高みの見物をしよう
変装夫婦を乗せた馬車は、王都の端の方へ。
そこそこ大きめな屋敷、その裏口へ着きルシウス様の手を借りて降りると、柔和そうなオジサマが出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。私は偉大なるヴィンス様の僕、タドリ・エルディネと申します」
うん、しもべって言ってるわ。
「……ご苦労様。今日はよろしく」
警戒心混じりのルシウス様が答えると、タドリさんは大変嬉しそうに笑った。
「ヴィンス様の妹君とご夫君にお目見えできる事を、大変喜ばしく思います。拙い身の上でございますが、誠心誠意仕えさせていただきますので、何卒よろしくお願いいたします」
「ありがとう。タドリさんは、商人の方?」
「その通りです。ご存知でしたか?」
目を丸くされるが、タスクの胡散臭いバージョンと同じだった。
ね、と目で伝えると、ルシウス様も少し気を緩めた。
「本日はこのような裏口からお迎えしますことをお許しください。屋敷の者にもほとんど知らせておりませんので」
先導するタドリさんに従い、廊下を進む。
人通りがまったくないのは、ここが屋敷でも裏方の使う道だからだろう。
「ここは貴方の家なのか?」
「滅相もない。ヴィンス様よりお知らせされてらっしゃるかと思いますが、サボハン子爵のお屋敷でございます」
「タドリさんは、どういう繋がり?」
「三年前に引退された前子爵が、私と同志でございまして」
「同志……」
ヴィンスの下僕仲間か。
「ですので、本日の騒ぎとご鑑賞されるお二人については、サボハン前子爵と私のみが知るところでございます。ご不便をお掛けしますが、ご容赦いただけますれば」
「平気よ。こちらが押し掛けた身ですもの」
すると、タドリさんは少し立ち止まって振り返り、嬉しそうにした。
「やはりヴィンス様のお身内であらせられる。ご慈愛に満ちたお言葉、ありがたく承ります」
「……その話し方、疲れない?崩してもいいわよ」
「私はこれが平常でございまして」
タスクほどの二面性はないのね。
しばらく進み階段を上がると、小さな部屋へと通された。
「手狭ではありますが、こちらが騒ぎを一望出来る部屋でございます。この窓が下の広間を見下ろす位置にございまして」
屋敷内に向けて作られる窓と言うのは珍しいが、貴人の盗み見用とでも言うのか?
こっそり覗くには最適だ。
少し見下ろしてみると、広間には人が集まりつつあるようだがまだ始まってないらしい。
「開始時には合図が来ます。それまでしばし、こちらでお寛ぎください」
示されたソファに二人で座ると、対面にタドリさんが座る。ささっとお茶も出された。
部屋内にノアとナンシーとレン、扉脇にムラトが控える。
「……人口密度が高いわね」
「これが最低限だよ、ミュー」
「はぁい」
今回は(今回も?)完全に私のワガママなので、多少狭いくらいは仕方ない。
タドリさんは我々をニコニコ見ている。
「……タドリさんは、トラキオンの商人なの?」
なんとはなしに話を向けると、ニコニコのまま答えてくれた。
「はい。私は小物雑貨などを取り扱う商人でございます。いい年した中年なのですが、昔から小さな物や可愛い物に惹かれる性分でございまして。仕入れの際にもそのような品に心惹かれ、同業者からは『似合わない』と」
タドリさんの話に、私達はそれぞれ不満を述べる。
「似合うとか似合わないとか、関係ないじゃないか。それを言ったら、騎士なんて全員ケーキを食べられないよ」
「商人に必要なのは、いい品を見極める目と的確な値段を付ける目です。面構えは不要ですね」
タドリさんは目を丸くした。
「……同じお言葉を、ヴィンス様より賜りました。似合う奴が売ってる商品がいい物とは限らないだろう?と。それまで被っていたマントを取り払われ、『俺の容貌に似合う品はなんだ?判断してみろ、身代と引き換えに売ってやる』と微笑まれたので、その場にいた全員がひれ伏しました」
「……さすが」
「いつものことです」
「そのまま動けないでいると、私の近くまで歩み寄られ、『タドリ、お前の扱う商品は派手ではないが味がある。俺の妹が喜びそうだ、何か贈り物を見繕ってくれ』とお命じになりました。私が恐る恐るひとつのぬいぐるみを差し出しますと、とても嬉しそうに微笑まれ、『いい目だ』とお褒めの言葉をいただきました。生涯最高の喜びです」
「ぬいぐるみ?」
「はい。同じぬいぐるみで他の仕様はないのかとお尋ねになられましたが、そのぬいぐるみはペアセットのものでして。そちらもお見せしますと、お顔が赤くなられました。『双子ベアです』とお伝えしたところ、『いい目過ぎる……』と項垂れていらっしゃいましたね」
可笑しそうに言われて、実家に置いてある熊のぬいぐるみを思い出した。
「そう、あの子達はタドリさんが選んでくれたのね。どうもありがとう」
確かに良い目を持っている。
「ミュー、覚えてるの?」
「実家にありますよ。ルシウス様も見たと思いますけど。窓辺に2体いませんでした?」
夫は少し思い起こし、「いたかも」と呟いた。
「ヴィンスが珍しく赤い顔で突き付けて来たんです。『双子ベアだ、可愛いだろう?ミュー、こういうの好きだろう?!こちらは俺のだが俺の部屋は魔窟なので、両方ともミューの部屋で保護してくれ!』って。あまりの剣幕に頷いてしまいました。ヴィンスもたまに部屋に訪れて、愛でていくんです」
私達は双子だから与えられる物はお揃いが多かったけど、自分達でお揃いを選ぶようなことはあまりない。
それがわかっているから、ヴィンスは照れ臭くてあんなに早口で突き付けたんだろう。
ふふ、と笑っていると、ルシウス様が思い詰めた顔をしてタドリさんに話を持ち掛ける。
「……タドリ殿。私も妻と息子と次の子どもに贈り物をしたいんだ、協力してくれるか?」
「もちろんですとも。お声掛けいただきありがとうございます。微力ながらお手伝いさせていただきます」
またか。
ジト目に気付くと、慌てたように約束を並べる。
「買う前にミューの許可を得る、プレゼンは一日一商品」
「三人分合わせて一日一商品ですよ?」
「……」
「ルシウス様、私に一日何回商品の話を聞かせるおつもりなの?」
「……一個でいい」
「はい」
夫婦の共通認識が成立したところで、扉がノックされる。
誰かが来た訳ではなく、合図のようだ。
「では旦那様、奥様。窓辺の椅子へどうぞ。広間の声はよく聞こえますので、こちらにオペラグラスをご用意しております」
さすがに用意周到だ。商人はこうでなくっちゃ!
◇◇◇◇◇◇◇
広間では、婚約発表のために当主が客へ乾杯の呼び掛けをしている。
あの方がお屋敷の主人、サボハン子爵。
隣は奥様と、本日の主役であるご令嬢。
この家の一人娘で、婿を取るのだとタドリさんが教えてくれた。
鮮やかな赤い髪、気の強そうな顔立ちの美人だ。
その彼女と婚約を結ぶのは、トラキオンの子爵家の次男。
元々サボハン家はトラキオンから移住してきた家系で、かの国にもツテは多い。
その中のひとつ、プラディール家と縁を結ぶことにしたそうだ。
家の財政状況は悪くなく、評判も悪くない。
ただひとつの懸念が、あの次男なんだとか。
これら全て、タドリさんの解説である。
「懸念?」
ルシウス様が怪訝そうに聞くが、タドリさんの笑顔は変わらない。
「特に成績が悪い訳でもない。横暴な訳でもない。ただひとつ、心配な点があるとすればそれは」
「「それは?」」
二人して声を揃えてしまった。
タドリさんが広間に手を向けるので、釣られて下を見下ろす。
「夢見がち、と言うところです」
「フェデリカ!僕はお前とは婚約しない、ここにいるステラとの間に真実の愛を見付けたのだから!」
うわぁ、言った!!
「ミュー、落ち着いて。窓から落ちるよ?」
旦那様が隣の席から手を伸ばし、私を抑える。
それでも跳ねそうな私を見てハーッとため息をつき、ひょいと膝に移動させてしまった。
「いつもの体勢ですか?」
「これが一番確実でしょう?」
「確かに」
「本当に仲がよろしいですね」
タドリさんが動じずにニコニコしてるから、こちらも動じず野次馬を続けよう。
呆気にとられる親達を顧みず、婚約者ーーになれなかった二人は話を進める。
真実の愛の相手は学園の同級生、爵位はなし。
「同業者の娘さんですね」とタドリさんが言うからには、商会の娘なのかな。
婿入りの話を蹴ってまで真実の愛!を貫くのかと思ったけど、そちらも婿入りの可能性あるな。
だからと言って親の面子を潰しまくるのはいただけないが。
そう推測していると、タドリさんが首を振った。
「サボハン家とプラディール家の政略結婚です。それを一商会の娘が横恋慕して潰したとあっては、商会の評判に差し障ります。あの娘は、罰だと分かるような縁組をさせられるか、修道院などで幽閉されるでしょう。そうでなければ商会は両家に楯突いたと見做されます」
「まあそうだよね」
ルシウス様も頷いた。私も同感だ。
これだけの客を招待して開かれた貴族主催の婚約披露パーティーを、一瞬にして台無しにしたのだ。
令息に寄り添って小動物のような怯え方をしてるけど、たぶんそこが一番の地雷原よ?
「若いって怖いですね、ルシウス様」
「僕らも若いよね??」
見上げて言うと、心外そうな顔をされた。
まあそうだけど、あんな暴走する若さはないです。
滔々と二人の愛の素晴らしさを語り、政略結婚がいかに虚しいかを力説している令息。
確かに夢見がちだー。
思うに、広間にいる皆様は政略結婚をされている方がほとんどよ?
と言うより、青褪めてる君の親がそうなんじゃないかな。
「政略結婚も悪くないのにね」
「そうだね」
ここにもいるしね。
そしてついに、令嬢が我慢ならなくなったらしい。
「真実の愛だって貴方は仰いますけど。婚約の話を進めている間に愛を育んだなら立派な契約違反であり、どんな愛であろうと傍から見たらただの不貞でしてよ?」
おぉ、よく言った!




