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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第三章 鉄の聖女、現る
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第21話 内なる敵

 数日が経った。


 その間にも、補給の荷が1度、予告なく減らされた。前の便より2割近く少なかった。リードが上に問い合わせた。返答が来るまで3日かかった。「輸送路の一時的な調整」という説明だった。


 リードはその返答を、クラリスに見せた。


 紙を机に置いた。置いただけで、何も言わなかった。言葉より、その黙り方の方が多くを語っていた。


 「調整の内容が書かれていません」


 「ええ」


 「誰が決めたかも」


 「そうです」


 クラリスは紙を返した。リードが引き取った。折りたたんで、机の引き出しにしまった。


 「もう1つあります」


 リードが続けた。


 「3日前、この拠点に上から視察が来ました。帝国寄りの貴族の息のかかった男です。滞在は半日でしたが、その夜に前線の配置図が1枚なくなっていました」


 「なくなった、というのは?」


 「保管場所から消えていた。誰が持ち出したかは分からない。ただ、視察に来た男の他に、その保管場所を知っている者は限られています」


 クラリスは聞いていた。


 「その男は今も拠点にいますか?」


 「昨日、後方へ戻りました」


 「顔を見ることはできますか?」


 「今から、ですか?」リードは少し考えた。「戻ってきた時なら」


 「結構です」


 クラリスは窓の外を見た。拠点の庭を、兵士が2人横切った。普通の動き方だった。緊張感はなかった。しかしその普通の中に、何かが紛れ込む余地がある。


 帝都で、同じことを考えたことがあった。



 その日の午後、件の男が戻ってきた。


 拠点の東側、詰め所の前に馬が止まった。男が降りた。40代。背が高く、軍服の着こなしに前線の人間とは違う慣れ方があった。後方で育った体の動き方をしていた。


 クラリスは少し離れた位置から見ていた。


 男がこちらを見た。


 視線が来た瞬間、クラリスは外さなかった。男が先に目を逸らした。それだけだった。しかし目録が視界の端でわずかに変わった。平時の薄い広がり方ではなく、何かを捉えた時の、ほんのわずかな引き締まり方だった。


 クラリッサの記憶の中に、それを知っている部分があった。


 視線の動かし方。場の読み方。周囲を把握しながら自分が把握されていることを隠す、独特の気配。帝都で似たものに触れていた。組織の末端が持つものだった。魔素の使い方ではなく、もっと別の何か、人間が長く隠れて生きてきた時に身につくものだった。


 リードのところへ戻った。


 「あの男です」


 「やはりそう思いますか?」


 「根拠はありません。ただ」


 少し間を置いた。


 「ここにいるのは得策ではないと思います。私たちがここにいる間、あの男はこちらを気にし続けます。どちらにとっても」


 リードは短く息をついた。考えている顔だった。


 「後方の街に移ろうと思っていました。前線の任務を一時離れる口実は作れます。あなた方も一緒に来ますか?」


 「ご一緒します」


 「後方の街に古い教会があります。王国の教会は帝国の管轄とは別の系統で記録を残している。あなたが何かを探しているなら、そこかもしれない」


 クラリスはリードを見た。


 「なぜそう思うのですか?」


 「帝都で何かを見つけたと言っていた。記録、という言葉を何度か使っていた。それだけです」


 読む人間だった。


 「ありがとうございます」



 翌朝、3人で拠点を出た。


 リードが馬を2頭用意した。クラリスとリードが1頭ずつ、セラはクラリスと同乗した。


 道は整っていた。荷馬車が通れる幅があった。両脇の草が、朝の風に揺れていた。空が広かった。


 半日ほど進んで、街が見えてきた。


 城壁はなかった。木と石を組んだ低い外囲いが街を囲んでいた。門番が2人いた。リードの顔を見て、言葉なく通した。


 街の中に入った。


 人がいた。それだけで、何かが違った。商人が声を出していた。子供が走っていた。老人が日向に座っていた。石畳ではなく、踏み固められた土の道だった。誰も怯えていなかった。


 セラが、クラリスの背中から少し身を乗り出した。


 子供たちが馬の横を走り抜けた。その中の1人がセラを見た。見ただけだった。立ち止まらなかった。追いかけてきた母親がその子の名を呼んで、また走り去った。


 

 しかしセラの体が、クラリスの背中の上でほんのわずかだけ変わった。張り詰めていた何かが、少し緩んだ。


 クラリスは前を向いたまま、馬を進めた。



 教会は街の北側にあった。


 石造りの古い建物で、帝国の教会より装飾が少なかった。扉は開いていた。中は静かだった。


 受付に修道士が1人いた。リードを見て、クラリスを見た。クラリスのシスター服に目が止まった。


 「同じ信仰の方ですか?」


 「はい。古い記録を探しています。100年ほど前のものです」


 修道士は少し考えてから、奥へ引っ込んだ。戻ってきた時に、案内を申し出た。


 「こちらへ」



 記録室は狭かった。


 棚が壁を埋めていた。羊皮紙を束ねたものが年代順に並んでいた。修道士が3束ほど持ってきた。置いてから、静かに出ていった。


 リードは扉の近くに立った。セラは壁際の低い椅子に座った。


 クラリスは束を手に取った。


 羊皮紙は黄ばんでいた。文字は細かく、崩れた書き方をしていた。帝国の公式記録とは書体が違った。整理された文書ではなかった。見聞きしたことを、見聞きしたまま書き留めたような形をしていた。


 1束目は戦争の記録だった。100年前、この地域で起きた小さな戦闘の話だった。


 2束目には、街に辿り着いた人々の証言が集められていた。帝国から逃れてきた者たちのことが書かれていた。


 3束目を開いた。


 繰っていた手が止まった。


 見出しに、見慣れない言葉があった。


 「鉄の聖女、ですか」


 声に出ていた。意識して出したのではなかった。


 リードが動いた。クラリスの隣に来た。羊皮紙を覗き込んだが、何も言わなかった。


 クラリスは続きを読んだ。声には出さなかった。


 100年前、帝国で処刑された女についての記録だった。帝国の公式発表ではなく、帝国から逃れてきた民衆の証言を集めたものだった。処刑を目撃した者の言葉が、いくつも書き留められていた。


 処刑された女は、魔力を持たなかった。侯爵の娘だった。


 その話が国境を越えてこの王国まで伝わったのは、見た者たちが逃れてきたからだった。


 証言が続いた。


 「泣かず、震えず、俯かず、ただ静かに前を見ていた」


 文字を目で追いながら、クラリスは動かなかった。


 続く行に、「鉄の聖女」という言葉があった。証言者の誰かが、そう呼んでいた。泣かなかった女を。震えなかった女を。最後まで前を向いていた女を。


 どこから来た言葉かは分からなかった。民衆の誰かの口から出て、記録した者の手で残されていた。


 クラリスは記録から目を離した。


 リードが何か言おうとした。言いかけて、止まった。


 セラは壁際から、クラリスの背中を見ていた。


 クラリスは胸元に手をやった。取り出さなかった。シスター服の上から、その位置を確かめただけだった。


 懐中時計が、胸元で重かった。

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