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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第2章 死神のシスター
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第15話 帝都の夜に消えるもの

 昼の間に、教会には戻らなかった。


 ヴィンセントの店を出てから、クラリスはセラを連れて外縁部の路地を歩き続けた。目的地があったわけではなかった。ただ歩いていた。止まることの方が、今は危ない。


 目録が視界の端に広がっている。魔素の動きはない。帝国軍の巡回が増えた区画を避けながら、地図を頭に入れた。王国方面への街道は南西に伸びている。帝都の城門は複数ある。どの門を使うかで、翌日の行程が変わる。


 夕方になると、外縁部の露店が片付き始めた。


 市場の端の水場で水袋を満たした。食料はまだある。今夜動くなら、荷物は今あるものだけで足りる。



 夜になってから、教会へ戻った。


 裏手の扉から入った。廊下に音はなかった。クラリスは足音を消して自分の部屋へ向かった。


 部屋の前で、気配があった。


 扉に手をかけている人影があった。修道女だった。夜中に応接室で誰かと話していた、あの修道女だった。扉を開けようとして、中を確認しようとしていた。


 クラリスは廊下の影から声を出した。


 「何かご用ですか?」


 修道女が振り返った。顔が青ざめた。


 「あの、その、鍵が」修道女が言いかけた。「別の部屋の方が鍵をなくされたとおっしゃって、共通の鍵を探していたものですから」


 説明が早かった。用意していた言葉だった。


 「そうですか」クラリスは静かに言った。「お手伝いできることがあれば声をかけてください」


 修道女がうなずいた。廊下を早足で離れていった。


 クラリスは修道女の背中を、角を曲がるまで見ていた。


 部屋に入った。荷物を確認した。触られた形跡があるかどうかを確かめた。資料の束を取り出した。順番が変わっていなかった。クラリスが出る前に確認した順番と同じだった。


 入られてはいなかった。


 しかし来ていた。


 修道女が組織に連絡を取れないようにするために、一つだけ動くことにした。



 礼拝堂に行った。


 夜の礼拝堂は無人だった。クラリスは院長室の前に立った。扉をノックした。老いた院長が顔を出した。


 「夜分に申し訳ありません」クラリスは言った。「この教会に長くお世話になりました。明朝早くに発ちますので、今のうちにご挨拶をと思いまして」


 院長が丁寧に礼を言った。クラリスも礼を言った。


 廊下に戻る時、院長室の隣の小部屋の扉が目についた。教会の通信用の魔道具が置かれている部屋だと、修道女との会話で分かっていた。扉の鍵穴に、細い金属を差し込んだ。一度だけ、特定の向きに回した。鍵は壊れない。しかし次に開けようとした時に、ひっかかりが生じる。数時間、開けにくくなる。


 それだけで十分だ。


 修道女が組織に今夜の連絡を送るとすれば、この部屋を使う可能性が高かった。数時間あれば、帝都を出られる。


 廊下を戻った。



 部屋でセラを起こした。


 「今夜出ます」と告げた。


 セラは目をこすらずに起き上がった。眠っていなかったのかもしれなかった。荷物を黙って背負った。


 2人で裏手の扉から出た。


 帝都の夜に入った。



 南西の城門へ向かいながら、外縁部の路地を通った。


 夜の外縁部は暗かった。魔道灯が少ない。石畳の継ぎ目が深い路地に、わずかな灯りだけが落ちていた。路地の端に人が蹲っていた。老人だった。震えていた。声をかけると、行く場所がないと言った。クラリスは食料の半分を渡した。老人が黙って受け取った。


 歩き続けた。


 クラリッサの記憶の中の帝都の夜は、もう少し明るかった。100年前の外縁部にも貧しさはあった。しかしここまで暗くはなかった。魔道灯の恩恵が届かない区画がこれほど広くはなかった。


 「100年で、何が変わったのでしょう」


 声は路地の石に吸われた。セラには届いていないかもしれなかった。


 答えは出なかった。出なくていいと思っていた。ただ声に出しておきたかった。



 城門に近づくほど、魔道灯が増えた。


 衛兵が立っていた。昼間より少ない人数だった。夜間の通行は制限されているが、禁止ではない。クラリスはシスター服のまま衛兵に近づいた。


 「北の修道院への使いです。夜間の通行許可を」


 衛兵が書類を見た。クラリスの顔を見た。シスター服を見た。


 「所属は?」


 「帝都内の教会です。院長からの言伝を届けに参ります」


 衛兵が少し間を置いた。後ろのセラを見た。


 「子供連れで夜間通行とは」


 「院長のご親族の子供です。先に送り届けるようにと」


 衛兵がもう一人の衛兵と短く話した。クラリスは表情を動かさなかった。目録が視界の端で静かに広がっていた。魔素の動きはない。


 「通ってください」


 「ありがとうございます」


 門をくぐった。



 城門の外に出ると、風が変わった。


 帝都の中とは空気が違った。石と魔法と人の匂いから、草と夜露の匂いに変わった。


 セラが立ち止まった。


 振り返った。帝都の城壁と、その上に連なる魔道灯の光を見ていた。中心部の光塔が夜の空に浮かんでいた。100年前も、同じ場所に光が灯っていた。クラリッサの記憶の中の光は、今より小さかった。塔の高さが低かった。しかし同じ場所だった。


 変わったものと、変わらないものが、ここには混在している。


 そう思いながら、クラリスは光塔を見ていた。


 「また来ますか、ここに」


 セラが言った。振り返ったまま、帝都の光を見ながら言った。


 クラリスは少しの間、考えた。


 「それを決めるのは、わたしたちではないかもしれません」


 セラが振り返った。クラリスの顔を見た。何かを確認するように、少しの間見た。


 それから、歩き始めた。



 街道に入った。


 帝都の光が後ろで遠くなっていく。クラリスは振り返らなかった。


 頭の中で、文字が繰り返していた。


 次に目覚める者へ。石はいつか刃になる。器が満ちる時を待て。


 ヴィンセントが読んだ文字だった。全部ではない。蓋の内側にはまだ続きがある。まだ読めていない部分がある。


 まだ全部ではない。


 街道が南西へ伸びていた。セラが隣を歩いていた。


 夜の帝都が、背後で光り続けていた。

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