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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第三章 鉄の聖女、現る
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第18話 戦線という名の壁

 骨のにおいがした。


 正確には、それが骨のにおいかどうか、クラリスには分からなかった。ただ、空気の中に何かが混じっていた。金属と土と、もっと古い何かが。草原の風の中に、その層が薄く重なっていた。


 セラが草むらの中で立ち止まった。


 歩みが止まったのではなく、足が地面に根を下ろしたような止まり方だった。目が真横に向いた。伸びた雑草が風に揺れている。視線が揺れる草の先で固定された。


 クラリスはセラの隣に立った。


 声は出さなかった。



 前線が近かった。


 戦争が始まって数ヶ月。それだけの時間が過ぎると、戦線付近の土地というのはこういう顔をするのだとクラリスは思った。思ったのではなく、見た。建物がない。人がいない。家畜もいない。道だけがある。道があるということは、かつて人がいたということだ。道は目的なく生まれない。


 廃村は今日だけで3つ目だった。


 最初の廃村は壁だけが残っていた。2つ目は屋根が崩れた建物の骨格だけがあった。この3つ目の廃村は、ほぼ原形をとどめていなかった。燃えた後を、また何かが踏み荒らした跡があった。


 村の入り口に、人が倒れていた。


 帝国軍の軍服だった。崩れていた。鎧だけが形を残していた。その隣に、見慣れない紋章の軍服がある。王国軍だと、クラリッサの記憶が判断した。2人の兵士が入り口に向き合うように横たわっていた。どちらが先に倒れたか、距離の近さからすると同時だったかもしれない。


 クラリスは視線をそこに止めなかった。


 止めたかった。止めるべきだったかもしれない。しかし目録が視界の端で微かに輝いていた。この場所で立ち止まることの意味を、3層全部が計算していた。


 先へ進んだ。



 「ここは、そういう場所です」


 セラが立ち止まったまま前を向いていた。クラリスはセラの横に並んで、前方の草原を見ながら言った。


 「わかって、います」


 セラが答えた。短く、平坦に。しかし声が少し低かった。いつもより、低い。


 2人で廃村を通り抜けた。



 平原に出た。


 視界が広くなった。遠く、地平線の少し手前に、白い光の帯が薄く張っている。肉眼で見えるほどではなかったが、目録がその方向に反応していた。魔法で作られた何かが、あの辺りに展開されている。クラリッサの記憶が検索を始めた。帝国の境界設定魔法。国境地帯での使用例。100年前とは規模が違う、より広範囲に張ることができる現代の魔法障壁についての知識が、記憶の中にあった。


 理沙の思考回路が、その情報を引き取った。


 静かに、計算が始まった。


 地形。風向き。平原の起伏。前方の光の帯が地面に触れている位置。障壁が展開されているとすれば、どの高さから、どの深さまでカバーしているか。迂回するとすれば東か西か。東は丘があって視認が難しい、逆に言えば向こう側からも見えにくい。西は開けているが距離が増す。


 地図はなかった。


 持ってきていない。ヴィンセントから受け取った王国方面の地図は、大きな方角だけのものだった。この平原の詳細は載っていない。だから今、理沙の計算が走っている。見える範囲の情報を全部数値に変えながら。


 クラリスは双眼鏡を取り出した。


 障壁の帯の向こうを見た。


 わずかに人の動きがあった。巡回だった。歩く速度、止まる場所、光の強さの変化。2名組で動いている。次の組が見える前に最初の組が折り返している。折り返しの周期が読めれば、空白の時間が見える。


 双眼鏡を下ろした。


 「あの光は」とセラが言った。「魔法ですか」


 「はい」


 「越えられますか」


 クラリスは少しの間、双眼鏡を手に持ったままでいた。


 「越える方法は一つではありません」


 セラがそれを聞いて、それ以上尋ねなかった。



 クラリッサの記憶が動いたのは、廃村の外れで野宿の場所を探していた時だった。


 倒れた石垣があった。形から見て、かつては小さな修道院か礼拝堂だったものだった。壁の一部だけが残っていた。その壁の模様に、見覚えがあった。


 100年前にも、こういう景色があった。


 戦場の記憶ではなかい。クラリッサは戦場を直接知らない。しかし父オスカーが話してくれた話を覚えていた。侯爵家の領地の東の端で、昔、小さな争いがあったこと。終わった後の土地を見に行ったこと。「人が通り過ぎると、場所が残る」と父が言っていた。何を意味するか、その時のクラリッサには半分しか分からなかった。


 今は分かる気がした。


 分かったとして、それが何かに変わるわけでも、なかった。


 記憶が退いた。クラリスは壁の前に立ったまま、その壁の向こうに残っている空を見た。雲が切れていて、星が出始めていた。



 崩れた壁を背に、2人で座った。


 焚き火はしなかった。光が遠くから目立つ。この場所では目立つことの代償が大きい。クラリスが決めた。セラは異論を言わなかった。


 食糧を分けた。少し食べた。水を飲んだ。


 しばらく無言が続いた。


 「クラリス様」とセラが言った。「あの光の帯、警報が鳴るんですよね」


 「触れれば、おそらく」


 「触れなければ」


 「触れなければ、鳴りません」


 セラがそれを聞いて、膝を抱えた。何かを考えているような沈黙だった。考えているというより、受け取っているような。


 「障壁は魔法で作られています」


 独り言だった。


 クラリスが声に出して気づいた。自分が言っているということに、少し遅れて気づいた。理沙の思考の断片が言葉になって出てきた瞬間だと、クラリスには分かった。


 「この壁は、魔法で作られています。ならば、魔法でない方法で越えればいい」


 セラが顔を上げた。


 クラリスは前を向いたまま、その視線に気づいていた。答えなかった。答えるべきことが今はまだなかった。計算はまだ途中だった。



 夜が深くなった。


 セラが眠った。


 クラリスは眠らなかった。眠れないというわけではなかった。眠る前にやることがあった。


 懐中時計を取り出した。手の中で蓋を開いた。星明かりでは文字は読めない。しかし蓋の内側に刻まれた螺旋の線の感触を、指先が覚えていた。それをなぞる必要は今はなかった。ただ、開いたまま持っていた。秒針の音が手の中でわずかに伝わってくる。


 胸元に戻した。


 前方に目を向けた。


 遠くで光が瞬いた。


 障壁の向こう側、帝国軍の巡回だった。魔法の光が移動している。止まった。また動いた。止まる場所が、前に見た時と少しずれている。完全に同じではないが、大きく外れてもいない。


 クラリスは光の動きを数え始めた。


 移動から停止まで、何秒か。停止から次の移動まで、何秒か。光の数は何点か。間隔のばらつきはどの程度か。


 パターンがある。


 どんな巡回にも必ずパターンがある。人間が動く限り、完全な無規則は存在しない。疲労する。癖がある。習慣がある。理沙がそれを知っていた。クラリッサがそれに同意した。クラリスはただ、光を数え続けた。


 遠くでまた光が瞬いた。


 今度は別の位置だった。


 クラリスは数え直した。

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