王家の宴前哨戦:トラキオンの情報収集
新王族の誕生を祝う宴は、何回か開かれる。
大勢集まるのに一度きりじゃ、挨拶出来ない人もいるだろうしね。
開催期間は二週間、その間にそれぞれ社交もして交流を深め、最終日に盛大な夜会となる。
……夜会、とは言ってるけど、主役が赤ちゃんなので終了時刻が日没くらい。
うちの坊っちゃんもそれくらいなら起きてられるかな?お昼寝は早めにさせないと。
私もシオンも参加は最終日のみと決めている。
私達が参加しないなら、ルシウス様も当然出ない。
程々にお仕事をこなし、社交のために他の貴族が退勤するのと同時に家に帰り、息子と妻を愛でている。
何気に充実しているらしい。まあ良いけど。
主役を抱える王族は、それはそれは大変らしい。
マリーからの愚痴を書き連ねた手紙が後を絶たない。
第二王子の婚約者になった時から覚悟はしていたものの、まさか王太子の子どもと同じ時期に出産するとは思ってなかったそうだ。
そうねー、単純に考えたら第二王子殿下のお子様は、単体ではこれほど盛大に祝われなかっただろう。
エリカ様と五日違い、しかも先に生まれたとなってはそりゃ一緒に祝うよね!て感じだ。
うちだって、二ヶ月違いのカトリーヌ様とはそれなりに合同で祝い事などがある。
これ、成長しても重なるよね……入学祝いとか社交デビューとか……うぅん。
手紙を読んで唸っていると、シオンがちょこちょこやってきて袖を引く。
「なぁにシオン」
「たしゃ、びー」
「ん?」
「びーよ、たしゃ」
びー?
…………………あ、ヴィンスか!
え、ヴィンス?!
マジマジと息子の顔を見詰めると、ニコッと笑って窓の方角を指差す。
それは正門を見ることの出来る方角で……シオンを抱き上げて窓に寄ると、門の前に一台の馬車が停まった瞬間を目撃した。
「たしゃ、びーよ」
「……あれに乗ってるのが、わかるの……?」
変な能力持ってんな?
呆れつつメイドに視線を向ける。
一礼して去っていくので、まあ連れてくるだろう。
「シオン、ヴィンスが来るのがわかるのはなんの特技かしらね?」
「しょん、おかり!」
おかり、とはお帰りの意で、要はお出迎えと言うことだ。
はいはい、とシオンをジュリアに預けて玄関へ向かうことにした。
さすがにお腹が大きい上にシオンを抱っこして玄関までは遠い。
「よぉ、ミュー、シオン、久しぶり!」
「びー!」
「余所のお宅に突撃訪問するの、ホントやめなさいよ……」
兄が当たり前のように入ってきた。
おや、ハリーもついてきたぞ?
ヴィンスがジュリアからシオンを受け取り、再会の抱擁をしている足元に跪く。
「シオン様、ハリーと申します。御身をお守りする一助としてお使いいただけますれば、光栄に存じます」
「「硬い硬い硬い」」
思わずヴィンスと一緒に突っ込んでしまったよ。
一歳相手にかしこまり過ぎだ。キョトンとしてるし、ひとつも通じてないぞ?
「シオン、ハリーよ」
「はり?」
「卑賤な我が身をお呼びいただけるとは……!過ぎたる名誉、しかと承ります」
「「だから硬いって」」
復唱しただけだし。
もうこれは、好きにさせとこう。
ここまでかしこまってればルシウス様の警戒も少しは弱まるだろう。たぶん。
「ルシウスは仕事か?」
「今日はまだ帰ってこないみたいね。お義父様たちはいらっしゃるから、ご挨拶して」
「あぁ、挨拶はもちろんするがな。今日は情報共有に来たんだ」
「情報共有?」
「じょ?」
私が首を傾げると、釣られてシオンも傾げる。
それを見て楽しそうに笑い、ヴィンスはシオンを持ち上げてくるりと回った。
「トラキオンの第二王子が連れてきた女についてだ。だいぶ個性が強いから、先に知っておいた方が良いと思ってなー」
ヴィンスに『個性が強い』って言われるとか、もう個性の域を超えてるんじゃない?
◇◇◇◇◇◇◇◇
今日も早めに帰宅し、妻子のお出迎えがないことに疑問をいだきつつも使用人達の様子が平常なのを感じて、特に異常がないと思いながら「ミューとシオンは?」と尋ねたルシウス様に、ノアは飄々と「ヴィンス様とハリー殿がお見えになってますので、旦那様の応接室にいらっしゃいます」と告げたらしい。
間男、再び!
慌てふためいて全力疾走の末「ミュー、シオン!」と飛び込んできたルシウス様が見たのは、優雅に座る私とその隣でシオンをあやすヴィンス、そして足元に侍るハリーの姿だった。と思う。
「……足元?」
「ぷあ!ぷあ、おかり!ぷあ、しょんよおかり!」
とにかくルシウス様に自分をアピールしだすシオンに根負けし、ヴィンスが笑いながらルシウス様にシオンを渡しに行く。
「お帰りルシウス。お邪魔してます」
「いらっしゃい……シオン、ただいま」
「ぷあー!おかり!」
全身でルシウス様に抱き着くシオン。ここから5分は離れない。
ヴィンスの座っていた反対隣にシオンを抱っこしたままルシウス様が座る。
「ルシウス様、おかえりなさい。今日もお疲れ様」
「ただいま。……なんか、平伏している人がいるように見えるけど、気のせい?」
「まあ幻ではないですね」
お帰りのキスをしたあとに怪訝そうにハリーを見たので、ハリーは改めて頭を下げた。
「偉大なるシオン様の御父様。お帰りをお待ちしておりました。ご無事に帰館なされましたこと、心より喜ばしく思います」
「……どうも」
何言ってるんだろう、という顔で見てるけど。
幸いにも?と言うべきか、『何言ってるんだろうこの人』という人間を見ることには慣れている旦那様だった。
「……態度が違いすぎない?」
「違いますねぇ。どのくらい違うかと言うと、私には挨拶のひとつもなしです」
それを聞いたハリーがギシッと固まる。
「え、挨拶してないの?」
「そう言やそうだな。屋敷に入ってからシオンに侍りっぱなしで、ミューには一言も話し掛けてないぞ」
ヴィンスもあっけらかんと言う。
ハリーが冷や汗をかきだす中、実の妹サリーが頷いた。
「父による制裁の対象です」
「!」
「「お気の毒〜」」
二人の父マシュルトは、とにかくグリフィス家への不敬にうるさい。
うちらは王族か?と聞きたくなるくらい、制裁の対象も方法も厳しいのだ。
ぎこちなくサリーを見たハリーは、我々を恨めしげに見た。
「……言ってくださっても」
「まぁ!偉大なるシオンの母に、『お前から挨拶しろよ』って言いたいの?」
「違います!」
「偉大なるシオンの伯父にもそう聞こえたなぁ。これは不敬の追加か?」
ヴィンスの嘲笑う声に、ハリーはますます項垂れた。
それを見てヴィンスは、面倒くさそうにシッシと手を払う。
「反省なら俺らの視界の外でやれ。お前の失態なんざ知ったことか」
「……はい」
シオンへ跪いていたハリーは、ようやく立ち上がってヴィンスの背後に回る。
それでも抱っこされているシオンと目が合うと、浮かれた雰囲気を出していた。
「……ヴィンスくんの魅了には耐性があっても、シオンは別か?」
子どもたちのやり取りを見守っていたお義父様が苦笑する。
「どうでしょう?単に子供好きが目覚めたのかも」
「子供好きは平伏さないわ……」
ごもっとも。
お義母様の呟きは真実である。
身内の前ならいいけど、外でやらないように言い聞かせなきゃ。
「さて、ルシウスも帰ってきたところでヴィンスくんの話を聞こうか。トラキオンから来た第二王子殿下の、連れの女性についてだそうだな。今の所、彼女に関しては情報も降りてきてないし社交もしてないようだが」
お義父様が仕切り直し、皆がヴィンスに注目する。
手を伸ばしてシオンをあやしていたヴィンスが、大きく頷く。
「社交はしないさ。第二王子の隠し玉だから、最後の最後にどーんと紹介する演出だ。なにせ、殿下が探し当てたとっておきの切り札、聖女なんだから」
聖女ーーー?!
うわお、ついに来たか成り上がりの最高潮!
その肩書さえあれば、爵位が低かろうと例え平民だろうと、一気に国の最高峰へ駆け上がる!
キングオブステータス、聖女!
……と、一人でテンション上がったのだが。
アイゼンバーグの皆さんの反応は薄かった。
「「「聖女……?」」」
あれ。
「ヴィンス、聖女って一般的ではないっけ?てか、そもそもこの世界に聖女なんていた?」
前提から確認すると、ヴィンスは苦笑した。
「俺らが知ってるのは、異国の神話に出てきた聖女を読んだからだな。この国の大半の者には浸透してない」
「え?だって、社交界の鳴り物入りと言ったら聖女じゃない?」
「それは恋愛小説だな。『取り柄がない私、突然「聖女」と認定されて貴族社会にデビュー!どうなっちゃうの〜?』だったか?」
「よく覚えてるわね」
そこだけ声を高くするのやめれ。
でもそうか、実際に認められた人がいたと言う話は聞かないものね。
まだ疑問顔をしている皆さんに、ヴィンスが簡単な説明をする。
「特定の宗教において、なんらかの能力を発揮し功績を認められた女性に贈られる、最高位の肩書だな。その宗教が国教だったりすると、一気に地位が上がる。国によっては、王族との婚姻を義務付けるところもあったようだ」
この国には、特定の宗教を崇める風習がない。
なので、宗教的に地位が高くても「だから?」と言う反応なのは仕方ないだろう。
ただ、そのことが彼女を面倒くさくしていることだけは伝わったようだ。
「……第二王子殿下が連れてきたとなると、トラキオンが認めたという事か?」
お義父様の質問に、ヴィンスは首を振った。
「ならば端から前面に押し出すし、何より他国の王族祝いに託つけて紹介したりはしない。あくまで〝第二王子が認めてる〟聖女だ。正式な位はないし、トラキオンの後ろ盾もない。だがひとつの宗教が後押ししていることも間違いじゃない。下手な貴族の後援より、信仰を武器にしているのはよっぽど強いな」
「……なんでそんな面倒そうなのを連れてきたの……」
ルシウス様が大変嫌そうに言う。
「箔をつけたかったんでしょう」
お義母様は何でもないことのように言うが、その聖女を王家の挨拶に向かわせるのは微妙だなー。
ジッとヴィンスを見詰めると、双子の兄は面白そうに笑った。
「……どんな人?」
「軽薄、ふしだら、権力に弱い、贅沢好き、居丈高、男好き、ワガママ、嘘泣きをする」
「最低な聖女か!」
思わず突っ込むと、高らかに笑われた。
シオンも一緒になってキャハキャハ笑う。
うん、君は可愛いんだけどね?!
「……宴は不参加にしよう」
「大変そうしたいが、無理だ」
お義父様が無念そうに言う。
「なんらかの能力を発揮した聖女が、それ……?」
「まあなんの能力かは明かされてないけどな。任命は神託によるもの、みたいな発表だったし」
「詐欺だーーー!」
「だろうなー」
ほんっとう、変なモノ連れてこないでくれる?!
わなわな震えていると、挙手をしてハリーが歩み出た。
「はいハリーくん、どうぞ?」
お義母様が指名したので、一礼したハリーは厳かに告げる。
「あの聖女はヴィンス様にも言い寄るほどの男好きですが、大変遺憾なことに……『一番の好みは金髪の美丈夫だ』と豪語しておりました」
該当する金髪イケメン・ルシウス様が、おおいに引き攣った。




