『初恋の君』の方が婚約者よりも大事?
「あーしくった。これもミューに迷惑掛けたうちに入るかなぁ?」
フードを目深に被ったヴィンス様がぼやく。
迷惑を掛けたかどうかのカウントはご本人によるものなので、俺は肩を竦めるだけだ。
「危害を加えるよりはいいだろうけど、今度はルシウスの気分を害したってことだ。ミューとシオンに掛かれば機嫌は直るだろうが、俺から何かしたいよなぁ」
ミュリエル様ではなく若旦那様を慮る発言に、思わず目を瞠った。
ヴィンス様が気を許す相手など、グリフィス領以外の方では数人しかおられない。
ミュリエル様の夫君としてだけではなく、純粋に若旦那様を慕っておられるようだ。
居た堪れなくて目を逸らした先に、明らかに貴族の一行と見える集団を発見した。
「ヴィンス様。見付けました」
「お、意外と早かったな。これなら、シオンが起きる前に戻れそうだ」
声を弾ませた主がさらにフードを深くする。
それを合図として、グリフィス騎士団の精鋭が集団を囲み出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ミュリエル様から命を受け、主はシーレント伯爵令息の初恋を終わりにさせようとしている。
相手がヴィンス様ご自身に惚れているならば瞬殺だが、今回は間違えてミュリエル様を対象としているので、少し話さなければならない。
舞台での余興も予定されているし、さてどうしようか?と計画を検討していたところ、伯爵様より余興の時間の変更が発表された。
理由は、シオン坊っちゃまがお昼寝されてるため。
前代未聞の理由だろうが、この祭りはそもそも『シオン様生誕祭』なので、シオン様が舞台へ上がられないと話が始まらない。
赤ん坊だから寝たままお連れすることも可能だが、伯爵様や父が30分見詰め続けても飽きなかったとされる、天使の寝顔だ。
舞台に上がられたら、領民は騒ぐこと間違い無しである。
「皆が騒いだら、お昼寝から覚めてしまう。可哀想なので一時間遅らせる」と伯爵様が広場で告げると、誰もが頷いて同意していた。
なんなら祭りの喧騒も騒がしいか……?と賑わいが鳴りを潜めたが、シオン様がお休みされているスペースは防音完備であることを周知し、これまで通りにするよう伝えた。
赤ん坊一人に領全体が振り回されていることになるが、誰も文句はない。もちろん俺も。
かくして、運良く時間が空いたのでこの間にケリを付けるぞ!とヴィンス様が仰り、ミュリエル様方の警護はアイゼンバーグ騎士団とサリーに託して、件の貴族を探し出した。
人混みではあるが、貴族が二人連れ立っているのなら護衛や付き人は当然いる。
領民が犇めく中でも、一行の当たりを付けるのは簡単だった。
彼らが比較的人気のないところへ踏み入れた時を見計らって、周囲を取り囲む。
一行は驚きと警戒の表情で辺りを見回した。
突然騎士が取り囲んだ風景を目撃した領民も驚いたようだが、騎士団の顔触れと中にいる俺を見た途端「あぁ若様のお戯れか」と納得して離れていった。
なんなら周りの人間にも「あそこは若様が何かやるみたいだから、近寄らない方がいい」と広めている。
自領はやりやすい。
「シーレント伯爵令息、トモニー子爵令嬢。驚かせてしまったことを、深くお詫び申し上げます」
円の中心に佇む男女に対し、俺は頭を下げた。
騎士達とは異なる身なりと振る舞いに、側仕えと判断したらしく、あちらの侍従達が背後に控えた。
「……貴方は?」
男性の方が問い掛けてくる。
訂正がないので、本人達ではあるらしい。
「グリフィス家に仕える者です。我が主が、お二人と改めてお話をしたいとのことですので、少々お時間をいただきたく参上しました」
そう言って、俺は一歩横にずれる。
背後にいたヴィンス様が、フードを被ったまま前に進んだ。
顔は隠れて大半が見えないが、鼻から下とフードから溢れた黒髪を二人に見せる。
「……っ!ミュリエル様……!」
男ーーシーレント卿が名を呼んだ。
本人ではないと分かっていても、イラッとする。
それは俺だけでなく、ヴィンス様もトモニー嬢も同じ気持ちのようだった。
ヴィンス様は、いつもミュリエル様の扮装をする時に維持する声の高さで話し掛ける。
「シーレント卿。私が貴方の初恋の人と言うのは、本当ですか?」
優しく聞かれ、シーレント卿はますます舞い上がる。
「それはもちろん!私は留学中、何度もあの日のことを思い返しました!貴女の優しさと笑顔を忘れることはありませんでした!」
彼の言葉を聞き、トモニー嬢は眉を顰める。
ミュリエル様であれば、ここは笑顔を貼り付けたまま隣の男をどうブチのめそうか思索していることだろう。
「本当に?私の色をしておりました?」
「……はい、黒髪に青い目は間違えようがありません」
「左目は?」
「え?」
「左目も、青かったでしょうか?」
「え……?」
ヴィンス様の問いに、シーレント卿は少し考え込む。
「……いえ、私は貴女の右側にずっといたので、時折笑顔を向けられる以外は、右目ばかり見ていました。ですが、右も左も変わりないのでは?」
顔を上げて不思議そうに尋ねている。
ミュリエル様の振りをしている時、主はなるべく左目を見せないように振る舞う。
グリフィス領民なら『ミュリエル様の振りをしているヴィンス様』と暗黙の了解をしているが、主を知らない人間にあえて教えるメリットはないのだ。
シーレント卿に昔会った時も、同じように振る舞ったのだろう。
話の流れを察し、急な動きでも制することの出来るよう、騎士団に緊張が生まれる。
「左目は、緑色ではなかったでしょうか?」
そう言って、ヴィンス様はフードを下ろした。
黒髪、左目は緑色で右目は青色のオッドアイ、美麗な笑顔で二人を悩殺する。
二人だけでなく、居合わせた侍従や騎士達も全員呆然とした。
グリフィスの騎士達は、自分らが魅了されないよう目を伏せている。
騎士の囲いの外にいた領民達は、ヴィンス様の本気の笑顔に手を合わせて拝んでいた。
俺?俺はそのまま警戒態勢だ。主の笑顔に見惚れたことはない。
「いかがです?シーレント卿。私はミュリエルの双子の兄妹、ヴィンスです。貴方の初恋の相手は私?それともミュリエル?」
笑顔のまま畳み掛けるヴィンス様に、シーレント卿はフラフラと跪いた。
「あ、あなたです……!私の初恋の人、私の運命、ヴィンス様……!」
あっさりと初恋の人を変えてしまったシーレント卿に、それでもヴィンス様は満足げに頷いた。
これで、ミュリエル様や若旦那様へ害を及ぼすような恐れはなくなったからだ。
そして、初恋だろうが何だろうが、主に惚れた人間を思い通りすることは容易い。
「そう。では、運命に逢えて幸運でしたね?その幸運を胸に、婚約者様と末永くお幸せに」
ヴィンス様が与える、一度きりの慈悲。
ここで引き下がることが出来たなら、その後の地獄を見ずに済むだろう。
だが、極上の美形を前にして引き下がれるような者には、未だかつて出会えた試しがない。
ましてや、ミュリエル様が一度は不快な思いを持たれたのだ。
主が通常よりも笑みを深め、相手を絡め取ろうとしている姿勢は明白である。
「待ってくださいヴィンス様!私、私を貴女のお側に置いてください!なんでも致します!」
案の定、シーレント卿は恥も外聞もなく叫んだ。
跪いたままヴィンス様にしがみつきそうだったので、距離を取らせる。
彼の叫びに他の者は目を覚ましたらしく、信じられない者を見る目つきになった。
グリフィスの者たちには珍しくない光景なので、全員「またか」と言う顔になる。
ヴィンス様はより楽しそうに笑った。
「側に置く、とは?」
「あ、あなたの婿に、伴侶にしていただきたいのです!その為であれば何も惜しみません!」
「ジョナス様!」
侍従と思しき人物が叱責した。
トモニー嬢は青褪めて唇を震わせている。
婚約者が目の前で別の者にプロポーズしている姿を見たら、当然だと思う。
が、これもグリフィスでは珍しくない光景なので、一様に「お気の毒」としか見てない。
あまり遊ばれませんように。
その意を込めて視線を向けると、主は大笑いした。
「そうは言われてもなぁ、シーレント卿。俺は男なので、婿や同性の伴侶は要らないのだよ」
そう言って、マントを取り払う。
服装は婚約者であるサリーと合わせて作った、紛うことなき男性物だ。
「「……え?」」
今度は全員、ポカーンとなってしまった。
主はこの瞬間を好んでいるので、必要以上に艶っぽく振舞う傾向がある。
困った方だ、と内心嘆息した。
「なんなら脱いで見せてもいいけどな!それはそれで貞操の危機になりかねないので、やめておく。俺は既婚者ではないが、すでに婚約している身で式の日取りも決まっているのだ。シーレント卿を側に置くことは出来かねる」
だから安心していいぞ、とトモニー嬢へ向けて爽やかに笑った。
今度はトモニー嬢が赤面する。やめろ。
「俺の妹夫婦に妙なことを言ったと聞いたから、少々揶揄ってやった。だが、貴殿らの仲に罅を入れたい訳でもないのだ。シーレント卿、貴殿があの日恋をした黒髪の令嬢は、俺が妹の扮装をした偽物だ。初恋自体は嘘ではないが、相手はどこにもいない幻だったのだよ」
呆然としているシーレント卿に近寄り、耳元で囁いた。
「ジョナス・シーレント。夢の中の『初恋の君』と、現実に隣にいる婚約者殿。どちらが貴殿の人生にとって大事か、よく考えるといい」
彼の間近でオッドアイを見せつけてニコリと笑うと、ヴィンス様はさっさと身を翻した。
「まあ、婚約者の前で他の者に求婚したのは醜聞であり婚約破棄案件ではあるがな。ここグリフィスで相手が俺なら、醜聞にはならないぞ。貴殿以外にもたくさんいるからな!あそこに立ってる果物屋の息子とか」
若様余計なこと言うんじゃねえ!!と怒号が飛ぶが、これまたグリフィス領民には日常のことだ。
「婚約破棄案件と言うならば、先程当の婚約者殿も俺に見惚れてしまっている。避けようのない災害だった、とでもして流してしまっても良いんじゃないか?もちろん、シーレント卿の方が過失はデカイので、何かしらの賠償はしておけ」
立ち位置に戻ったヴィンス様にマントを掛け、撤収の合図を送る。
ヨロヨロと立ち上がるシーレント卿を見据え、ヴィンス様は貴族の笑みを浮かべた。
「本日は、我がグリフィス領にお越しいただき、感謝申し上げます。我が甥の記念すべき生誕祭、どうぞ心ゆくまでお楽しみください。願わくば、我が領と貴殿らとの間に好ましき縁が結ばれんことを」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの程度でよろしかったのですか」
「ん?」
「ミュリエル様に不快な思いをさせたのに」
ミュリエル様達の元に戻る道すがら、ふと気になったことが口から溢れた。
出店の婦人から「若様、これ食べてちょうだい!」と渡された串に齧り付きつつ、ヴィンス様は俺を見やる。
「不快な思い、つっても大半はルシウスが止めたそうじゃないか。ミューの分は俺がやるが、ルシウスの分は本人がやった方がいい」
……よく分からないが、主の中では理由があった上であの収め方になったらしい。
「それに、『シオン様生誕祭』に来て破局した、とか言われたらシオンが可哀想だろう?喧嘩両成敗、ちょっと男の方に引け目あり、くらいで帰らせればどうにか折り合いも付けられるさ」
飄々としていても、考えなしとミュリエル様やサリーに言われても、この方の本質は伯爵家の後継である。
ミュリエル様とシオン様と同じくらい、グリフィス領の為に采配を下している。
「出過ぎたことを申しました」
頭を下げると、口元が楽しそうに笑んだ。
「お前もそろそろ、ミューとルシウスと向き合ったらどうだ?失恋なんてとっくに癒えてるだろうに」
不意を突かれ、少し動揺してしまった。
無言を貫くが主は許してくれず、笑顔で促し続ける。
「……ミュリエル様と若旦那様のお目に掛かることは、可能だと思います。ですが、まだシオン様の前に姿を現す覚悟が出来ておりません」
「シオン?」
ヴィンス様が不思議そうに首を傾げる。
俺はため息をつき、誰にも言わなかった自分の咎を晒した。
「最後の告白の時に、言ってしまったのです。『若旦那様と別れてくれれば、自分がお子様共々養う』と。シオン様から、最愛の父上を奪う行為です」
遠目からしか見ていないが、若旦那様がシオン様をそれはそれは愛していらっしゃることはよくわかる。
シオン様が、父上を信頼し慕っていることも。
万が一億が一願いが叶ったとして、あの思い合う幸せをシオン様にお授けすることは、到底出来なかっただろう。
自分の傲慢さに吐き気がし、しばらくお顔を見られなかった理由だ。
ヴィンス様は納得されたあと、苦笑した。
「……真面目だな」
「考えが浅いだけです」
「まあ、そう思うなら好きなだけ後悔してろ。必要になったら無理矢理にでも引き合せるからな」
「承知しました」
話の区切りでちょうど休憩スペースに着き、ヴィンス様を中へお通しして自分は持ち場に立つ。
「びー」
「おぉシオンおはよう!よく眠れたか〜?」
「ご苦労様。話は付いた?」
「おう、円満に壊してきたぞ!」
「……語彙が……」
「びー、ね、びー!」
「シオンこっちにおいで。もうすぐ始めるのか?」
「シオンが起きたことは伝えたから、最終チェック待ちね」
「了解。……シオン、いつかハリーをこき使ってやれよ〜」
「はり?」
?!
心臓が高鳴り、呼吸が乱れた。
深呼吸し、調子を整えて警護を再開する。
ご家族の楽しそうな会話を耳に捉えながら、先程シオン様が呟かれた自分の名前を噛み締める。
同じく警護に立ちながらニヤニヤしてる騎士達には、あとで三倍の訓練を課そうと決意した。
ミューへの告白以来出番の少なかったハリーで語らせてみましたm(_ _)m




