王家の宴前哨戦:デリルの情報収集
トラキオン、チェルティフと情報が集まるにつれ、ルシウス様のテンションがどんどん下がってる。
比例して仕事にも行きたくないモードになっているので、朝のベッドから出すのにも一苦労。
お腹に抱き着く頭を撫でつつ、「シオンが待ってますよ〜」と餌をチラつかせて、ようやく食堂までは行く。
今度はその後、相思相愛の二人を引き離す作業だ。
まあ行きたくない気持ちも分かるし、宴さえ終わればこの苦労もなくなる予定なので、せっせと甘やかして馬車に押し込むことにしている。
「ルシウス様、お仕事頑張ってくださいね。帰ってきたら一緒にカタログを見ましょう?ポルカ商会とミカさんところと、タドリさんも送ってくれたので。今回はひとつずつ選んで良いですから」
「…………うん」
「ぷあ、いちら!しょん、いーこ!」
「行ってきます……シオンはいい子だよ、また後でね」
シオンまで励ましてるし。
行ってらっしゃいのキスを長めにして、どうにか出勤した夫を見送ると、ナンシーが後ろから囁いた。
「本日のご準備、整いましてございます」
「ありがとう。さぁシオン、お客様をお迎えするためにお着替えしましょう?」
「おきやえ?しょん、おきやえ!」
うん、さっき着替えたばかりなのにごめんね。
これもファンサの一環なので!
◇◇◇◇◇◇◇
お客様を通したサロン。
本来なら主催側がお出迎えするのだが、今回は演出のため招待客を先に座らせた。
準備OKなことを目で交わし、いざ入室!
「いらっしゃい、ようこそ当屋敷へ。息子ともども歓迎しますわ」
「ごち、よぅ!しょんよ!」
「「「可愛い〜〜〜〜〜!」」」
シオンが元気よく挨拶すると、歓声が飛んだ。
シャーリー、サラ、トレイシーである。
よちよち歩きのシオンに合わせて進むので大変遅いが、客人たちはそれだけ長くシオンを愛でてられるので喜んでいる。良きかな。
シオンが着替えたのは、出来立てホヤホヤの宴用衣装だ。
両祖母がアイデアを出し合って決めた、ミニ公爵家正装。
どこまでも本物らしく、しかし一歳児が着ることを考慮した素材・仕様で、先程着替えた時も散々賞賛された。
「到着〜。シオンの足じゃ遠いわね……よし、頑張った!」
「たしゃ!しょん、いーこ?」
「大変良い子です!」
「きゃー!」
大喜びのシオンを席につかせると、三人がため息をついた。
「なんて愛らしい……シオン様、最高です!」
「この姿で参加するんでしょう?大丈夫、王家より目立つんじゃない?」
「アイゼンバーグ卿も一緒にいるんじゃ、眩しいわねきっと……」
うむ、それぞれ言いたいことはわかるぞ。
「可愛い、って言われるのが日課だからね。好きなだけ言ってやって。王家はシオンにも激甘だから、たぶん目立っても気にしないわ。むしろ一緒になって騒ぐと思う。ルシウス様と一緒なのは……まあ、仕方ないということで!」
「ぷあ?」
「お父様はさっきお仕事行ったでしょ?次はお帰りよ」
「おかり!しょん、ぷあ!おかり!」
「かわっっ」
ビシ!と手をあげてお出迎え宣言をするシオンに、声を上げることが出来たのはサラだけだ。
シャーリーとトレイシーは、言葉に出来ず身悶えている。
「シオン様は、ご自分を『しょん』と仰るのね」
「口が回ってないからね。一応シオンとも聞けなくもないからいいかなって」
「可愛い……」
「シオン、ほらシャーリーが可愛いって」
「ありゃーと!」
ペコリと頭を下げるが、重たくてテーブルにぶつかりそうになってる。
咄嗟に手を差し入れて激突は防いだが……地味に痛いよシオン。手を挟んでもゴン!て音がしたし。
「たしゃ!だじょぶ?だじょぶ?」
「痛い〜」
「よちよち!」
わざと痛がった手を撫で撫でしてくる。
三人は肩を震わせていた。うむ、ファンサは満足していただけたかな?
「シオン、ありがとう。お菓子食べましょうか?エプロン着けてもらいなさい」
「たい!じゅいや!ね!」
「三人とも、震えは治まった?」
「「「いや、追い打ち……!」」」
エプロン着ける姿も駄目か。
ならちょっと待とう。
その間にも、シオンは上着風チュニックを外し弾く素材のエプロンを着けてもらう。
「ちゃ、ましゅ!」
手をパチンと合わせ、いただきますモドキの挨拶をしてから食べる習慣は、グリフィス由来のものだ。
これを目撃した者は、皆一様に身悶えるという……。
あ、さらに追い打ちが。
話が進まないじゃないの。
「ねえ、一人くらいは回復してくれない?話を聞きたいんだけど」
「……自分は見慣れてるからって、非情な……!」
サラに恨みがましく言われた。
何を当たり前なことを。
「私にはこの息子に加えて、愛らしさをグレードアップさせた夫もいるのよ?ちょっとやそっとの可愛さじゃ動じません。ほら、ちゃっちゃと誰か始めてよ。来てたの?デリル王国の元王女」
結論。来てた。
◇◇◇◇◇◇◇
《サラの証言》
「お義母様と茶会に出席したのよ。これは向こうが開催した分ね。私も一応、伯爵家の嫡男の妻だし。で、主催者達の並びの末端の辺りにいたわ。たいそうふてくされた顔をして」
「まぁ……取り繕わないのかしら」
「まったくその気はなさそうだったわね。テーブルごとに何人かずつデリルの人達がいて交流を仕切ってたの。あいにく私達がいたのは元殿下のテーブルではなかったのだけど、様子を窺うに会話の取り回しもしてなかったみたい」
「ーーでは、彼女は何を?」
「何も。ふてくされた顔のまま茶を飲んで、会話にも参加しなくて。空気が悪いったらなかったわー」
「同じテーブルの方がお気の毒ね……。サラは接触したの?」
「しても良かったんだけど、お義母様に止められたわ。『ここで騒ぎを起こしたら、明日の領地の勉強時間を倍にしますからね』って脅されたんですもの」
「脅し??」
「おばさまならやるわよね」
「お義母様は、有言実行の方なの」
◇◇◇◇◇◇◇
《トレイシーの証言》
「私はサラと逆で、主催側だったの。夫同伴の昼餐会ね。ケントが役人枠で選抜されたから、その付き合い。当然向こうもご夫君を連れてらしたわ」
「「興味ある!」」
「ミュー様、サラ様、えと元王女殿下の旦那様に興味が?」
「そらそうよ。だってアレだけ失態を犯して退場したんだもの、相当価値は下落してるはずよ?その上元の性格も良くない、気位だけが高い面倒な女を娶るなんて、どれだけ打算的なのか度量が大きいのか知りたいじゃない!」
「大変どストレートにサラが言ってくれた通りね。しかも極度の面食いと公言してる訳だし?ルシウス様の代わりの夫がどんな方なのか、気になるわー」
「ぷあ!」
「うん、シオン、お名前だけで反応するのちょっと控えようか。お母様話しづらいよ」
「「「かわっっ……」」」
「それで?トレイシー、旦那様はどんな方だった?」
「熊」
「「「熊?」」」
「大柄で、恰幅が良くて、でもお顔は柔和な方だったわ。第一印象が熊みたいな方よ」
「「「へぇ〜〜」」」
「それで、その旦那様が元王女殿下をエスコートしていらっしゃったの。女性の扱いは様になってたわね。打算よりも度量の方かしら。もっと言えば、デリル王家への忠誠心かもしれないわ」
「なるほど」
「元王女様は、笑顔でいらしたの?」
「そんな訳ないじゃない。サラが見たのとたぶん同じ顔よ。会食時も旦那様が話し掛けることに相槌を打つくらいで、ご自分からお話しになることはなかったわ」
「相変わらず、王家らしからぬ表情筋の持ち主ねー」
「なんだけど、一回だけ話し掛けられた方がいて。ケントの同僚の奥様だったから、後で内容を聞いたの」
「あら。なんて?」
「『アイゼンバーグ卿は、お見えにならないの?』って聞かれたんですって」
「「未練たらたら!」」
「たりゃ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
《シャーロットの証言》
「私がお見掛けしたのは、職務中なんです。執務棟へ向かう廊下に、見慣れないご婦人方がいらっしゃって。お客様をお迎えする棟ではないですし、色んな国から来てらっしゃるから迷われたのかと思い、『どちらにご用でしょうか?』とお声掛けしたところ、振り向いたご婦人の一人が王女殿下でした」
「執務棟に向かう廊下……東側から入る道?あそこ、廊下前に騎士が立ってるわよね?」
「そうです。なので進めなくて、その手前でうろちょろされてたようです。躊躇った末に『役人に用がある』と仰るので、『こちらの棟は関係者以外立入禁止でございます。お取次しますので、お相手のお名前と所属、お客様のお名前をいただけますか?』と聞いたら黙り込んでしまいました。たぶん言い訳を考えてらしたんでしょうね」
「それはそうね。自分は名乗れないだろうし、アイゼンバーグ卿をご指名してもいらっしゃらないでしょう?」
「うちの旦那様は、大体誰に指名されても応じないらしいわ。切りがないから。王族以外ならほぼ無視ね」
「徹底してるわー」
「そこで連れのご婦人が『もう引きましょう!失礼しました』と言って、王女殿下を引っ張って行かれました。侍女長に報告したところ、『現時点で実害があった訳ではないので、注意喚起だけしておく』とのことでした」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「総評:諦めてない!」
「「「でしょうね」」」
「ふわ!」
母の大声に反応しなくていいのよシオン。
お菓子溢れたじゃないの。
三人は、口元を拭いてやる姿にも心乱れるらしい。
さてはこの人たち、魅了耐性低いのか?
今回はヴィンスが参加するってのに……。
「潔く諦めるタイプとも思ってなかったけど。夫がいてまでまだ未練があるとか、恐れ入ったわ」
「アイゼンバーグ卿とは似ても似つかない夫君のようですから……」
「連れ立つ仲間?取り巻き?がいることは意外ね」
「気の弱いタイプなんじゃないの?今は王籍を抜けてるとは言え、元王女なことは確かなんだから。それだけで萎縮する人はいるわよ」
思い思いに考察を披露する。
しかしまあ、いい情報をくれたわ。
「ご協力ありがとう。宴参加に向けて対策を講じる材料にするわ。さぁ、あとは普通のお茶会にしましょ?シオンを愛でる会でもいいわ」
「うにゅ?」
「「「可愛い〜」」」
愛でる会だなこりゃ。
さて、下位貴族の妻となってヤバさが増した元王女殿下は、何を仕掛けてくるのかな?
今回もたぶん、ルシウス様には顔を覚えられないと思うけど!
◇◇◇◇◇◇◇◇
「サラ様、お姑さんと仲良しですのね」
「そうね、良くしてもらってるわ」
「そう言えば、サラ様と旦那様のお話って、学園の頃からあまりお聞きしてなかった気がします」
「ん?」
「年が離れてるからじゃない?サンレイク様はサラより11歳年上ですもの」
「11歳!」
「そうね、ヒムロの近衛騎士をしていたんだからそれくらいは離れてるわね」
「だいぶおっさんよ!」
「自分の夫をおっさん呼ばわりしないのよ。私もサラから直接二人のことを聞いた覚えはないわ。ヒムロの護衛周りと、商売繋がりで話は回ってきたけど」
「私とサンレイクのこと?何か聞きたいの?」
「そもそも、どのような縁で婚約されたのですか?政略結婚とするにも年の差がありますし、サラ様はお姉様もいますよね?ならそちらの方にお話が来るのが普通かな、と」
「そうね、上のお姉様はサンレイクより3つ下で、下のお姉様はさらに4つ下よ。私よりは近いわ」
「ですよね?」
「政略じゃないのよ。私とサンレイクが婚約したのは、サンレイクが物凄く売れ残って、私が彼を罵倒したからよ!」
「は?」
「サラ、それじゃシャーリーに伝わらないわよ。仕方ない、私が説明するわ。何せ両家を取り持ったのはうちの父なのよ」
「そうなんですか?」
「サンレイク様の嫁候補を広く探していると、彼の実家のビクニス伯爵から相談があったの。当時サンレイク様は騎士の能力を買われて近衛騎士になっていらっしゃったのだけど、伯爵家の長男かつ一人っ子なのでもちろん嫁を迎え入れなければならない」
「それは、はい、そうですね?」
「なのになぜ成人した将来有望な彼に婚約者がいないのかと問われれば、答えはただひとつ。サンレイク様があのままだから」
「あのままーーですか」
「嫡男なのに騎士科に在籍してトップで卒業するくらいの身体能力をお持ちで、その上思考まで脳筋だもの。在学時代に何人か顔合わせしたけれど、あの調子で接するものだから全部お断りされたんですって。オマケに、相手の令嬢達に現状を広められて、相手が見つからなくなったのよ」
「そうなのね!」
「サラ様が初耳なんですか……」
「容姿は悪くないし、王家の覚えも良いし、身分もあるのに。それら全部引っくるめてもお断りしたくなるほど、性格が独特なのねー」
「ミューにしてはマイルドな表現ね!」
「その妻を慮ったんだけどね?!」
「ちゅわ!」
「っ、可愛い……。コホン。とにかく、年齢層を広げてでも嫁候補を募りたいので誰か知らないか、とうちに相談が来たの。私達姉妹はたぶんサンレイク様に合わないだろうから端から顔合わせの予定はなかったらしいけど、そこで白羽の矢が立ったのがサラなのよ」
「うちは子沢山だから、末っ子の私は嫁に行く宛がなかったのよね!持参金だってそう多く持たせられないし」
「それでフローディル家に話を持ち込んだら、当人のサラが『行ってみるわ!』と乗り気だったので、ダメ元で連れて行ったんですって。うちの父とサラの父とサンレイク様のお母様とで談笑してて。任務があったので少々遅れてきたサンレイク様が、婚約者候補に贈り物を持ってきたんだけど、なんだと思う?シャーリー」
「贈り物、ですか?婚約者候補相手なら、お花とかお菓子とかでしょうか?」
「なんだったの?サラ」
「カブトムシよ!」
「「はぁ?!」」
「王宮で見つけたって言う、立派なカブトムシ!私は虫が平気だから泣かなかったけど、父もおじ様もお義母様も頭を抱えていたわね!サンレイクは『小さい子が好きかと思って』と言っていたわ」
「……わかった。それ、ヒムロが見つけた奴でしょう」
「ミュー、知ってたの?」
「あの時はサンレイク様だと知らなかったけど、護衛が取ってくれた!って自慢されたことがあるわ」
「そうなのね〜。お義母様が怒りそうだったから、先手を打って『バカじゃないの?!小さい子はカブトムシが好きでも、それは男の子よ!サラは女の子だから、カブトムシは好きではないの!』と罵倒したのよ!」
「ええぇぇぇ」
「そう言ったら、サンレイク様はなんて?」
「目をパチクリさせて、『そうなのか?知らなかった』と言っていたわ!それで『サラ嬢は女の子だから、何をあげたら喜ぶかな?』と聞いてきたので、『サラはピンクのお花が好きよ!でもバラは痛いから嫌!』と教えてあげたの。そしたら笑って、『なら庭園に花を貰いに行こう。痛くないバラもあるよ』って言うから、『連れていきなさい!』って伝えたら肩に担ぐんですもの。また『バカじゃないの?!女の子は担いじゃダメなのよ、抱っこするの!』って教える羽目になったわ!」
「うわぁ……」
「それからカブトムシを庭園の木に放って、痛くないバラを貰って部屋に戻ったら、婚約が成立してたわ!」
「売れ残りを罵倒したら、婚約したのね……」
「しかもサンレイク様のお母様が、『サラ嬢しかいないわ、逃したくない!』とおじ様に訴えたので、一週間後からサラはビクニス家で暮らすことになったの」
「わぁ!」
「めっちゃ囲んでるわね……」
「サンレイクが騎士のお仕事に夢中だから、私が伯爵家のお仕事のお勉強をしたのよ!お義父様もお義母様も可愛がってくれたけど、大変だったわ」
「サラ様が、跡継ぎのお勉強を?」
「サンレイクも一応勉強してるけどね。お義母様は『二人の仲が悪くなったら、サンレイクを廃籍してサラを養子にする』と公言してらっしゃるの。それくらいサンレイクに厳しいのよ!」
「あぁ……だからサラの結婚式の時、新婦の母と新郎の母が二人とも泣いてたのね……」
「カオスだったわね!」
「お姑さんにとっても、実の娘さんのようなものですね。でもあの、サンレイク様はそれほどお年が離れてると、妹のような……?」
「それはないわ!いつも『サラは妹ではないからな』と私にも周囲にも言ってるの」
「そうなんですか?なら良かったです」
「でも子ども扱いは直らないわね!おうちにいるとすぐお膝に乗せてくるのよ!」
「……ん?」
「それにまだ抱っこしようとするしね!もう成人した妻なのよ、って言っても笑って抱き上げるから困るわ!」
「……うん」
「サンレイクのこと罵倒してもニコニコで聞いてるだけだし!『怒らないの?』って聞いても『可愛いからもっとどうぞ』とか言うのよ!わかってないわ!」
「「「……そう(これはもしや、サンレイク様の溺愛ぶりとサラの鈍さが確定……)」」」




