お土産を持って帰ろう
咄嗟に口をついて出た言葉が、求婚。
赤髪の令嬢はだいぶ情熱的なようだ。
もちろんルシウス様は相手にしない。けど、機嫌が急激に下落してるのがわかる。
「旦那様、お口開けて?」
少し擦り寄って口元に菓子を持っていくと、険しい目付きを和らげて素直に口を開けた。
「美味しい?」
「美味しいよ。ありがとう」
牽制の意味も込めて頬にキスが贈られる。
それを見て令嬢はショックを受け、固まっていたオーランド様が動き出した。
「フェデリカ!何と言うはしたない真似を!恥を知れ!」
前子爵の大激怒に、広間が静まりかえった。
あぁ、結局目立っちゃったな。
祖父に怒鳴られ、令嬢が一転青褪める。
「お、お祖父様、そんな、わたくしはそんなんじゃなくて」
「そんなんじゃない?!隣に奥様がいる方に向かって何を口走ったんだお前は!奥様が見えないとでも言うのか?!」
オーランド様はそう仰るけど、実際見えてなかったんじゃないかと思うのよねー。
ルシウス様はいつも通り、「密着」を体現するかの如くにひっついてるし。
それでも彼しか目に入らない状態にするのだから、本当に凄いと思う。
私にくっついたまま令嬢を警戒してるルシウス様に、ふふと笑い掛ける。
「……なに?」
「変装くらいじゃ、ルシウス様の美貌は隠せないんですよ。思った通りです」
「そんなもんかな?」
「そんなもんです。なので、輝きに負けて私が見えなくなるくらい、不思議でもなんともないですよ」
「……それは僕が嫌だ」
「その分、ルシウス様が私を見てくれたらいいです」
「それならずっと見てるから大丈夫」
夫婦の会話をしている間も、祖父と孫はギャンギャンに言い合ってる。
最初は怒鳴られて臆してた令嬢も、本来の気の強さを取り戻したらしい。
「いやはや、こんな騒ぎになるとは……お二人とも、申し訳ございません」
タドリさんが謝ってくるが、これはタドリさんのせいとは言えないだろう。
「令嬢の情熱のせい、もしくは隠しきれない夫の美貌のせいですわ」
「それは納得がいかない」
「妹様は大変落ち着いてらっしゃいますね」
感心したように言われたが、なんてことはない。
「私、ヴィンスの妹なので」
「「なるほど」」と声を揃えられた。
説得力あるでしょ?
「フェデリカ!何をしているんだ一体!」
騒ぎを聞き付けて、父である子爵まで登場した。
親子三代の喧嘩か?これはこれで見応えがあるが。
「フェデリカが、こともあろうにタドリ殿のお客人に求婚したんだ」
「求婚?!」
苦々しく吐き捨てるオーランド様の言葉を聞いて、子爵は目を瞠った。
そのまま娘を信じられないように見るので、令嬢は益々ヒートアップしていく。
「だって!婚約披露パーティーであんな出来事があって、傷付いていた時にここまで好みの人がいらしたら、運命だと思うでしょう?!」
出た!運命の人。
こないだも聞いたなぁ。確か初恋を間違えた人から。
ルシウス様がわかりやすくげんなりしてる。
楽しませてくれたから、特に何をする気もなかったのだけど。
自分の夫を『運命』呼ばわりされたのなら、きちんと言い聞かせてやらなければいけない。
貴女の言う『運命』なんて、都合のいい言い訳に過ぎないと。
ルシウス様に寄り添う姿勢はそのままに、だけど背筋は伸ばして貴族スマイルを浮かべて、言い争う三人へと視線を向ける。
それだけで夫はより密着し、タドリさんも姿勢を正した。
こちらに気付いた三人が、口を閉じて振り向く。
「お嬢さん。わたくしの夫に『運命』を感じたそうですけど。貴女の言う『運命の人』とは、幼い息子や身重の妻を捨てて貴女に寄り添う人なのかしら?」
あえての言葉で確認する。
私の腰に回すルシウス様の手に力が入る。程々にしてね。
露悪的な表現に、思い通り令嬢がムキになった。
「そんなこと、言ってませんわ!」
「あらそう?先程、『結婚してください』と叫んだように聞こえたのだけど。わたくしと離婚しないのならば、愛人にでもなるつもりだったのかしら?この国には側室制度がないものねぇ」
嫌味なことを言い連ねるが、これはルシウス様にもダメージを与えてるらしい。
ちょっと震えてる様子……うん、後できちんと慰めます!
「それは言いましたが……だって」
「言い訳を出来るような環境でも発言でもなくてよ?貴女は婚約披露パーティーという注目を集める場で、相手のことを確認する前に、深く考えずに求婚したの。勢いと衝動以外に何があると言うの?」
「だから……ここでお会い出来たのは、運命としか」
「運命、ねぇ。便利な言葉」
貴族スマイルのまま嘲笑ってやる。
だって、本当に勢い任せな上に思慮が浅いんですもの。
「貴女、自分が物語の主人公だと思い込んでらっしゃらない?婚約破棄を告げられたけど、相手を返り討ちに出来た。ドラマチックな展開の先には、元婚約者よりも高貴でカッコイイ殿方に見初められる、そう思ってしまったのかしら」
テンプレートな展開の指摘をすると、彼女は真っ赤になって黙り込んでしまった。
やっぱり?
でもまぁ、お約束な展開としては筋が通ってる。
「確かに夫は貴女の元婚約者よりも高貴で美しいわね。でもこの人は、貴女のために用意された訳ではなくてよ?わたくしが望んだからここにいるの。運命なんかではないわ、ただ単に夫が貴女の好みの男性であって、そこにいただけ。理由を付けたら手に入れられると思ったら大間違いよ」
言いながらルシウス様の頬を撫でると、嬉しそうに擦り寄って来る。
それを見て令嬢はわなわなと震える。
「わざわざ見せつけるなんて……ひどいわ!」
「妻が夫といちゃつくことに、何か問題でも?それを見せつけと思う貴女が大問題だわ。ねえ?オーランド様」
今まで私達の会話を静かに聞いていたオーランド様は、深いため息をついた。
「大変失礼しました。奥方様への無礼な振る舞い、深くお詫び申し上げます」
「お祖父様!」
「この孫は、二度とご夫君に近付かせないことをお約束します」
令嬢の抗議には反応せず、こちらに頭を下げる。
サボハン子爵もそれにならった。
返事をせず、微笑みだけで意思を示す。
ふと思った。
「ねえタドリ様。先程、彼女の元婚約者の欠点は『夢見がち』なところと仰ってましたわね?」
タドリさんに話を振る。
そう言えば、婚約破棄を知ってるってバラしちゃったな。まあオーランド様がフォローしてくれるだろう。
「……はい。そうお伝えしました」
タドリさんは緊張気味に答える。
何も間違ったことを言った、とか指摘したい訳ではないのよ。
「ふふ、婚約者同士って似るのかしら。『真実の愛』を叫んで婚約破棄した彼と、『運命』だと信じ込んで突然求婚した彼女。どちらも似ていると思いませんこと?場を読まず、空気を読まず、相手を見ず。愛のために我が身を滅ぼすところまでそっくりね」
タドリさんから令嬢へと視線を移す。
元婚約者と同じ、と見做されたことが屈辱のようだけど。
さすがにここまで言われて、私の発言に楯突こうという気はしないらしい。
楽しませてもらった礼代わりに、最後の忠告をした。
「次の婚約者は、もっと現実を生きている方を選んでもらった方がよろしいわ。貴女が見初めるのでは駄目よ?わたくしの夫にしたみたいに、お顔だけに惚れ込んで求愛するようでは、サボハン家の破滅が免れませんもの」
美味しい苺の維持のために!
しっかり選んでもらってね!
◇◇◇◇◇◇◇
大変恐縮しまくったサボハン子爵から、特産の苺及び苺を使った菓子をたんまりお土産として貰い。
令嬢に放った不穏な言葉の数々が流れ弾となり弱ってる旦那様を、馬車の中で甲斐甲斐しくケアし。
どうにか機嫌を持ち直させてアイゼンバーグ邸に着くと、シオンがメイド達と共に待ち構えていた。
「ぷあ!たしゃ!」
ルシウス様にまっしぐら。
ルシウス様も、打って変わって満面の笑みで息子を抱き上げる。
「シオン〜、お留守番ありがとうね。いい子にしてた?お土産貰ってきたよ」
「しょん、いーこ!いーこよ!」
「そっか〜さすがお兄ちゃんだね〜」
「おにちゃ?」
尊い親子の再会はいいけど、そろそろ夕食なのでは。
メリッサに目を向けると、頷いていた。
「ルシウス様、着替えて夕食に向かわないと。そのままの変装で食堂に向かわれるの?」
「着替えるよ。シオンはーー」
ルシウス様がシオンを預けようと辺りを見渡すと、シオンはガシッ!とルシウス様の襟を掴んだ。
ん?
「シオン?」
「しょん、いーこ!」
うん、それは聞いてないが。
またもや離されまいと必死になってる。
少し考えたけど、今は泣かす程引き剥がすこともない。
ならばそのまま連れて行ってしまえ。
「まあいいわ。そのまま連れて行きましょう」
「いいの?」
「引き剥がせるならどうぞ?」
言われて息子の顔をジッと見てる。
「……行こうか、シオン」
「うにゃ!」
輝く笑顔になった息子を連れて、皆でゾロゾロと衣装部屋に向かう。
ルシウス様が着替える時はさすがに離したが、私の傍にいれば騒ぎもしなかった。
なので、特に気にも止めなかったのだが。
「ぷあ!ぷあ、しょんも!しょんもー!」
玄関ホールでシオンの泣き声が響く。
物理的に引き止められるかのように、ルシウス様の足が動かない。
「シオン……」
「ルシウス様。お時間です」
「わかってるけど……」
わかってるなら、さっさと仕事に行かんかい。
呆れて見ていると、困り果てたルシウス様がこちらを見たので、ニッコリ笑ってやる。
「ノア、時間の計測始めて」
「承知しました」
「行ってきます!シオン、いい子にしててね!」
シオンが生まれたての頃に決めた『馬車が遅れる時間分、帰りの馬車の出発も遅らせる』ルールを、再度適用する。
「ぷあ〜〜〜〜!」
「お仕事に連れていける訳ないでしょう?諦めなさい」
「たしゃ〜〜!」
サリーが抱っこして引き止めていたシオンを受け取ると、首に縋りついてきた。
まあよく似た親子だこと。
あのお出掛けの日以来、シオンがルシウス様に後追いをし出したのだ。
今?!という驚きと、父親に??という疑問を周囲に抱かせつつ、朝の出勤時にそれはそれは悲痛な別れを繰り返している。
ま、ルシウス様が見えなくなってしばらく慰めてれば、すぐにニコニコに戻っちゃうんだけど。
初回は心底驚き、一体何事?と思って顔を覗き込んだら、紫の目を潤ませてこちらを見ていた。
あ、嘘泣きじゃないんだ……、と感心してしまった。
帰ってきたらそこから父親にベッタリだ。
そしてその父親は妻にベッタリなので、結局親子三人でベッタリしてる。
「シオンはお父様が、大好きなのねー」
ソファに座り、背中を叩きながら呟くとシオンは顔を上げてニコッと笑った。
「ぷあ!だちゅき〜」
……目撃した使用人が倒れ掛けてるぞ。
生物兵器か君は。
「お母様は?」
「たしゃ、しゅき〜」
「……そこで差を付けるのはどうかと思うのよシオン。お母様はシオンが大好きなんだからね!」
「きゃ〜〜!」
ギュッと抱き締めると喜んでる。
ルシウス様がいないことは忘れたな。よし。
親子でいちゃいちゃしていると、サリーがススっと近付いてきた。
「ミュリエル様。シオン様は、若旦那様に忖度してお母様への愛情表現を程々にしてらっしゃるのかと」
……忖度?!
この年でか!
驚いてシオンを見つめると、うふふと楽しそうにしてる。
……さすがにそんなことでどうこう言う父親ではない気が……あぁ、シオンのいないところで「ミューを好きなのは、僕が一番だから!」とか言ってたかも。
「……お父様の気持ちを慮れるなんて、シオンはいい子ね……」
「しょん、いーこ!いーこよ!」
あ、しまったうっかり言ってしまった。
最近何かと「いーこ」を主張してくるので、あまり使わないようにしてたのに。
……まあいいか。本当にいい子なら褒めよう。
「シオンはいい子で可愛くて天使な、お母様のシオンだわ!」
「ふきゃ!にゃは!たしゃ、しゅき〜」
ルシウス様が帰ってきたらあちらでベッタリなので、今のうちにいちゃついておこう。
補足です。
「ミューの好きそうな騒ぎを、害のないところから一部始終鑑賞する権利」は婚約破棄騒動のことで、ヴィンスの保障する範囲内はここまででした。
その後孫娘が突っ掛かって来たことにも双子は対して気にしてませんが、タドリさんとオーランド様は「余計なことした……」と凹んでるし、他の信奉者達にネチネチ言われてます。ドンマイ。




