった。クラリスはセラと目が合った。


 今は全部を話す時ではなかった。


 「後で話します」


 セラは小さく頷いた。それ以上聞かなかった。


 リードが続けた。


 「長居はできません。明日の朝には出た方がいい」


 「そうですね」


 「どちらへ向かいますか?」


 クラリスは少し考えてから答えた。


 「まだ決めていません。ただ、次に向かわなければならない理由は、少し見えてきました」


 リードはその言葉を、それ以上掘り下げなかった。


 窓の外が、夕の光の色に変わっていた。街の音が少し遠かった。

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