新王族、誕生
「来たなシオン!さぁご覧、私の可愛いエリカだ!可愛いだろうー?誰にも嫁にやらん!だがシオンなら婿に迎えよう!」
「なんでうちの嫡男を王家に婿入りさせなければならないんですか」
寝ている娘を抱き上げ、起こさないように小声になりながら声高に自慢するという、絶妙な技を披露してヴィンセント様が近付いてきた。
僕が抱き上げてるシオンの視線の高さに合わせ、エリカ王女を見せる。
銀髪は父譲り、今は見えないが瞳は黒で母譲りらしい。
シオンはジッとエリカ様を見詰めていたが、ふいに僕を涙目で見てきた。
「シオン?」
「ぷあ、しょんかーい?」
「え?」
「しょん、かーい?」
かーい、とは。
涙目なんだからすぐ安心させてやらなければならないが、何を訴えられてるのかわからない!
慌ててソファに座るミューを振り向くと、もう一人の赤ん坊をあやしていた妻はこちらを見てふふ、と笑った。
「シオン、可愛い?って聞かれてますよルシウス様。ヴィンセント様があまりに可愛い自慢をするから、僕より可愛いのか?と不安になったんですね」
可愛いか聞いてたのか!
「もちろん、シオンは可愛いよ。世界で一番、お母様の次に可愛い!」
目を見ながら可愛いを連発すると、涙目から一転輝く笑顔に変わった。
「世界で一番、のあとにお母様が入ったぞ」
「一番じゃないですね」
「シオンより可愛いとか言われるの、プレッシャーじゃない?」
「ルシウス様の世界で、ですから。世論は介在しないのよー」
大人は何か言ってるが、シオンが笑顔になったんだからいいじゃないか。
笑顔のシオンは改めてエリカ様を見て、「かーいねー」とニコニコしてる。
ヴィンセント様は天を仰いだ。
「娘を抱っこしてるんですから、気を付けてくださいよヴィンセント様」
「わかってる……わかってはいるが、シオンの可愛らしさは留まることを知らないのか……?!エリカに匹敵する愛らしさを発揮するとは、シオン恐るべし」
恐れられた。まあそうだな、一歳になってもシオンの可愛らしさは天使級だ。
◇◇◇◇◇◇◇
王太子妃殿下と第二王子妃殿下は、立て続けにお子様を出産された。
先に産気づいたのはマリアベル様。
金髪青目のご長男が誕生し、カイリュート様と名付けられる。
その五日後にホノカ様が出産され、銀髪黒目のエリカ様が誕生した。
王族は今赤ちゃんフィーバー真っ只中である。
去年のアイゼンバーグ家がこんなだったな……。
その赤ちゃんフィーバーには、何故かうちのシオンくん一歳も入るらしく、相変わらずのチヤホヤぶりだ。
ただ、シオンの方はここのところ心境の変化があり、以前と同じようにはいかなくなった。
「シオンー、ほら殿下が抱っこしてあげるからおいで」
「や」
「ならシオン、ユーリ様が抱っこしようか?」
「や。ぷあ、しゅきー」
ヴィンセント様やユーリ様が気を引こうとも、僕の首にしがみついて離れない。
申し出にもぷいっとそっぽを向いてる。
嬉しいけれども、全く下に降ろせないのもちょっと困るかな。
「シオン……あんなに可愛く笑ってくれたのに!」
悲痛な表情で言われるが、訂正しなければ。
「今でも可愛く笑いますよ?単に私から離れないだけで。ねーシオン」
「ねー?」
「「かわっ!羨ましい!」」
新米父親二人が何か喚いてるが、自分の子どもたちは良いのか?
シオンを抱っこしつつソファへ向かうと、カイリュート様を囲んだ夫人方が笑顔でシオンを迎えた。
「シオン、ほら見てみて。カイリュートよ、シオンのお母様みたいな目をしてるでしょう?」
「たしゃ?」
「お母様と同じ色なら、可愛いわよね?」
「かーいね!」
「マリー、姑息な手を使うわね〜」
「姑息とか言わないでよ。策士と呼んでちょうだい」
「結局策なんじゃないの……」
呆れたミューがシオンに手を伸ばす。
「シオン、お母様のことギュッてして〜」
「たしゃ!ぎう!」
ここは素直に離れてくれるので助かった。
少し疲れた腕を擦って、抱擁してる親子の隣に座る。
「シオン、僕もギューしていい?」
「ぷあ!きゃは!」
許可を得た、ということにして交ぜてもらう。
「……密着型親子、と呼べば良いのかしら?」
「物理的に密着してますね」
「ミューは鬱陶しくないのか?」
「二年もやってれば慣れるんですよ、ユーリ様」
これも大人に何か言われてるが、ミューが嫌がらずにシオンが喜んでるのだから、問題はないのだ。たぶん。
シオンとカイリュート様を囲んでわやわや話していると、ノックがして人員が増えた。
「シオン!来ているか、ヒムロ兄様だぞ!兄上、ただいま帰りました!」
「……小さく叫ぶその技はどうやって身に着けるのだヒムロ……」
「存外器用な質なのですよね、ヒムロは」
学園帰りの自称ヒムロ兄様と、執務をいったん休憩にした自称じいじの陛下、お目付け役を買って出た王妃陛下の登場である。
「ひーく!」
「ここにいたのかシオン。姉様方、ただいま」
挨拶をしながら、シオンの目線に合わせるべくソファ前の絨毯に座り込むヒムロ様。
王族を目下に座らせる赤ん坊、シオン(一歳三ヶ月)。
「シオン、ほら兄様のところへおいで」
ヒムロ様が手を広げると、シオンは少し躊躇ったあとミューを掴んでいた手を離して、ヒムロ様に近寄った。
そのまま彼が抱き上げると、兄達から驚きの声が上がる。
「なんでだ?!さっき私達は拒否されたのに!」
「ヒムロならいいのか?ミューと同じ色だから??」
「兄上たち、何を騒いでいらっしゃるのです?シオンが驚きますよ。なぁシオン?」
子どもの相手がお上手なヒムロ様にあやされて、久々にシオンが僕達から離れてる姿を見た。
「……あれは、ミューの色と同じだから?」
「単に慣れじゃないですかね?ヒムロはシオンと会ったらずっと付き添ってますから」
「意外ねぇ、ヒムロ様が赤ん坊の世話をするなんて」
「うちの子もお相手してくださるとありがたいわぁ。ユーリ様はなんだか危なっかしくて」
「マリー!私はちゃんとカイリの世話をするぞ!」
マリアベル様の嘆きが聞こえたユーリウス様から抗議があった。
「それで言うと、ヴィンセント様なんてエリカに付きっきりよ。今からアレじゃあ、嫁に行く時どうするのかしら」
「ホノカ!その話はしない約束だ!」
ホノカ様は呆れた声で言い、ヴィンセント様は悲鳴をあげる。
それぞれ個性があるなぁ。
「シオンは息子で良かったですねルシウス様」
ミューが囁くので、自分に娘がいたらと想像する。
そう言えば、シオンの妊娠中にまだ性別が分からないからって、ミューに娘が嫁に行く想像をリアルに語られたんだった。
「……シオンが息子で良かった」
「でも、次の子は娘かもしれませんけどね!」
ミューのお腹を撫でていた手が止まってしまった。
「そうね、そうなったらカイリのお嫁に来るといいわ。姑がわたくしなら安心でしょう?」
マリアベル様がカイリュート様を見せながらアピールしてきた。
確かに安心……だけど!
お腹ごとミューを引き寄せて、マリアベル様から距離を取る。
「……まだ、生まれてません……!」
「それはそうね」
妃殿下方は朗らかに笑う。
ミューも手を伸ばして頭を撫でてくれた。
「生まれる前から婚約が決まるとか、物語風ね」
「大体拗れるやつじゃないの。アレでしょ?親同士が親友で〜とか」
「親同士が親友だからって、子どもを婚約させるの?」
ホノカ様の仰る疑問は、そのまま僕も思った。
「友情の証、みたいな?」
「……その証、いる?」
「まぁ、子どもの意思を完全に無視してますよね。政略結婚ならまだ利益がありますが、息子の人生左右してまで決めた結婚の成果が『友情の証(笑)』とか」
「息子は反発しないのかしら」
「本人同士が気に入ったなら良いかもしれませんけど、こればかりは育ってみないとわかりませんね」
そんな理由で結婚相手を決められたら、僕ならグレるぞ。
◇◇◇◇◇◇◇
ソファでは王妃陛下も交えて「生まれた直後に決まる婚約」の話をしていたが、シオンを囲む王族達は「何がシオンに好かれる要素か」を検討している。
「陛下も良いのか?!ならシオン、殿下でもいいだろう?」
「兄上、陛下と言うよりもはや髭を好いてるみたいですよ」
「なんとでも言うがいい!この髭の力でシオンが寄ってくるのだ、長い間伸ばしておいて良かった!なぁシオン〜」
「じっじ」
「おぉ〜、ちゃんと呼べるようになっている!シオンはお利口さんだな〜」
「父上はシオンの祖父なのですか?では俺にとっても祖父?」
「……ヒムロはもうちょっと頑張ろうな色々と」
「はい」
「素直なところがヒムロの可愛いところだ」
「素直過ぎるとも思いますが。それはそうと父上、シオンは髭好きですが他の赤ん坊がどうかは分かりませんよ?特にエリカは女の子ですし、年頃になったら避けられる可能性も」
「……!!」
うん、陛下が本当の孫のために髭をどうするのか見ものだな。
とりあえずシオンも楽しそうにしてるから良かった。
そう思っていると、「ルシウス様」とマリアベル様から声が掛かった。
「せっかくなので、カイリを抱っこしてみませんか?今のシオンと比べるとだいぶ軽いですよ」
そう言って、カイリュート様が渡された。
生まれて一ヶ月も経ってない赤ちゃんなんて、シオン以外に抱っこしたことなかったな。
「……小さい」
「うちの子もまだまだ小さいと思ってましたけど、生まれたての赤ちゃんを抱っこしたら、大きくなったって感じますよね」
ミューの感想にまったく同意だ。
ちょっと前まで抱っこされてるだけだったのに、いつの間にか自分で歩くようになってる。
成長したな……と思ってシオンを見ると、バチッと音がするくらいに目が合った。
……なんだか、目を見開いてないか?
あれ、顔が歪んだぞ?うん?
「ぷあーーーーーーー!!」
シオン、大絶叫。
突然の号泣に、僕が抱っこしていたカイリュート様も寝ていたエリカ様も驚いたらしく、釣られて泣き出した。
うえぇ??
陛下に抱き上げられていたシオンがバタバタと暴れ出す。
「うわシオン、危ない!」
「ちょ、陛下もうこれ降ろしましょう!ゆっくりしゃがんでください」
殿下達の手助けがあり、シオンはなんとか下に降ろされた。
途端に、泣きながらよちよち歩きでこちらに向かってくる。
「ルシウス様、カイリをマリーに返して。シオンを迎えに行ってください」
ミューの指示でカイリュート様をマリアベル様にお返しし、シオンを抱き上げに行った。
ひし!と抱き着いてきたシオンをどうにか宥めようとするが、「ぷあ、ふええ、ぷあー」と僕を呼ぶだけで何が原因なのかわからない。
途方に暮れるが、ひとまずミューの近くまで戻る。
「シオン、ほら、お母様だよ」
そう囁くと、少しだけミューの方を見たがまた顔を隠してしまった。
「これはアレですね、自分以外を抱っこしているお父様を初めて見たので、取られる!と思ったのでは。つまり、赤ちゃんの嫉妬」
あっけらかんとミューに言われた。
嫉妬?
「あらまぁ」
「そんな嫉妬あるの?」
「下の子が生まれると、赤ちゃん返りするとか言うじゃないですか。うちの子は紛うことなき赤ちゃんですけど」
シオンの嫉妬……!
泣いてて可哀想なのに、ちょっと嬉しい。
「あと、普通におねむ」
ミューが笑ってシオンの頬をつつくと、今度は顔を上げたが眉はへの字だった。
「シオン、泣かなくていいんだよ。お父様は、シオンのお父様なんだから」
「ぷあ」
「シオンは可愛くていい子だね。カイリュート様も可愛いし、シオンも可愛い」
「しょん、かーい?」
「可愛い」
「しょん、いーこ?」
「うん、いい子だ。ほら、お母様にねんねしてもらおう」
泣き顔が治ってきたので、ミューの懐に渡す。
ミューに抱き着いたシオンは秒で寝た。
「「「おぉ〜」」」
王族から歓声があがる。
「いや、こんなにすぐ寝てくれるもの?カイリけっこうグズるんだけど」
「エリカもよ。乳母と交代であやしてようやくなの」
「シオンの数ある長所のうち、もっとも使用人に褒め称えられる美点です。中でもミューが最速ですが」
僕や乳母だともうちょっと掛かる。それでも1分くらいだけど。
あちらで男性王族達が目頭を抑えていた。
「尊い……シオン、尊いぞ!何故そんなに愛らしいのか」
「カイリもあのように慕ってくれるでしょうか……自信が」
「エリカにはおじいちゃまと呼ばれたいな。カイリはシオンと合わせるか」
シオンの素晴らしさに感銘を受けてる様子。
女性陣は呆れ、中でも王妃陛下は息子達に「やれやれ」と呟いた。
「何を悠長なことを言っているのです。ヴィンセント、ユーリウス。このままではルシウス卿に我が子の『理想の父親像』を取られますよ?」
二人の王子殿下が、バッ!とこちらを向いた。
「ルシウス……どのようにしたらあそこまで慕われるのだ?!」
「どのように、と言われましても」
何をした訳でもないので困惑してしまう。
「秘訣はないのか?!なら少し抑えろ!」
「無茶を言わないでくださいヴィンセント様。何をどう抑えろと?」
呆れた思いを隠さないでいると、いつものことなのにヴィンセント様が小声で怒鳴った。ヒムロ様と同じ技だ。
「いつも思うがな、その態度は私に対してどうなんだ?!アイゼンバーグ家が不敬だと疑われたり、私の権威が足りないと思われたら困るだろう?!」
ミューと顔を見合わせる。
僕「特に困りませんね」
ミュー「私も困らないです」
ホノカ様「わたくしも困らないわ」
王妃陛下「わたくしもね」
マリアベル様「わたくしはノーコメントで」
陛下「私も困らないな」
ユーリウス様「私は……困ると思います」
ヴィンセント様「ユーリウス……!」
ヒムロ様「俺は困らないぞ兄上!」
最後に明るく言い切ったヒムロ様に、全員が注目した。
「……やっぱり、ヒムロはもうちょっと色々学ぼうな」
「?はい」
返事は素直だ。
これで学年首席を取れるんだもんなぁ……。
シオンには学業だけでなく、一般常識も学んでもらおうと心に誓った。
打ち明けたノアには「棚上げ!」と笑われたけど。
失礼な。




