王家の宴前哨戦:チェルティフの情報収集
結局、散々ごねたが宴の参加は覆らず。
ハリーから齎された情報に一同が戦慄し、警護のプランの見直しが始まった。
僕はと言えばあまりのショックにミューに縋り、間に挟まったシオンに「ぷあー?いーこ、いーこよ〜」と頭を撫でてもらった。
「……金髪、だけだったら僕じゃなくてもいるよね?」
「お義父様も金髪ですもんねぇ」
「私とルシウスが並んでて、こっちを選ぶ訳ないだろう」
せめて自分だけじゃない、と思い込もうとしたが、父上に呆れられた。
「まあなぁ。金髪のイケメン、で真っ先に狙われるのはそりゃルシウスだろう。あの女は中々しつこくて面倒だぞー」
経験者は語る。重要な情報だが聞きたくない。
「あと割と見境ない。ハリーも一度言い寄られてたな?」
「あら」
「そうですね、ヴィンス様への色仕掛けと同時に誘われました」
主従をまとめて誘惑しようとするとは……本当に見境ないな。
「あ、じゃあノアを犠牲にしたらいい?」
「ルシウス様!何を堂々と生贄にしようとしてるんですか?!」
思い付きを口にしたら本人に怒られた。
ヴィンス殿にも笑われる。
「ノアにも粉を掛けるかもしれないが、それでもルシウスが狙われないってことはないだろうよ。聖女に選ばれて浮かれてるから、自分は何人侍らせても許されると思ってるんだ。いっそ不敬罪で投獄される方が早いかもな」
それも不穏だけど、僕が鉢合わせする前にそうなってくれると助かる。
「ミュー……」
「シオンと三人、離れないようにしましょうね」
よしよし、と頭を撫でられ、シオンごとギュッと抱き締めた。
きゃいきゃい喜ぶシオンにとにかく癒やされる。
◇◇◇◇◇◇◇
トラキオンの情報を伝えたヴィンス殿とハリーは、最終日の宴で会おうと告げてグリフィスに帰って行ったーーサリーを連れて。
今回、ヴィンス殿はトラキオンの遣いではなくグリフィス伯爵家の跡継ぎとして宴に参加するらしい。
注目を浴びるのは分かり切ってるから、最終日だけ顔を出すと言ってからサリーを見た。
「サリー、一緒に来るか?」
「?!」
「ミューの侍女としてなら今のお前は職務を全うできないから、屋敷で留守番だろう?だが、俺の婚約者としてなら宴に参加させることは可能だから、連れて行ってやってもい「ご一緒させてください!」」
珍しくサリーが声を張った。
……大丈夫か?とも思ったが、僕の妻も身重の体で参加するんだし、警護を万端にすれば良いかな?と思った時。
ヴィンス殿が目を細めた。
「ならサリー。この場でミューとシオンに誓え。今回は何があっても、自分の腹の子を優先すると」
「……!」
「ミューにもシオンにもルシウスにも、万全の警護がつく。俺にもハリーを筆頭に、警護がつくさ。そしてお前も今回は守られる側だ。それを忘れてミュー達を守りに行くようじゃ、到底参加はさせられないぞ」
「……はい」
「妊婦が守護に加わったら、他の騎士達も迂闊に動けないしな。とにかくお前は、自分と腹の子を守ることだけ考えろ。俺やミューやシオンのことは、他の奴らに任せる。誓えるか?」
「ミュリエル様とシオン様に誓います。この度の宴は、私のお腹の子どもを守ることを最優先にいたします」
サリーは騎士のように胸に手を当て、二人を見詰めて誓った。
「シオンくん〜、誓える人〜?」
「たい!」
ミューの呼び掛けでシオンも右手を上げる。宣誓のようで、皆で笑った。
「よし。ならグリフィスに帰るぞー。サリーの衣装も手配しないとな」
「今から?間に合うの?」
「お義母様、心配ご無用だ。先にグリフィスには連絡を入れてあるし、母上が針子を総動員して対応してる。まあ、先日作ったドレスのうちのどれかをマタニティ用に直してるんだがな」
鷹揚に笑うが、ヴィンス殿はうちの母をミューと同じ呼び方で呼ぶんだな……。
誰も気にしてないからいいけど。
こうして、妻の双子の兄とその侍従と婚約者は、故郷へ帰って行った。
サリーはミューとシオンとの別れにグズグズしてたが、シオンが笑顔で「しゃり、いちら!」と言い切ったので、振り返りつつ馬車に乗り込む。
見送っていたミューがぽそっと、「サリーと離れるなんて久しぶり」と呟いたので、そっと抱き寄せてみた。
安堵したように力を抜いたので正解らしい。
直後、「ぷあ!たしゃ!しょんも!」と息子が僕に突撃してきたので、笑いながら間に挟むように抱き上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
新王族のお祝い期間と言えど、仕事は普通にある。
しょっちゅう宴や茶会が開かれてるので、役人達も必要に応じて早退や途中で抜けることを繰り返して、どうにか社交と職務をこなしてる。
「そう言う先輩は、社交の場で一切見掛けませんが?」
「一切出てないからだね。私の目撃情報があったら、偽物か妄想だよ」
「先輩の偽物とか、どれだけクオリティ高くしたら見間違えるんですか……」
ワルローが呆れた顔をしたけど、そこは僕の偽物とかなんのために、と言うツッコミをしてほしかった。
なんてことを話しながら書類を捌いていると、ノックと共に珍しい人間が入ってきた。
「リニ?」
「アイゼンバーグ卿、職務中に申し訳ない」
王太子の第一補佐と全く関わりがない訳ではないが、総務室にまで足を運ぶのは中々見ない光景だ。
なんだか微妙そうな顔に、嫌な予感がする。
「先程王太子殿下の元へチェルティフの代表が訪れ、非公式ながら先日の外交官の振る舞いを謝罪されたんだ。殿下はお受けなさったが、やはり実質被害に遭ったルシウスに伝えるべきとの判断で、お呼びになってる」
嫌な予感通りか!
なんでそんなこと……面倒な。
あの外交官はそこまで地位の高い者ではなかったろうに。
「言いたいことはわかる。面倒な気持ちもわかる。だが、謝罪を撥ね退けて帰らせる訳にはいかないんだ。あくまで非公式ということなので、ここはひとつ協力してほしい」
リニが純粋に頼み込んでくるなんて、稀だ。
ため息をひとつついて、気持ちを切り替える。
「……以前ミューにくれた報告書。アレとチャラでいい?」
「!あぁ、それでいい!感謝する」
弾んだ声を聞き、室長に許可を取って二人でヴィンセント様の所へ向かう。
なんと近衛騎士がついていた。
「……厳重だね」
「まさか。私の警護じゃない、ルシウスの為の警護だぞ?」
「私?」
「また他国の王族や主要人物に見初められたら、面倒だろう?」
「……」
納得してしまった。
「今の期間だけ、君は王族と同じ扱いだ。ヴィンセント様が一人で出歩くことがないのと同じだと思ったらいい。行き帰りはノアが付いてるし、総務の仕事は必ず誰かとペアを組んでるだろう?私は君ほど武術が得意ではないから、念の為に付いてきてもらった」
「……なるほど」
「それはそうと、対面する前に注意点を説明しておく。チェルティフの代表は第二王女殿下、外交部のトップは侯爵だ。二人揃って挨拶に来ている」
「帰っていい?」
「いや、話をする限り理知的な女性だったから!きちんと筋立てて会話が出来るし、国に婚約者がいるとも言っていた!」
「その情報、何も安心できないよリニ」
「私とヴィンセント様で守るから!」
リニが必死だった。
「いざとなったら、不敬と言われようと帰るからね」
念押しするとコクコク頷く。
よし、言質は取った。
しばらくして、またリニが話し出す。
「……これは説明と言うより感想なんだが、先方はルシウスを甘く見ている気がする」
「甘く?侮られてるってこと?」
「いや、そういう意味ではなく、ルシウスの美貌を甘く見てるなと。ボートファイ外交官の件はあくまで彼女個人の初恋が拗れた原因であって、他者には起こりようがないと考えているようだ」
思い浮かべて話すリニに、また渋面になった。
「……と言うことは、リニは逆説的に別の者にも起こり得ると思ってるんだ?」
「学生時代からの付き合いです。ルシウスの美貌に関する噂を信じない輩が、君を前にした途端跪いた光景を何度見たことか」
「そうだっけ」
「……本当に君は、興味ない者は視界に入れないな」
リニに呆れられた。
そう言われても、話し掛けて来るでもなく跪いてる人なんて、見る必要ある?
◇◇◇◇◇◇
そうこうしてるうちに、ヴィンセント様の待つ応接室に到着する。
「では入ります。警護の君、アイゼンバーグ卿を優先してください」
リニの念押しに、騎士が仕草で了承を表す。
……帰りたい。
「失礼します。アイゼンバーグ卿をお連れしました」
リニに促され、入室する。
外面で笑うヴィンセント様の向かいに、一組の男女が座っていた。
こちらを向きーー二人とも、ポッと頬を赤らめる。
帰りたい……。
さっさと終わらせようと頭を下げた。
「ルシウス・フォン・アイゼンバーグ、お呼びと伺い御前に罷り越しました。ご用でしょうか?王太子殿下」
「あぁ、アイゼンバーグ卿。こちらへ」
座るのか……このままで話を終わらせたいんだが。
貴族スマイルで『早く終わらせてくれ』と訴えるが、『いいから座れ!』と向こうも示すので、仕方なくヴィンセント様の隣に座る。
その間、二人の視線はずっと僕に固定されていた。
「王女殿下、ゲートルード殿。彼がアイゼンバーグ卿です。卿、チェルティフの第二王女殿下とゲートルード大使だ。先日の騒ぎの件でいらっしゃった」
ヴィンセント様に紹介され、頭を下げるとようやく二人が目覚めたようにハッとした。
「初めまして、ルシウス・フォン・アイゼンバーグです。私にご用と伺いましたが」
時間短縮のために話を向けると、そこから先方は矢継ぎ早に謝罪を繰り出した。
貴族スマイルのまま口を挟むことなく聞いていると、先日の外交官は実力主義を掲げる計画の試験登用中だったらしく、今回のことで実務能力だけでなく作法や貴族社会についての知識も鑑みることにしたんだそうだ。
まぁそうだろうな、と思いつつ謝罪を受け入れると、二人とも大変安心したようだった。
帰っていい?
「アイゼンバーグ卿の寛大なお心に感謝申し上げます。今後とも、お付き合いをよろしくお願いいたします」
まくし立てたことでぎこちなさが取れた王女は、まだ若干頬を赤らめながらそう言った。
……?
なんだお付き合いって。そう思ってヴィンセント様を見ると、殿下は咳払いをする。
「王女殿下。彼は王宮の総務室勤務です。今回の件は自領の関係で企画に加わりましたが、今後はそうそう他国と関わることもないかと」
「……なんですって?!」
王女殿下が驚愕の表情になった。
え、なにが?
「これほどまでに優秀な方を、総務なんかに……?貴国は何を考えていらっしゃるのですか!アイゼンバーグ卿、まさか冷遇されてらっしゃるの?!」
はぁ?
と言いそうになった。
ヴィンセント様も同じなようで、咄嗟に口を噤んでた。斜め前に立っていたリニは目を見開いている。
総務なんか?冷遇?
正気を疑ってゲートルード大使を見ると、こちらも頷いていた。正気だった。
「殿下、お言葉ですが総務も立派な仕事です。冷遇と言うのは失礼では?」
「総務を侮っている訳ではありません。ただ、アイゼンバーグ卿にはもっと相応しい職務がありますわ!それこそ外務とか、内務でも広報とか、能力に見合ったお仕事をされるべきです!」
何を力説してるんだこの王女。
僕が一番やりたくない職業じゃないか。
チラ、とヴィンセント様を窺う。
諦めた様子で許可が降りたので、貴族スマイルを冷笑に変えた。
途端にチェルティフの二人がビク!となる。
「要は私の能力を活かす場所は、顔を晒す所しかないと仰りたいのでしょうか?」
低く重たい声で言うと、王女殿下は青褪めて首を振った。
「いえ、そんな意図はないのです!ただとても勿体無いと、そう思っただけで」
「勿体無い、と言う言い方も不快ですね。それも私の容姿の使い道、としか聞こえません。どちらにせよ、内政干渉かと」
ゆっくり立ち上がり、二人を見下ろす。
「先程受け入れた謝罪ですが、やはりお断りさせていただきます。私は今後チェルティフと関わるつもりは一切ありません。どうぞ、国同士の話し合いだけに尽力してください」
◇◇◇◇◇◇◇
総務室に戻ると、振り返ったワルローが真っ先に「先輩どうでし……あぁ、駄目だったのですねわかりました」と確認して項垂れた。
「アイゼンバーグはチェルティフ禁止か……まあ、例の企画は走り出してるし、これ以上総務から言うことはないだろう」と、室長も諦め顔で納得した。
家に帰りミューとシオンを抱き締めつつ報告すると、また警護が検討されだした。
「外務も広報も、ルシウス様は一番向いてないですよね」
「ミューはそう思う?」
「顔だけで仕事取ってくるようじゃ三流でしょ。契約取り付けて終わり、じゃないんですから。ルシウス様、契約の後も相手に笑顔振り撒き続けられます?」
「……無理」
「ねー?」
「ねー!」
「……シオンなら出来そうだね」
「しょん、いーこ!」




