屋敷の主達に挨拶をしよう
令嬢の言葉に、令息は顔を真っ赤にして怒り出した。
「不貞なんかじゃない!僕らは真実の愛なんだぞ?!お前との婚約とは訳が違うんだ!」
しかし令嬢も負けてはいない。
「わたくし達は政略結婚の予定でしてよ?いえ、でしたのよ。愛なんてありませんわ、妙なことを言わないでくださいな」
ツーンとそっぽを向く令嬢に、「なんだと?!」と掴みかかろうとする令息を周りの者が取り押さえる。
そこでようやく両家の親が我に返り、後は大混乱である。
混乱した群衆を高みの見物、なんだか懐かしい。
「真実の愛って、ミューの……学生時代の話にも、あったよね」
しっちゃかめっちゃかになり騒いでる広間を見つつ、旦那様がボソッと言った。
そのものズバリ!の言葉で言わなかったのは、私への配慮もちょっとはあるだろうが、自分が『元婚約者』って言いたくないのが大半だろう。
「ありましたねぇ。『真実の愛だから、浮気じゃない!』と言う主張」
「真実の愛って、なに?」
「ルシウス様、哲学ですか?」
「そうじゃなくて……ほら、例えば今僕もミューも変装してるでしょう?ウイッグで」
「はい」
「で、ウイッグは偽物の髪と言える訳で、この下の地毛が『真実の髪』とも言えるよね」
「そうですね」
「でもウイッグがなければ『真実の髪』とは言わない、ただの髪でしょう?じゃあ『真実の愛』を真実とさせるための『偽物の愛』はどれかな?って」
「……なるほど?」
首を傾げてしまう。
そう言われてみると、対比する物があって初めてそう呼べるのかもしれない。
「彼の言によると、彼女との婚約とは違うんだ!ということでしたね」
「でも、彼女はそもそも『愛なんてない』って言ってるし。別の人の愛と比べたのかな?」
「比べられる物でもなさそうですよね。ヴィンスと信奉者達みたいに『どれだけ貢いだか』で競うことも出来ないし」
「競ってるの?」
「いえいえ。ヴィンス様はどれほど金額を掛けようと平等に労ってくださいます。ただまあ、本当にお喜びになられる時はとてもわかりやすく反応されますので、その為に贈り物が増える傾向はございます」
「なるほど」
「ちなみに、これまでの贈り物で一番喜ばれたのは、当商会の『双子ベア』でございます」
「めちゃめちゃ意識してるし」
なんてことを話していると、広間の騒ぎが収束していった。
真実の愛を語っていた令息は親族らしき男性達に取り押さえられ、相手の少女も手荒ではないにせよ侍女らしき使用人に捕まえられている。
プラディール子爵と思われる男性が、サボハン子爵家へ頭を下げている姿に、令息がまた喚き出した。
「父上!なぜ頭を下げるのです、我々は平等だったはずです!」
何を言ってるんだ、というのが全員の一致した意見だろう。
「お前のせいで平等ではなくなったんだ!」とプラディール子爵が叫ぶことにも同意。
まだ「なぜです?!」とか言ってる彼は、もう駄目だな。
諦め顔で退出させる子爵に、サボハン子爵も少し溜飲を下げた様子。
最後にもう一度だけ深く頭を下げ、プラディール子爵家の一行は去っていった。
終幕を見届け、体の力を抜きルシウス様に凭れかかる。
「満足した?」
「はい!」
笑顔で見上げると、ルシウス様も嬉しそうに額に唇を落とした。
「タドリさん、どうもありがとう」
「お楽しみいただけまして、何よりでございます」
タドリさんも満足そうだ。
ノックが響き、タドリさん自ら開けると一人の紳士が立っていた。
「サボハン前子爵です。オーランド様、ヴィンス様の妹君とご夫君です」
「ようこそいらっしゃいました。お見苦しいものをお見せするのも恐縮ではありましたが、楽しんでいただけましたか?」
ご挨拶するからお膝から下ろしてね旦那様。
「お招きありがとうございます。来た甲斐がありましたわ」
「妻が満足してますので。感謝致します。この後は大変かと思いますが……」
後始末のことを案じたルシウス様の言葉に、オーランド様は快活に笑った。
「なに、あの子息を婿として受け入れるよりはよほど楽ですよ。有責は向こうですし、孫に瑕疵はない。もっと良い相手を見つけることでしょう」
気にしてないわー。豪快。
そう思ってると、いたずらっぽく笑い掛けられた。
「時に、ヴィンス様より妹様は苺がお好きだとお聞きしております。当家の特産でもありまして、広間にご用意してるのです。よろしければ、味見をされて行きませんか?」
「家の息子のお土産にしても?」
「ミュー!」
ルシウス様が慌てるけど、オーランド様は気前良く頷いてくれた。
やっぱり、泣かしたまま家を出てきたからには賄賂を用意しないと!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
タドリさんとオーランド様の案内の元、広間へ移動した。もちろん当家の使用人達も引き連れて。
騎士は広間前待機、ムラトとノアとナンシーのみ帯同する。
レンはサボハン家の使用人の顔をして控えるらしい。
「お二人はタドリさんのお客様でお忍びの高位貴族、として紹介させていただきます。お名前も明かしません」
「まんま今の状況ですね」
「公爵家の方と分かってはまた騒然としますから。当家も本来であればお呼びできる家格ではございません」
オーランド様、タドリさんの順で歩き、私達はタドリさんの後ろに控える。
前子爵の登場とあって少し注目を集めるが、物珍しい以外の反応はなさそうだ。
「変装ってすごいね、視線が感じられないよ」
常日頃、人々の視線に晒されまくってる旦那様が感心したように言うので、釘を刺しておく。
「変装してお忍びで街へ行く、とか考えないでくださいね」
ルシウス様は少し不満そうにした。
「行かないよ。僕一人じゃ本当に街を歩くだけじゃないか。買い物ひとつ出来ないし」
それもそうか。
「それに、行くならミューと行く方がいい」
「結局そこですか」
安心安全な旦那様には、冒険心と言う物もないらしい。良かったわー。
なんて言ってると、サボハン子爵の前に着いた。
「サボハン子爵、こんばんは。お客様をお出迎えしていたために遅れました。申し訳ない」
ばっちり盗み見していたことはおくびにも出さず、タドリさんが挨拶する。
「あぁ、タドリ殿。今いらっしゃったのですか?」
「そうなんです。この状況だと、もう披露は終えられたのですか?」
タドリさんと背後の私達が醜聞を目撃していなかったことに、子爵は安堵したらしい。
ごめんなさいねー、全部見てました!言いふらさないよ!
「いや、それが少々問題が起きまして……婚約は急遽取り止めになったのです」
言いづらそうな子爵へ、タドリさんは大げさに驚いてみせた。
「おや、そんなことが?それはお気の毒です。お嬢様もさぞかし気落ちされたのでは?」
「娘は気丈ですし、貴族の心構えもありますから。そう言った訳で、今日のパーティーは早々にお開きにしようかと」
「なるほど、承知しました。しかしせっかくお客様をお連れしましたので、御家の特産品をお召し上がりいただいても?」
ここでタドリさんは私達を少しだけ子爵に見せる。
私達は微笑んで挨拶代わりにした。
「こちら、私のお客様です。さる高位な一族の、嫡男夫妻でいらっしゃいます。本日はお忍びでして」
声を潜めてタドリさんが子爵に囁くと、子爵は目を見開いた。
「なんと……申し訳ございません、碌なおもてなしもできず」
恐縮する子爵へ、我々はまた微笑みかけた。
「お忍びですから。特に奥様が苺を好まれますので、出来ましたらお持ち帰りもと」
「もちろんです!手配致します。会場には出してないのですが、苺のワインもご用意できますので」
苺のワイン!
ピクと反応してしまったが、腰に回ったルシウス様の手に力が篭った。
「妻は妊娠中ですので」
冷ややかな声に全員ちょっと沈む。
「……ご出産された暁には、祝としてお贈りしましょう。私が手配しても?子爵」
「ぜひ!」
よし、出産頑張ろう!
私の気合が伝わったのか、ルシウス様の空気が少し緩む。
「あちらのスペースでご賞味ください。ご案内致します」
子爵が張り切って案内しようとするが、オーランド様が待ったを掛けた。
「お前はやるべきことがあるだろう?私がご案内する。家令に指示をしなさい」
「……わかりました。皆様、どうぞごゆっくり」
渋々父親に案内を託し、指示へと向かう。
「妹様は、お酒を嗜まれるのですか?」
道すがらオーランド様に聞かれる。
「大好きです!子育て中なので控えてますけど」
「そうなのですか。ヴィンス様はあまりお飲みになられないので、少し意外です」
タドリさんがそう言うのには理由がある。
「兄は酒癖が悪いんです」
「そうなの?」
「どんなお酒でも、三杯以上は禁止されてるので。本人は好きなのでもっと飲みたくなってしまうんですよ。なので最初から飲まない」
「そんなに酒癖が悪いの?」
「ヴィンスとの組み合わせが悪過ぎですね」
「……なに?」
「脱ぎ癖。」
「「「……それは……」」」
三人が絶句する。ですよねー。
「正確には暑がりになる、ですが。ほろ酔いで少し顔が上気してて、目がトロンとしてるヴィンスがおもむろに脱ぎだす訳です。初めて披露した時には大乱闘になりました。脱ぎ切った本人は楽しそうにしてましたが。翌日以降、伯爵命令で禁止です」
「そうしてほしい。世界の平和のために」
「これは、我々もお止めするべきですね」
「内密に広めよう」
「?別に内密にしなくても、隠してませんよ?」
不思議に思って聞くと、タドリさんもオーランド様も神妙な顔になった。
「妹様、中には不埒な考えを持つ者もいるのです。わざと飲ませようとする輩が必ずいます」
「……なるほど」
納得した。まあ、そうなったらハリーによる制裁待ったなしだけど。
「ミューは酒癖ないよね」
「ないですね」
「脱ぎ癖なんてあった日には、完全禁酒にするから」
「なんて殺生な!」
そんなことを話していると、指定されたスペースに着く。
簡単だがソファとテーブルがあり、寛げる場所だ。
使用人が運んできたデザートをオーランド様の解説付きで堪能する。
どれをシオンに食べさせようか味見と共に相談していると、オーランド様が「フェデリカ」と声を掛けた。
あぁ、お孫さんか。お疲れ様!
「お祖父様、こちらにいらしたのね。会場を見渡したのにどこにも見当たらないから……」
令嬢が近寄る気配がしたが、言葉の途中で止まった。
うん?
不穏な気配を感じて顔を上げると、真っ赤な髪の令嬢が真っ赤な顔をして震えている。
目線の先はーー嫌そうな顔をした、私の旦那様だ。
「結婚してください!」
一直線に求婚してきたよ。
テンプレートが飛び火した。
求婚相手をタドリさんにしようか迷いましたが、オリビア様の稀少性が薄れるのでやめました。




