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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第三章 鉄の聖女、現る
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第22話 残されたもの

 教会から宿に戻ったのは、日が落ちる少し前だった。


 リードは外の確認に出たまま戻っていなかった。クラリスとセラの2人だけが、割り当てられた小さな部屋にいた。


 窓の外はもう暗かった。通りに人の気配はなかった。街の夜は早かった。


 クラリスは荷物を確認した。明日の朝には出る。それだけは決まっていた。


 セラは窓際に座っていた。膝の上で両手を組んで、外を見ていた。何かを見ているというより、ただそこに視線を向けているだけのように見えた。


 部屋の中が静かだった。


 しばらくして、セラが言った。


 「お父さん、声が低かった」


 クラリスは手を止めた。


 続きを待った。続きは来なかった。


 セラは窓の外を向いたまま、黙っていた。言い切った、というより、そこで止まってしまった、というのが正しい。


 クラリスは荷物から手を離した。椅子を引いて、セラの少し後ろに座った。


 「お母さんは?」


 静かな問いだった。急かすものではなかった。


 セラは少し考えてから答えた。


 「料理が得意で。でも、自分ではそう思ってなかったみたいで」


 「どうして分かるんですか?」


 「できあがるたびに、こうやって」


 首を少し傾けるような仕草をした。


 「毎回するんです。美味しいのに」


 クラリスは何も言わなかった。


 それだけで、またしばらく沈黙が来た。外で風が通ったらしく、窓枠がかすかに鳴った。


 セラが続けた。


 「兄が、いました」


 「何人ですか?」


 「1人です。年が離れてて、あんまり話さなくて」


 そこで止まった。


 クラリスは待った。


 「夜になると隣に来るんです。何も言わないで。朝になったらいなくなってて」


 セラの声は静かだった。震えていなかった。ただ、いつもより少しだけゆっくりだった。言葉を一つずつ、置くような速さだった。


 「セラ」


 クラリスが口を開いた。


 セラが少し体を動かした。振り返ることはしなかった。


 「あなたのご家族のことを、もう少しだけ、教えていただけますか」


 セラはしばらく動かなかった。


 それから、また窓の方を向いたまま、短く答えた。


 「お父さんの仕事は、よく分からなかったです」


 「どんなことをしていたか、聞いたことはありましたか?」


 「古いものを調べてる、って。それだけしか」


 「お祖父様は?」


 セラの動きが少し止まった。


 「……祖父も、同じような仕事をしてたって聞きました。お父さんから」


 「代々、ということですか?」


 「たぶん」


 セラはそこで口を閉じた。もう出てこないようだった。無理に絞り出した、というより、知っていることがそこで終わった、という止まり方だった。


 クラリスはそれ以上聞かなかった。


 部屋の中が、また静かになった。



 しばらくして、セラがぽつりと言った。


 「怖かったです」


 クラリスは答えなかった。


 「戦争が始まって、街が変わって、みんないなくなって」


 セラの声は平らだった。感情を乗せようとしていなかった。ただ、起きたことを並べているような話し方だった。


 「怖かった。でも、言えなかった」


 クラリスはセラの背中を見ていた。


 小さな肩だった。その肩が、話しながら少しずつ落ちていくのをクラリスは見ていた。


 「言わなくて構いません」


 セラは頷かなかった。ただ、少し息をついた。


 「でも」


 間があった。


 「今日は、少しだけ言えた気がします」


 クラリスは何も言わなかった。


 答える言葉を選ばなかった。選ぶ必要がなかった。


 聞きながら、胸元に手をやった。懐中時計を取り出さなかった。シスター服の上から、その重さを確かめるように指を添えた。金属の硬さが、布越しに手の中にあった。


 セラはそれ以上何も言わなかった。


 窓の外で、どこかの家の灯りがともった。

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