幕間6 オリビアの婚活事情
「ミュリエル様、ご機嫌よう。まあ、随分とお腹が膨らんでいらっしゃいましたね!」
サロンに入ってきたオリビア様は、挨拶もそこそこに感嘆の声を上げた。
だいぶ慣れてきて良かったこと。
「ええ、重たく感じ始めてますの。座るのも立つのも一苦労よ」
「それは大変ですね……その、悪阻?とかはありますの?手土産にお菓子を作ってきたのですが」
チラ、と連れてきた侍女を見てる。
一礼したところを見ると、既にうちの侍女へ渡したようだ。
微笑んで頷く。
「今は悪阻が落ち着いてますので、何でも食べますわ。ありがとうございますオリビア様」
「良かったです。お口に合うとよろしいのですけど」
はにかむオリビア様は、だいぶ生き生きとしてる。
「その後、進捗はいかがです?主にタスクの件で」
どストレートに聞くと、ガタ、とテーブルが揺れた。
動揺が伝わったらしい。
「……いきなりですかミュリエル様」
「だって、『オリビア様に最愛の旦那様を作る会』の会長ですもの」
「そんな会ありました?!」
オリビア様は真っ赤な顔で悲鳴をあげた。
「オリビア様には言ってなかったかしら?『君を愛することはない』同盟を解散して、新たに立ち上げたのだけれど」
「聞いてないです!」
「まあ、オリビア様がご存知なくても問題ないわ。こっちで勝手にやるから」
「こっち……とは」
「お義姉様とマリーと私。お義母様はさすがに誘わなかったわ」
「やっぱり!恐ろしいほどの高位貴族!」
今度は突っ伏してしまった。
まだテーブルに並べてないからいいけど。
「あら、メンバーに不足が?」
「逆です!わかってて言ってますよね?!わたくしの婚活ごときに強力過ぎます!」
ですよねー。知ってる。
「気にしなくていいわ。半分以上は野次馬してるだけだから」
「なお悪い!」
オリビア様がはっちゃけてるわ。うむ、遠慮がなくなってきてるのは良いこと。
「で、落ち着いたところで。真面目な話、進展はあるの?」
オリビア様の動揺が治まった頃合いを見計らって、再度問い掛ける。
お茶を飲めるくらいには鎮まった彼女は、それでも少し顔を赤らめてポソポソと話し出した。
「……意識は、していただいてると思います。商談をしている時はいつも通りですけど、話が終わって雑談に入ると少しぎこちなくなると言うか。避けられているのとは違うようですので、悪くはないと思うんですけど……」
意識してぎこちなくなる!これぞコイバナ!
相手がいい年すら超えそうなオジサンであることは、この際気にしないでおこう。
「何かお悩み?」
「……そうですね、どうアプローチをしたら良いか迷ってます。わたくしも一応貴族の令嬢として教育を受けた身ですので、殿方へこちらから積極的に働き掛けるということに慣れていなくて。タスク様との出会いは、幸運の女神様がくださった最初で最後のチャンスですので、出来る限りのことはしようと思うのですけど、そう何度も出来るとも思えないので、より勝算のある方法にしたくて」
「なるほどー。内容は分かったわ、でも幸運の女神呼ばわりはやめないと、今すぐ縁を切りますわよ?」
貴族スマイルで釘を刺すと、オリビア様は慌てて首を振った。
後ろのサリー、あなたも変なことを吹き込むのはやめなさいね?
だがしかし、オリビア様の言うこともわかる。
アプローチをするにしても、前妻同様押せ押せの姿勢が良いのか、でもそれがトラウマになってたら引かれかねない。
思わせ振りに引っ掛けるのか、いじらしく待つのが良いのか……こればかりは十人十色なので、私の経験談で語るのも参考にはならないだろう。
そう考え、ルシウス様のことを思い浮かべる。
……訂正。うちの旦那様はあっちが押せ押せなので、語れることがなかった。
ふむ。
「要は、タスクの好みを把握し切れていないので、手が打ちづらいと言うことね?」
「えぇまあ、そうですね」
「よろしい。ならば、タスクの好みを知ってそうなアドバイザーを召還しましょう。同性の目線からの話なら、なんらかの目安にはなるでしょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ということで、タスクの親友を呼んでみましたー」
「親友とか言うな!頼むから!」
オリビア様を前に紹介したところ、私服姿のクラストに怒鳴られた。
いつもの調子でやるから、オリビア様が驚いてるじゃないの。
背後からサリーがクラストをどつく。
「ってぇ!サリーお前、妊婦だろ?!大人しくしてろ!」
「それよりも、他家のご令嬢の前ですので取り繕ってください」
冷静に突っ込まれ、クラストが慌てて姿勢を正す。
「失礼いたしました。粗野な振る舞いをお許しください」
ちゃんと挨拶をすれば、騎士団長らしく出来るんだけどね。
「オリビア様、グリフィス騎士団のクラストです。タスクと長い付き合いなので、話を聞けますよ」
「長い付き合いではありますが、親友とか言わないでください。クラストと申します。よろしくお願いいたします」
「はい……あの、オリビア・ゲイシュルトです。よろしくお願いします……」
ようやくオリビア様の硬直が解けたので、クラストにも着席を促す。
「グリフィスでお見掛けしたのですが、本当にタスク狙いなんですね」
感心したようにクラストが言う。
貴族令嬢に対して率直過ぎるわ。
案の定、オリビア様が赤面した。
「オリビア様、クラストの言い方が気に食わなかったらすぐ教えてね。サリーがどつくから」
「注意すればいいだろ?!妊婦に何やらせんだ!」
「どつく方が早いです」
「ほら」
「ほら、じゃねえ!大人しくしてろ!」
「妊婦であることを気にするならそうねぇ、警棒を振り抜く方が楽かしら?」
「攻撃力が増してるじゃねえか!!」
いつものやり取りにオリビア様が目を白黒させてると、ノックがした。
ナンシーが用件を聞き、こちらをチラリと見るので許可を出した。
「オリビア様ごめんなさい。シオンが起きてしまったらしいから、同席させても良いかしら?大人しくは出来ると思うの」
「もちろんですわ!わたくしのことはお気になさらず」
オリビア様に快諾していただいたので、シオンを招き入れる。
「たしゃ〜」
「はいはい、おはようシオン」
「しょん、いーこ?」
「お昼寝しっかりできていい子ね〜」
抱き締めて褒めると、うふふと笑ってる。
オリビア様が身悶えてるし、クラストも天を仰いでるわ。
「シオン、ほらオリビア様よ。ご機嫌ようって」
「ごち、よ!おり、しゃま!」
「〜〜〜〜!ご機嫌よう、シオン様!」
「あっちは団長よ」
「だんちょ!」
「シオン坊っちゃん、お久しぶりです」
シオンの元で跪いて騎士の挨拶をするクラストに、シオンはきゃいきゃい喜んでる。
「以前は起きても平気そうでしたが、成長されましたか?」
「後追いが始まったのよね」
「後追い?シオン坊っちゃんまで?」
「まで、とは」
「若旦那様はお嬢様を後追いしてますよね、常に」
平然と言われ、思わず考え込む。
「……そうね、言われてみれば確かに。でもシオンが後追いしてるのは、私じゃなくてルシウス様よ」
「……二連の後追いですか?」
「面白いわねそれ。私が誰かを後追いしたら、三連?」
「追われた奴が驚きますよ」
クラストは呆れた表情で立ち上がった。
「それで?非番の俺をわざわざグリフィスから呼んだのは、タスク関連なんですか?」
少し棘のある声で言われ、オリビア様が縮こまった。
サリーが警棒を抜きかけるが、いったん手で止める。
「わざわざ来てもらった礼に、アイゼンバーグ産のワインを用意したわ。タスクの情報でオリビア様が満足したら、ゲイシュルト領で販売される新作の蒸留酒を下さるそうよ」
「お任せください。タスクの幸せのために、なんでも情報を提供します」
この変わり身の早さが、グリフィス騎士団よね。
今度はこちらが呆れたが、やる気になったのだから利用しない手はない。
「まず確認だけど、タスクって前の奥さんのことまだ引き摺ってるの?」
「ミュリエル様!」
「この間まではめちゃくちゃ引き摺ってましたけどね。最近は思い出すこともなさそうですよ、誰かさんのおかげで」
全員がオリビア様を見る。シオンも。
オリビア様は真っ赤になって俯いた。
「……あれじゃあね」
「そりゃ意識するなって方が無茶でしょうよ」
私とクラストとサリーがウンウンと頷く。
それを見たシオンも頷く。
「まあまずは、ゲイシュルト嬢がタスクにどのようなお気持ちを向けてらして、どうなりたいのかを正直に伝えるところからじゃないでしょうか?態度ではなんとなく分かっても、言葉にされないとタスクも不安でしょう。特に一度結婚で失敗している身ですし、元の性格もありますから」
おぉ、クラストが真面目なアドバイスを!
私とサリーが驚いてることに気付かず、クラストは指を一本立てた。
「気持ちを話す時は素面で!どんなに照れ臭くても、酒の力に頼っちゃ駄目です。これ大事!」
「……さすが、酔った勢いでプロポーズをしたら信じてもらえずに、奥さんを三ヶ月追い回してた男の言うことは違うわね」
「言葉に重みがあります」
「おい!なんで知ってんだそんなこと!お前らが生まれてるかどうかも怪しい頃だぞ?!」
クラストが真っ赤になって怒鳴った。
シオンが「ふわおー!」と対抗するのはお約束だ。
「伯爵夫人のお茶会で語り継がれてるわ」
「騎士団長だけでなく、参加者のなれそめは一覧化されてます」
「……グリフィス領、怖え……」
項垂れるクラストを余所に、私もオリビア様にアドバイスする。
「グリフィス領の商人に惚れた以上、求婚エピソードは広まることが必須だから。将来お子さん達に聞かれても恥ずかしくないように、頑張りましょうね」
「……………はい」
その後、タスクの性格やオリビア様の性格、二人の展望などをあーでもないこーでもないと議論しつつ、合間にクラストへの弄りを混じえ、オリビア様の求婚計画は一応完成した。
時流を見て相手を見て、その場で対応を変更することも視野に入れて!との既婚者・婚約者持ちのアドバイスに、素直なオリビア様は真剣に頷く。
途中、「……やっぱりタスクにはもったいないんじゃ?」と三人で相談したが、これはタスクの幸せではなくオリビア様の幸せを優先だから!と思い直す。
オリビア様は計画書をしっかりと胸に抱き、クラストはワインと蒸留酒を両脇に抱え、ウハウハでグリフィスに帰って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「その、子どもが先に生まれるのは良くないとタスク様が仰るので、急遽式を挙げることになりまして」
「……タスク」
「……はいお嬢様」
「何をしてくれてんの」
「俺もどうしてこうなったのか……」
「オリビア様、酒の力に頼った?」
「?いいえ、クラスト騎士団長様の忠告がありましたので、お酒は一切飲んでませんわ!」
「素面じゃんか!どうしてこうなった、とか何言ってんの?!」
「素面だったのに、どうしてこうなったのかわかんねぇんだよ!」
「ミュー、あんまり興奮するのは良くないよ」
「……薬物?」
「それはないだろ、いくらなんでも……」
「それでミュリエル様、わたくしもミュリエル様のウエディングドレスと同じ型を使用してもよろしいでしょうか?お針子さん達がこれなら早く仕上げられると仰ってたのもあるのですけど、何よりこうう……、いえ、ミュリエル様とお揃いにしたくて!」
「……ええ、もちろん」
「オリビア様、わかりやすく浮かれてらっしゃるね」
「きちんと面倒見なさいよタスク」
「はい……」
「順番としてはオリビア様の挙式、ミュリエル様の出産、私の出産、私の挙式、オリビア様の出産ですね」
「間にお嬢様と若様のお子様を挟むとか〜〜!恐縮過ぎる!」
「ヴィンスが大笑いするわね」
「指差して笑うね」
「ああぁぁぁ」




