王家の宴を乗り切る作戦会議
シオンによるルシウス様の後追いは、この頃ようやく収まってきた。
出勤時の別れは少々長いが、涙目になりつつも「いちら〜」と手を振るので、父親も涙目になりそうになって馬車に乗り込む。
なぜここまで相思相愛なのか……。
後追いをしない代わりに、ことあるごとに「しょん、かーい?」「しょん、いーこ?」と聞いてくるようになった。
そのたびにルシウス様が「可愛いよ」「いい子だね」と答えると、嬉しそうに遊びに戻る。
お互いニコニコやり取りしてるから良いっちゃあ良いのだが、日に5回も6回も繰り返してると飽きないか?
そう思って聞いてみると、不思議そうにされた。
「だってシオンは本当に可愛いし、本当にいい子だから。嘘ついてる訳じゃないし、全然気にならないよ」
夫は器が大きかった。
私なら途中で返事を変えるけどなー。
ちなみにシオンは、私には聞いてこない。使用人には聞くくせに。人を選んでる。
そう考えてると、ルシウス様が楽しそうに顔を覗き込んできた。
「ミューも聞いてくれたら、ちゃんと答えるけど」
お?
「ミュー、いい子ですか?」
「……それは黙秘で」
「答えてない!」
思わず抗議したら、向こうも不満そうな顔をした。
「可愛いかどうか聞かれるかと思ったんだ」
「この年で二人の子持ち予定で、私可愛い?とか聞く訳ないでしょう」
「ちゃんと可愛いって答えるよ」
「そう答えるのは知ってます。ほぼ毎日言ってくるのに、なんであえて聞かなきゃいけないんですか。自意識過剰じゃないの」
「そうかな?シオンは毎日聞いてくるけど」
「シオンと一緒にしないでくださいよ……。じゃあ、ルシウス様は『僕、カッコいい?』って聞けるんですか?」
そこまで言うと、さすがに気付いたらしく赤くなった。
「それはまぁ……、聞きづらいかも」
とは言え、ルシウス様に聞かれたら全員が疑問に思うことなく肯定するだろうけど。
ナルシストとかではなく、ただの事実確認だな。
すると夫は、大変おずおずと上目遣いで聞いてきた。
「……ミュー、僕はカッコいい?」
「物凄く可愛い!」
「答えと違う!」
すごーく、ショックを受けた顔になる。
「仕方ないじゃないですか、その年の男性が上目遣いとか、普通ははっ倒されますよ?ルシウス様だから余裕で可愛いんです」
「嬉しくない!やっぱり回答する、ミューは全然いい子じゃない!」
「まぁ〜全否定。ミュリエル、悲しい〜」
「声が笑ってる……!」
ぐぬぬ、と悔しそうに唸ったルシウス様が、次の一手を思いついた。
「ミュー、そういうとこ、ヴィンス殿とそっくり」
「ちょっとルゥ!言っていいことと悪いことがあるでしょう?!」
「やってることが同じじゃないか」
「それでも!ヴィンスを持ち出すのは卑怯です!ルゥだってローザリア様そっくりねって言われたら、どう思いますか?!」
「僕は母そっくりの顔って言われ続けてるし、姉上は僕より豪快だから、逆に『ローズを見習え』って言われるよ」
「あぁ……それは、真理ですね」
ちょっと納得した。
ギャンギャン言いつつも、ルシウス様の手は私のお腹を撫で続けてるし、私もルシウス様に凭れ掛かったままの姿勢だ。
今日も変わらず、仲の良い夫婦である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王家の新生児達が貴族にお披露目される宴がある。
同時に、国交のある諸国の要人達も招かれ、次世代の王家に挨拶をするのだ。
諸国の要人……。
因縁のある国が多過ぎる。
ということで、アイゼンバーグ家・グリフィス家合わせての『王家の宴を乗り切る作戦会議』が始まった。
「まずはトラキオンね。件の第三王子殿下はお見えにならないと聞いたけど、他の王族の方もヴィンスくんに求婚しているのでしょう?」
「第三王子殿下を筆頭に、第二・第三王女殿下、王弟のご令嬢、あとは非公式に王妃陛下の甥からも手紙が来てます」
「……最後の甥はどうする気だったんだ?」
「意図は不明ですが、求婚状を突き返した後に行方知れずになったと聞いております」
マシュルトが淡々と話すのって、なんでこんなに寒気が湧くのかしら。
隣を見るとルシウス様も同じ気持ちなようで、眉をへにょりとしている。
暖を取るために擦り寄っていると、お義母様が「トラキオンは誰が来ても警戒しましょう」まとめてくださった。
「次はルシウスの因縁だな。デリル王国。例の王女は臣籍降嫁をされたと聞いているが、さて夫を連れてやってくるだろうか?」
お義父様の情報に驚いた。
「……ミュー?どうしたの?」
「あの王女様をもらってくれるとは、器の大きい臣下がいたんですね……!」
「率直過ぎるわよミュー」
母上に窘められたけど、思っちゃったんだから仕方ない。
「だいぶ爵位の低い家のようだがな。裕福ではあるらしいから不便を感じることはないだろうが、爵位を笠に着て威張り散らすことは出来ない」
「……うわぁお」
それ、一番彼女にとって辛い仕打ちではないの?
やるなぁデリル王国……。
「デリル王国は第四王女殿下以外は割とまともな反応だったわよね。あのお茶会の来訪も、最後のチャンスとして与えられたらしいし。それにうちを巻き込むのはどうかと思うけど」
そんな話でやってきてたのか。
結果がアレとは、ご愁傷さまです。
私の夫にちょっかい掛けるやつが悪い。
「なら、デリル王国で警戒すべきは元王女殿下当人がいらっしゃるかどうかですね。国の代表として立つとは思えないので、遣いの一行に紛れてる可能性はあるかと」
父上が言うと、お義父様がセザールに名簿の手配を命じた。
「残るはこちらね。先日条約が結ばれたばかりのチェルティフ。ルゥくん、チェルティフに関わったのは王族ではないということで認識は合ってるかしら?」
母上に聞かれ、膝のシオンと戯れていたルシウス様は顔を上げた。
「はい、先日の会議に王族の方は参加されていませんでした。その、僕やミューと関わりがあった者は高位貴族でもなかったです」
「ミュー?関わりに行ったの?」
母上の質問はなんだか含みがあるな?
「関わりに行った、と表現されるのはどうなんですか母上。まるで私が積極的に絡んだみたいな」
「違うの?」
「概ね正解です」
やっぱり、と父上とマシュルトの目が言っていた。
心外だ。
「良かれと思って、愛する夫のストレスの原因を潰してきたんですよ?褒めてくれてもいいんじゃない?」
「ミュー、その言い訳は前にヴィンスも言っていたぞ」
「心外!」
なんてこと!私のセリフを先取りされるとは!
「やっぱりそっくり」
「ルシウス様、それやめてって言いましたよね?」
「ごめんなさい」
「めんちゃー」
「……なんでシオンまで謝るの」
「お母様が怒ってるなら、僕らは無条件で謝るよ」
「たしゃ、めんちゃー」
「……そっくり親子め!」
右手と左手それぞれで、同じ金髪のサイズ違い頭をぐしゃぐしゃにしてやった。
鳥の巣頭、二回目。やっぱり楽しそうにしてる。
コホン、と父上が咳払いをした。
「チェルティフは比較的警戒は薄くても大丈夫そうだな。だが一応近寄らせないようにしておく。クラスト、ムラト殿、警戒対象には含めておいてください」
「「は」」
「いったん、リストアップはこれくらいでよろしいですかね?公爵」
「そうですな、国内の貴族はもはやどの家が来ても変わりないでしょう。身内さえ把握しておけば問題ないかと」
父上とお義父様が合意した。
「さて。では、ここからが大詰めね。問題その一、王家より『新生児のお披露目なので』とシオンの参加を要望されてます」
お義母様が厳かに言うと、皆がルシウス様の膝にいるシオンに注目した。
あ、二人とも鳥の巣頭のままだ。
シオンの頭をルシウス様が、ルシウス様の頭を私がせっせと直す。
「……この天使を、宴へ?」
「ミモザ様、どのようなお洋服に致しますの?お誕生日の真っ白と生誕祭のピンクは堪能しましたし、次はシックにキメてみます?」
「そうねぇ、うちの天使の格を見せ付けるなら「「母上」」」
脳天気な話を始めようとする母二人に、子どもたちから注意が入る。
「衣装の話は別日にお願いします。今は天使が無事に宴を乗り切るための会議です」
ルシウス様、諌めてくれるのはありがたいが、シオンがよじ登って来てるから台無しね。
「……シオン、お父様、前が見えないよ」
「にゃ!ぷあ!」
「はいはい」
「シオンー、ほら団長に高いのしてもらいなさい」
クラストを手招きして預けると、肩車をして軽快に歩き出した。
クラストはそのまま意見を述べる。
「僭越ながら、申し上げます。シオン坊っちゃまの参加が不可避であるならば、若旦那様と身重のミュリエル様と常にご一緒にいていただけた方が、警護としては一点に集中できてありがたいですね」
「同意します。例えばシオン様がお昼寝される際や若奥様が休憩される時にも、ルシウス様とご同道していただくことが必須条件かと」
ムラトも頷くので、警護の陣形は決まったようだ。
「私とミモザにはセザールが、グリフィス伯爵夫妻にはマシュルト氏が付くので、こちらはそこまで警護の人数は割かなくて良いな。シオン達にそれと分かるような警護を付けて、牽制にしよう」
セザールとマシュルトがそれぞれ一礼する。
……片や執事で片や側仕えなのに、騎士とため張る強さなんだもんなー。
そうは見えないのが油断を誘うらしい。
感心して見詰めていると、視線を感じる。
同じく身重なために、留守番確定のサリーだった。
お留守番、頑張れ〜。
視線で伝えると、引き攣った表情になった。
「王家には、シオンとミューの安全が確保されることを条件に承諾の返事をします。あとひとつ問題なのは……」
「……ヴィンスがどう出るか、なんですよね……」
母上の憂鬱そうな呟きに、皆が押し黙った。
肩車できゃいきゃい喜ぶシオンの笑い声だけが響き渡る。
「……」
「……」
「「…………」」
「……とにかく、やってくることは確かなのかね?伯爵」
「……」
かろうじてお義父様が絞り出した問にも、父上は返答出来ない。
分からないからな!
「……トラキオンで大人しくしてることはないでしょう。サリーが留守番なので、宴には出ずに……こちらを訪れる……可能性も「ありません。」」
父上がひねくりだした回答を、今度はサリーがバッサリ断ち切る。
「屋敷には私一人のみ、宴にはミュリエル様とシオン様と若旦那様がいらっしゃいます。屋敷だけでは満足されません。なんならハシゴします」
「ハシゴ……」
それはヴィンスが移動して、トラブルを振り撒くということかな?
皆で悶々としてると、お義母様がパン!と手を打った。
シオンが喜んでパチパチ叩いてるのはご愛嬌。
「ヴィンスくんがどのようにやってくるのかは読めないのだから、策を講じても仕方ないわ。幸い、アイゼンバーグ家までを身内と認識しているようだし、わたくしたちに害はないわ。たぶん!」
最後のたぶん!が一番力強かった。
しかしまあ、予測がつかないんだから仕方ない。
「……あの息子を前にしたら、私の計算力なんて……」
息子の動きを読めない父上がどんよりしている。
「旦那様、あの子は人外のようなものだと見なすと決めたじゃありませんか。それでも諌められるのはわたくしたちだけなんですから、気をしっかり持ちましょう?」
母上が励ましてるけど、待ってよ私は人外と双子なのか?
心外!とまたしても思ってると、ルシウス様が何かを言いたそうだ。
「……なにか?」
「…………なんでもないです」
ジト目で聞くと、諦めたように首を振って擦り寄ってきた。
……うん、天使な美貌の夫と息子がいるんだから、兄が人外なことくらいなんでもない!たぶん!
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミュー、次の子の名前は決まったの?」
「女の子なら変わらずレティシアですね。男の子の名付けは、今回お義父様が担当されます」
「まぁ……」
「……今はとにかくリストアップ中だ。セザールも手伝ってくれてる」
「頑張ってください父上。僕はシオンの名付けで出し切りました。もうあと何年かしないと候補が浮かびません」
「……何年か後に名付けをする可能性が?」
「あるかもしれない。ねーシオン」
「むや!」
「お祖父様とお祖母様に名付けをしてもらえるなんて、幸せな孫だわね〜」
「ヴィンスくんとサリーの子どもは『サミュエル』と聞いてるけど、女の子の場合はどうなの?」
「検討中です」
「伯爵夫妻が決めないのか?」
「「…………」」
「なんで沈黙」
「……我々夫婦には名付けの才能がとことんなくて」
「ヴィンスとミューの時に上げた名前をことごとく却下されたので、関わらないことに決めてるのです」
「……領主夫妻の名付けが、却下……?」
「使用人や配下の者たちにこぞって止められたので。双子の名前は公募で決まりました」
「「「公募」」」
「お二人の名付け候補が聞きたいような怖いような?」
「私は両親に失望したくないので聞きません。」
「公募の前に使用人達に聞いてみたけど、恐れ多い!とかふざけて言われたりとか、真面目だけど我々と大差ないレベルだったりしたから、広く集めようとなったんだ」
「大差ない……」
「クラストにも聞いたけど、酷かったぞ」
「え?」
「伯爵様、そんなにですか?」
「男の子ならエール、女の子ならリキュールと」
「「ひどっ」」
「若旦那様、そうですか?」
「……クラスト殿、お子さんは?」
「ご安心を。あの家の嫁たちは、夫を信用してないので」
「良かった」
「おい、若夫婦」
「お前の父親は、三男の名前を『ワイン』と提出してきたぞ。前伯爵が奥さんに返してその後ボコボコにされていたが、これだったら受けても良かったな」
「「ワイン団長」」
「やめてください。母が『クラスト』と名付けてくれたんで!」
「いやもう、ぴったりじゃない?ワイン団長」
「呼ぶな!」
「名は体を表すんだね、ワイン団長」
「やめてってば若旦那様!」
「ワイン、アイゼンバーグ公爵家に失礼だぞ」
「ワインで定着させないでください!俺が悪かったですから!」




