侍女と義兄の今後について考えよう
サリーの爆弾告白から一週間。
ようやく内情把握が終わり、アイゼンバーグ・グリフィス両家のこれからの動向や方針を決め終わった後に、その手紙は届いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「すでにグリフィス家には報告してます。叱責・説教・諸注意等、諸々完了しております」
大変しれっと報告してきたので慌てて父母を呼び直し、ついでに主たる使用人も一緒に聞かせる。
全員唖然とした。
問題の一夜は、衣装合わせの日。
妊娠の発覚は、生誕祭の終わった後。
まあ、二人が接触した日にち自体少ないからね……。
シオンの相手をしているうちに子育てしたい意欲が二人して高まった、などと言っていたが、ミューは眉を顰めてた。
耳を寄せると、「……うちの子に時期を合わせたくなったんだと思います」と囁いて教えてくれた。
なるほど、確かにミューの妊娠に気付いたのがあの時だった。
その日に二人が揃ったことが、このタイミングになったんだろう。
「……ヴィンスくんは、どうした?」
「一緒に説教を受けました。私が正座出来ませんのでヴィンス様が正座してくださいました」
「何それ見たかった!」
そういうことを聞いてるんじゃない、と父が言おうとしたが、ミューの声にかき消された。
「申し訳ありませんミュリエル様。夜の使用人報告会にて打ち明けたためそのまま説教タイムとなり、ミュリエル様もお呼びするか一応検討したのですが、『今の時間に夫婦の部屋を訪れるのは気不味いんじゃね?』とヴィンス様が仰ったために、誰も訪問出来なくなりました」
「デリカシーがなさ過ぎる!」
思わず僕が叫んでしまった。顔も赤くなる。
義実家でそんな配慮されたくないよ!
ミューがポンポンと背中を叩き、シオンが「ぷあ?」と見上げてきた。大きな声出してごめんね。
「直後、伯爵様より投げられた銀盆が顔面を直撃しております。奥様が『デリカシーがないと、いつもいつもいつも言ってるわよねヴィンス。人の親になるなら抑えなさい』と貴族スマイルを浮かべて仰いましたので、ハリーが意を汲んで正座した腿の上に辞典を五冊置いてます」
サリーが頭を下げて報告する。
グリフィス家のお仕置きが思いの外厳しかったので、一気に冷静になった。
「コホン。サリー、我々が聞きたいのはヴィンスくんの動向だ。今現在、留学としているのだろう?即刻帰国するのかね?」
再度父が尋ねると、サリーは首を振った。
「今すぐ帰国されましても出来ることは少ないので、半年を目処に切り上げてきます。その後届けを出して、出産の後で式を挙げる予定です」
「式の準備を始めていたのではなくて?」
「元々一年後の予定でしたので、そちらは大差ないです。届けを式の前に出すか後に出すかの違いかと」
「まぁ……そう言えばそうね。それで、サリーはミューのじ「侍女は続けます」」
サリーが母上の言葉を遮って答えた。
「……失礼しました奥様。ですが、私の主はミュリエル様です。このことはヴィンス様にもグリフィス伯爵夫妻にもお認めいただいております。ですので、どうかこのまま主に仕えますことをお許しください」
深々と頭を下げるサリーに母上は苦笑した。
「そんなに思い詰めた顔をしなくても良いわサリー。もちろん、あなたとミューの望む限り仕えてちょうだいな。あなたがいないと、ミューも困るでしょう?」
母がミューを見ると、皆もミューに注目した。
ミューは目を瞬かせた後、ニコリと笑む。
「もちろんですわお義母様。サリーは私の親友なので、いてくれないと困ります」
「ミュリエル様……!」
サリーが感激した様子で声を上げた。
しばらく見詰めていると、ミューが頬を撫でてくれる。
「ルシウス様は夫なので、もちろん傍にいますものね?」
「……いないと困る?」
「いなくなる予定が?」
「ない!」
「じゃあ困りません」
僕はいなくならない前提だった。まぁそうだな。
頭を寄せると、父上がまた咳払いをした。
「まあ、今後どうするかはグリフィス伯爵とも相談だな。なにせヴィンスくんは嫡男で、生まれてくる子どもは跡継ぎなのだから。あとは、ミューの世話をどうするか。サリーは侍女を続けると言うが、妊娠中はさすがにこれまで通りの動きのままとは行かないだろう?」
それはそうだろう。
ミューに付けている使用人はサリーの他にもいるので、身の回りの世話はフォロー出来ると思う。
ただ、サリーは護衛も兼ねているのでその分をどうするかーーおや?
思い至ったところで、サリーが提案した。
「公爵様。そのことで一点、グリフィス伯爵家よりご相談がございます。私の動きの後釜として育成中の侍女を一人、こちらのお屋敷に派遣してもよろしいでしょうか?侍女としての振舞いはこれから仕込みますので、名目は侍女見習いとなります。ですが、荒事に関しての教育はひとまず基本を完了したとのことです」
例の生徒は、だいぶ頑張ったらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
サリーの後釜として、侍女見習いの派遣を受け入れることになった。
以前はレノア・ツウィフト男爵令嬢だった彼女は、家が取り潰しとなり離籍もして平民になったらしい。
その後グリフィス領の騎士の家系の養子となり、その家の者から手解きを受けつつマシュルトからも教育を受けたそうで……大変だったんだなぁ。
改名し、名前が『レン』となった彼女は、侍女見習いとして僕らに頭を下げた。
「ミュリエル様、若旦那様、シオン様。レンと申します。未熟者ではございますが、誠意をもって仕えさせていただきます。よろしくお願いいたします」
……本当にあの生徒か?と疑いたくなるくらい、僕を見る目が平淡過ぎる。
それはサリーの目と同じ視線だ。
主であるミューの伴侶を見る目。
「……彼女も、例の教育を受けたのかな?」
「例の教育?」
「あの、グリフィス伯爵家に害為す者を、一人残らず駆除するって言う……」
「あぁ、あれですか。受けたんじゃないですか?マシュルトが仕込んだなら、当然そちらも教えますよ」
「そうか……」
当然、と言われてこちらは言葉が出なくなった。
「ミュリエル様、若旦那様。レンの実力を測りたいので、騎士団の訓練に参加させても良いでしょうか?」
サリーの提案に、僕は「え?」と声を上げミューは「良いわよ。私も見たいわ」と言った。
サリーはそれを聞いて頷き、ナンシーに目配せをする。たぶん騎士団に連絡を取りに行ったのだ。
楽しみね、と笑い合う主と侍女に待ったを掛ける。
「二人とも妊婦でしょう?騎士団の訓練は、鍛錬場で行うんだよ?見学するなら、それなりの準備が必要!」
それを聞いたサリーは次にランに合図を送り、観客席を準備させに行った。
「シオンも見たら喜びますよね?このまま連れて行きます?」
「……騎士達、張り切っちゃうよ」
結果、レンはサリーほどとは行かないまでも、現役の騎士相手になかなか立ち回ってみせた。
相手をしたのは新人から若手の騎士だが、その彼ら相手にあそこまで対処できるなら、武道要素のない一般人程度ならいなせるだろう。
ちなみに、僕らの背後で警護として付いていたムラトの顔は険しかった。
レンの相手をした騎士達は、たぶんこの後普段より厳しい鍛錬が課せられる。
お気の毒。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヴィンス殿から届いた手紙を受け取り、ミューは封を開けた。
人の手紙を見るのは良くないので、膝枕をしてもらってミューの顔を見詰めていたのだけど、段々顔が険しくなっていく。
「どうしたの?何か嫌なことが書いてある?」
「嫌なことは書いてないです。珍しく」
珍しいのか。
「でも、顔が険しいよミュー。それも可愛いけど」
「ものすごく自然に口説くなールシウス」
「……声真似上手いね」
「元々似てはいますけどね。男女の違いは出ますから、如何にヴィンスの雰囲気を出すかです。あっちも上手いですよ」
「雰囲気出てた。それで、手紙はどうしたの?」
「……驚かせたことと黙ってたことの償いなので、嫌なことは書いてないです。でも悩みます」
「悩む?何を?」
「ヴィンスの思惑に乗るかどうか、です」
ミューは、それはそれは難しい選択を迫られてる顔でそう告げた。
「思惑?」
「ルシウス様、起きて」
聞き返した言葉には反応されず、起きてと言われたので起きる。
「こっち」
ポンポン、と後ろを叩かれたのでミューの背後に回ると、膝の上に自ら乗ってきた。
いつもの姿勢になったのでお腹に手を回すと、その隙間にヴィンス殿の手紙が差し込まれる。
「読んで」
そう言うと、ミューは僕に凭れ掛かって目を閉じた。
眠る訳じゃないだろうけど、リラックスしているみたいなので邪魔をしないようにそっと読む。
少し角張っているけど読みやすい字で、ミューの言うとおり驚かせたことと黙っていたことの謝罪が書かれている。
あと正座は辛かったこと、痺れが治るまでのたうち回る姿をハリーが見守ってたことも。
それは余計なことかな……と読み進めると、その償いの提案が書いてあった。
「…………ミューの好きそうな騒ぎを、害のないところから一部始終鑑賞する権利……?」
「悩むでしょう?」
目を開いて見上げる妻に、とりあえずキスを落としてから再度手紙を読む。
「……こんなこと可能なの?」
「ヴィンスは出来ないことは言い出しませんよ」
「ミューの好きそうな騒ぎって……」
「まあ何と言うか、お約束?的な?」
珍しく歯切れが悪そうに言ってるけど、なんとなく分かる気がする。
「悩んでるんだ?」
「……ヴィンスが保障するからには、絶対面白い騒ぎなんですよ……!害がないところ、と言うのもある程度信頼は置けます。今の状態じゃなければ悩みはしないんですが」
今の、と言うところでお腹を撫でた。
うんまあ、あまり冒険出来る状態じゃないけどね。
「でも、見逃したら後悔しそうなんだよね?」
指摘すると目が潤んだ。
一度泣いた後から、ミューは僕の前で涙腺が弱くなってるみたいで大層可愛い。
もう一度キスして、頬擦りする。
「我慢のし過ぎは良くないよ、奥さん」
「…………この子の為なら、我慢くらい……!」
「力み過ぎだって」
握りこぶしが震えてるじゃないか。
「ヴィンス殿に詳細を確認して、僕らも万全の態勢で行こう?シオンとサリーは悪いけどお留守番ね」
「……いいの?」
意外、と言う顔で見られたので、心外、と目で訴えてから笑った。
「ヴィンス殿のお膳立てにミューが乗りたいんだもの、協力するのが夫の務めだよ」
するとミューが嬉しそうに笑った。
「ルゥ、大好き」
「うん、僕も好き」
大変可愛らしいミューに抱き着かれ、ご満悦である。
さて。ヴィンス殿の選んだ「ミューの好きそうな騒ぎ」を、楽しく見る手立てを検討しよう。




