初恋の人との再会は運命?
何を突然言い出すんだ……。
だいぶげんなりする。
ガルガル態勢のルシウス様、緊張感を持つメイド長と騎士たちにいったん落ち着くよう目で制す。
ルシウス様には、反対の手も繋いであげよう。
「……シーレント卿?何を突然仰るの?」
努めて冷静に問い掛けると、少し興奮が収まったようだ。
「あ、突然すみません……その、10年ほど前から探していたものですから、つい興奮してしまい」
ジョナス卿は席に座り直し、佇まいを直す。
隣のクインタ嬢は……うん、怪訝な顔をしている。
「ジョナス様?わたくしは初耳ですが?」
「クインタ……それは、婚約者に『初恋の君』の話なんて出来ないさ」
出来ないならそのまま黙ってればいいのに……。
ルシウス様がこっちを見てる。
いや我々、初恋の話は散々したし聞いたではないか。今更過ぎるわ。
「10年前、ですか」
ボソッと呟いた言葉に、彼は食い付いてきた。
「はい!10年前にもグリフィス領にお邪魔したことがあったのです。その時は父と兄と訪れたのですが、少し商店の品に気を取られている間にはぐれてしまい……。途方に暮れていたところ、貴女に助けていただいたのです」
夢見るような瞳で語る。
要は迷子を導いた、ってことか。
「黒髪に青い瞳を輝かせた貴女に呆っとしている間に父達と再会し、名前を聞こうと思った時にはもう立ち去られており……。グリフィス伯爵夫妻に心当たりはないか質問したのですが、はぐらかされてしまいました」
ん?
両親が……はぐらかす?それって……。
考えに耽る私に気付かず、ジョナス卿はまた感極まったようだ。
「ここでお会い出来るなんて!ミュリエル様、ずっとお慕いしておりました!これは運命です!」
「シーレント卿」
ヒヤッとした声が遮った。
ルシウス様の声音がやたら低い。
「なにやら盛り上がっているようだが、私の妻に対して運命とはどういうことかな?」
一瞬にして鎮めてしまった。
「アイゼンバーグ卿……いえ、あの……」
「シーレント卿。お隣にいらっしゃるトモニー嬢に、失礼ではなくて?」
言われてようやくクインタ嬢の様子を見たらしい。
ジョナス卿には、般若の面が見えたことだろう。
「ジョナス様。ずっとお慕いしていたとは、どういうことです?」
「クインタ、違うんだこれは初恋の話であって!君との婚約をどうこうするつもりはない」
「まぁ……では『運命の初恋の人』はどうされるおつもりなの?」
「どうって」
ジョナス卿がこちらを見る。
刺すようなルシウス様の視線、何言ってんだこいつの私の視線、グリフィス家・アイゼンバーグ家に害を及ぼすのなら排除するぞ的な騎士とメイド長の視線。
全てを確認し、引き攣った。
「……どうするつもりなのだ?シーレント卿」
「……いえ……」
「なんでもいいが、我々を巻き込むことは許さない」
「はい……」
ジョナス卿が小さく頷くと、ルシウス様に促されて席を立つ。
「挨拶は受け取った。今日は私達の息子の生誕祭だ。ぜひ楽しんで行ってくれ」
息子、を強調したルシウス様に苦笑しつつ、私達は簡易スペースを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
休憩スペースに戻ると、騎士はスペースの外に配置して、ルシウス様を慰め始める。
いつもの通りお膝に乗って、ギュッとするのだ。
「……ミューの運命なんて、僕だけだし」
「そうですね。私も、ルシウス様だけが運命です」
背中を擦ってあげると、少し強張っていた体が緩む。
本当、余計なことをしてくれる。
ルシウス様はまだ『初恋』にアレルギーを発症してるのだ。
それを私に言われては、心穏やかになれる訳がない。
でも、杞憂だろう。
「気にしなくていいですよ。たぶん、私は彼の『初恋の人』ではありません」
「……え?」
そこへ、祭り巡りに行っていた一行が帰ってきた。
「なぁにルシウス。またミューに甘えてるの?身重な嫁の状況を考えなさ「ぷあ!たしゃ!しょんも!」」
お義母様がルシウス様に説教をする途中、お義父様に抱かれたシオンが手を伸ばしてきた。
可愛い孫の可愛いおねだりは、最優先されるのである。
「シオンはお母様のお膝で良いかしら?」
「いよ!」
ニコニコで返事をしたシオンを受け取り、抱き寄せて背中を叩くと、秒で寝た。
「これが噂の、シオンの秒寝付きか!」
「だいぶはしゃいだんでしょう?いつにも増して早いわよ」
「ふふ、可愛い」
私ごとシオンを抱き締めるルシウス様は、だいぶご機嫌が直った。
そこで、ルシウス様に顎で示す。
「ん?」
「あ。」
今日もきらびやかに飾り付けられてる、双子の兄はキョトンとした。
「でもミュー、10年前ってヴィンス殿は留学中じゃなかった?」
「そうですけど。どうせしょっちゅう帰って来てますよきっと。家族にも内緒で」
「えぇ?」
「なんの話だよミュー」
「ヴィンス、留学してからもちょくちょくグリフィスに戻ってきてたでしょ?」
「おう」
当たり前のようにヴィンスは頷く。
ルシウス様は表情だけで『ええぇぇぇ』と言ってた。
義父母とサリーは不思議そうな顔をする。
「先程、視察のついでに挨拶に寄られた貴族の方がいたんですが。私を見て『初恋の君』と叫んだんです。それでルシウス様の機嫌が悪かったのですよ」
過去形だけど。今ご機嫌なんだけど。
ねえサリー、あなたまでご機嫌斜めにならないでくれる?
「その方はね、私が10年前に迷子を助けたと言うのだけど。サリー、覚えがある?」
「ありません。」
ものすごくキッパリ、サリーは否定した。
「まあそうよね。私が迷子の相手をするくらいなら、クラストや騎士に託すと思うの。それにサリーは必ず横にいただろうし」
「あぁ、そうだよね」
「で、彼が黒髪に青目の『初恋の君』と言っていたわ。ヴィンス、覚えがない?」
全員の顔がヴィンスに向く。
「ミューの格好をして街を歩いていたのは確かだけどな!迷子なんてあり過ぎて覚えてないぞ!どうなんだハリー」
ヴィンスが声を張り上げると、休憩スペースの外から「ヴィンス様は10年前の夏に1回冬に2回、同い年くらいの子息の迷子を助けております」と声が返ってきた。
「ハリー……また外にいるの?」
「お祭りを巡ってる間はひとつ先の角に立っていたわよ」
「近付いてはこなかったが、きちんと役目は果たしてたなぁ」
お義父様、お義母様、うちの兄と侍従がめんどくさくてすみません。
「女装して?」
「女装してたかー?」
「そのうちグリフィス家に内密でお戻りになったのは冬に1回のみですので、その際はミュリエル様にお姿を似せていらっしゃいました」
「だって」
「なんで家族に内密……?」
「なんでだったかー?」
「一度トラキオンに戻られた後、食べるのをお忘れになった菓子をお食べになりたいと」
「そんな理由……」
ルシウス様の眉がへにょりとなったのだが、両手はシオンを抱き締めていたので、頭を擦り寄せておく。
「じゃあやっぱり、シーレント卿の初恋の人はヴィンス殿だったの?」
「そういうことになりますね」
「なんだ……」
「なんだなんだ?ルシウスは何を心配してたんだ?」
ヴィンスが楽しそうに聞いてくる。
「……だって、ミューに会えたことを運命だとか言うから」
「あぁ、嫉妬か!」
「〜〜〜〜」
「ルシウス様、本当に気にしなくていいんですよ。私だって他の女性がルシウス様の運命を騙ったら、嫌な気になりますもの」
「ミュー……!」
「おお、あっという間に解決したな!」
暢気な兄にイラッとする。
「他人事のように言わないでよヴィンス。あんたが私の格好をしたりするから、面倒なことになったんでしょう?」
「そうは言っても、内緒で戻るなら自分の格好じゃバレるだろう?」
「……バレてたんじゃない?」
「ん?」
「バレてたわよたぶん」
「んん?」
ヴィンス、父上の計算力をまだ軽く見てた?
「シーレント卿は言ってたわ。『グリフィス伯爵夫妻に尋ねたが、はぐらかされた』って。これって、私じゃなくてヴィンスだったと知ってるってことでしょう?」
指摘してやると、ヴィンスはしばらく呆っとしていたが、片手で目を覆って天を仰ぐ。
「……バレてたとは……恥だな……」
「反省してください」
「おぅ」
サリーに言われて、素直に返事する。
これは沁みたようだな。
今のうちに追撃をしておこう。
「シーレント卿とその婚約者のトモニー嬢が、この初恋の君の件で拗れたの。彼らが家に戻る前に、初恋の夢から醒めさせておきなさいよね?」
ヴィンスはコクコクと頷いた。




