初恋の人に会えて感極まった?
ルシウス様の『初恋だったの!』騒動は、あの日以来収まったらしい。
アサトからも正式な報告書が来たけど、旦那様のご機嫌を見てればわかるわー。
次期公爵夫人に直接釘を刺されたとなっては、向こうの上司も対応せざるを得ない。
彼女は我が国との交流を禁じられ、ルシウス様同様裏方を担うことになったらしい。
平和が訪れて良かった。
でも、アサトの報告書に余計なことが書いてあったのはいただけない。
『これで彼女の出世の道は絶たれたことでしょう。ミュリエル様にはひょっとして、有能な女性の社会進出を阻むご計画がお有りで?』
……ある訳なくない?!
ボートファイ外交官もコーデリア嬢も、自業自得でしょう?!
人の夫にわかりやすくちょっかい出す女が、出世街道進める訳ないじゃないの!
アサトとしては冗談・軽口のつもりで書いたのだろうが、妙な野望を邪推された。濡れ衣だ。
なので、報告書にこんなことが書いてあったんです〜と夫にチクってやる。
翌日、「とりあえず鳩尾に一発入れておいたよ。あとこれ、一筆」とルシウス様が誓約書を渡してきた。
誓約書?
『誓約書
私、アサト・ワルローは、ミュリエル・フォン・アイゼンバーグ様へ不名誉な濡れ衣を着せたことを、深くお詫びいたします。
今後、ミュリエル様及びご家族の皆様に対して、二度と根拠のない憶測を述べないことをここに誓います。
アサト・ワルロー』
震えた字で署名してあった。
チラ、と夫を見ると、すごくキラキラした目をしてた。
……うん、犬が投げたボール咥えて戻ってくるやつだな。
すなわち、『褒めて!褒めて!!』なんだろう。
お望み通り、頭をわしゃわしゃにしてやった。
それを見たシオンが「しょん!しょんも!」とやってきたので、同じくらいわしゃわしゃにした。
シオン、が言えなくて自称「しょん」になってますハイ。
お揃いの鳥の巣頭になって笑う親子は、今日もとてもキラキラしい。
◇◇◇◇◇◇◇
さてさて。
シオンくん、無事に一歳を迎えました!
アイゼンバーグ邸の庭園で開かれたガーデンパーティーには厳選されたお客様達をお招きして、主役が疲れないように普通のパーティーよりは短めの時間で、ひたすらシオンを愛でる会をやっていた。
二ヶ月前にカトリーヌ様のお誕生会へ参加した時は、ここまで偶像崇拝的な集まりではなかったんだけどなぁ……?
お義母様とお義姉様と家の使用人達が一丸となって取り組んだコンセプトは、三ヶ月の試行錯誤の結果『アイゼンバーグに舞い降りた天使:シオン・フォン・アイゼンバーグ』に決まった。すご。
言葉通りに天使を模した羽根付きお洋服は、もちろんカトリーヌ様とお揃いである。
いや〜眩しいのなんの。
さすがに成人してるルシウス様には着せられないから、眼福でございました。
画家を五人招集して、様々な角度から描かせてるらしい。狂気。
基本的には親戚と私達の友達と、あとは付き合いの深い家のみを呼ぶ会だったのだが。
ここで浮上したのが『王家を呼ぶ?誰まで呼ぶ??』問題だった。
私としてはもう直接血の繋がりのあるマリーだけで良くない?と思ったのだが、じゃあその夫のユーリ様は?弟分のヒムロは?ヴィンセント様だってルシウス様のお友達では?とどこで区切っていいかわからなくなった。
さらに言えば、王族一人来るだけでも護衛だの毒見だの礼儀作法だの……え、めんどくさくない?となる。
結果、王族の皆様からは贈り物だけいただきーー本来ならばこれも一貴族に対しておかしな振る舞いなんだけど、それぞれ厳選した物を寄越してきたーー、後日王家の晩餐に特別招待してもらうことになった。
それなら皆様、一堂に集まるしね。
義父母とルシウス様とシオンと一緒に登城し、ニッコニコの皆様に注目されながらご機嫌に苺を頬張る息子を見て、この人本当に大物だな……と感心した。
「ミュー、僕の分の苺も食べる?」
「ルシウス様、ここは王宮なので。おうちと同じ振る舞いはしません」
「たしゃ!どじょ!」
「……ありがとうねシオン。シオンもどうぞ」
「ありゃと!」
「……シオン、お父様にも差し上げて」
「たい!ぷあ!どじょ!」
「ありがとうシオン、優しいね」
「ねー?」
皆さん、悶絶してるのはいいけど食べてね?
◇◇◇◇◇◇◇
アイゼンバーグ邸でのお祝いの次は、グリフィスで開かれる『シオン様生誕祭』に出席だ。
他領のお祭りではあるが、主役がうちの息子なのでこれにも義父母含めて皆で参加した。
王都からの距離がそこまでではないので、使用人達も交代で参加しに来る。
こちらのコンセプトは『可愛さ最強!シオン様』だそうだ。なんだそれ。
フリフリでキラキラ、大変可愛らしく着飾られてるシオン。ピンクがよく似合う。
ルシウス様も同様で、サリーの結婚式用に衣装合わせをした際、惜しくも次点になった衣装をぜひ!と着せられている。
こちらもピンク。フリフリではないけど。
衣装単体を見た時には顔が引き攣っていた旦那様だが、着てみればそりゃ着こなす。ルシウス様だもの。
それでもやはり「えぇ……」と渋っていたが、私がお揃いの衣装を着るとなったらすぐさまご機嫌になった。
ルシウス様はこんなにお美しいのに自分の容姿に興味がなく、私やシオンを見てる方がニコニコだから。
お針子たちに「ルシウス様が渋るから、私のドレスもお揃いで仕上げときなさい。ただし、ルシウス様とシオンに似合ってても私に似合わなかった場合、遠慮なくボツにするからね?!」と言い聞かせておいて正解だった。
金髪紫目の親子にも、黒髪青目の私にも、どちらにも似合う色味で作られている。
ヴィンスとサリーはさすがに揃えなかった。
そこまで広げたら、ただのユニフォームだわ。
残念そうにしないサリー。
◇◇◇◇◇◇◇
ひと通り廻り切り、舞台でのイベントはまだもう少しあと。
妊娠中の私はルシウス様とともに休憩とし、はしゃぎ足りないシオンは義父母とヴィンスとサリーと共に再度祭りを見に行った。
シオンと私の間でサリーが揺れたが、ヴィンスが問答無用で連れてったわ。
あちらの警護にはクラストを中心としたグリフィス騎士団。
こちらはムラトを筆頭とするアイゼンバーグ騎士団が警護する。
両騎士団、固く拳を打ち合って持ち場に向かって行ったけど。いつの間にそんなに熱い関係になったのだ?
「ミュー、お腹は平気?」
「色んな解釈が出来る質問ですねルシウス様。減ってないです」
「……お腹、張ってたりしない?」
「しませんよ」
まだそんなに膨らんでないので、重いとも思わない。
それでも心配性の旦那様は、寄り添って撫で撫でしてるのだった。
「ミュリエル様。若旦那様。お寛ぎのところ失礼致します」
声を掛けてきたのはメイド長ミヤビ。
「たまたまグリフィスにいらした貴族の方が、生誕祭をご覧になり、グリフィス家の方にご挨拶したいと申しております」
「たまたま?」
「自領の視察のついでに立ち寄ったと。本来ですと領主館へいらっしゃる順路が、祭りのため封鎖されてまして……」
「あぁ、そうね」
グリフィス邸なんて、料理長が下拵えのために戻るくらいで、厳重に施錠して全員出払ってる。
挨拶に来て誰もいなかったら、さぞかし途方に暮れるだろう。
「その辺り、考えてなかったわね……」
「ごめん、ちょっと思ったけどグリフィスではこうなのかと」
「いえ、大体祭りや行事の時はこうです若旦那様。ただ、近隣の貴族や縁のある家は、グリフィス家がこうであるとご存知ですので」
「なるほど」
てことは、まったく交流のない家なのね。
「私が挨拶受けて良いのかしら?今はアイゼンバーグなんだけど」
「問題ございません。ミュリエル様が代行されることは、すでに領主様よりご許可をいただいております」
「……そう言えば、父上と母上は?ここにいなくても、どこかにはいるでしょうに」
「お二方とも、余興の最終調整の為に持ち場を離れられないとのことです」
「あ、そう……」
他家の挨拶を受けるより、イベント準備を取る貴族ってどうなの。
まあでも、当主ではないだろうし。
グリフィス家の者としては格が下がっても、アイゼンバーグ次期公爵と顔合わせ出来るならある意味得かも?
チラ、とルシウス様をみると「もう行く?」と聞かれた。もちろん付いてくる気だ。でしょうね。
「行きましょうか。ミヤビ、案内して。ムラト、配置は?」
「既に」
夫の手を借り、メイド長の案内の元、騎士団を引き連れて向かう。
うん、相手がビビるかも?
◇◇◇◇◇◇◇
案内された簡易スペースには、男女一人ずつ座っていた。
パッと見、年齢はルシウス様より私寄り?
20歳前後くらいだろう。
私達が入ると、二人して立ち上がり礼をした。
「お初にお目に掛かります。シーレント伯爵家次男、ジョナス・シーレントと申します。こちらは婚約者のクインタ嬢です」
「クインタ・トモニーと申します。よろしくお願いいたします」
シーレント伯爵家、トモニーは子爵家だな。
両家とも知ってるけど、この人たちは知らないぞ。
「ようこそグリフィスへ。わたくしはミュリエル・フォン・アイゼンバーグ、既に嫁ぎ済ですがグリフィス家の長女です。こちらは夫のルシウス・フォン・アイゼンバーグですわ」
ルシウス様は私に寄り添ったまま目礼で済ます。
大変高位貴族らしい振る舞いだ。
「アイゼン……!公爵家の方ですか!失礼しました!」
二人が慌てて再度頭を下げるが、何も失礼なことはされていないので、頭を上げるよう伝える。
「お二人は、視察をされていたんですの?」
向かいに着席しながら座ると、なかなかお目に掛からないほど寄り添うルシウス様に戸惑っているようだ。
気にしないでくれ!
「……ええ、そうです。私どもは二人とも、学園を他国で留学生として過ごしておりました。卒業して戻ってきたのですが、自領へもあまり赴いていなかったために様子を見て来いと当主から命が下りまして」
「あぁなるほど。道理でお二人に見覚えがない訳ですね。どちらの領に行かれたのです?」
「両方です。私どもの家は隣り合った領地なのです。その縁もあって、婚約が結ばれていますので」
「まあ、そうなんですのね。おめでとうございます」
ニッコリ笑うと、クインタ嬢は同じく笑い、ジョナス卿は……なんでか目を見開いた。
寄り添ってるルシウス様がピクリと反応する。
「……ミュリエル様は、失礼ですがおいくつでいらっしゃいますか?」
ジョナス卿が突然妙なことを聞いてきたぞ。
ルシウス様の眉間が皺になってるので、お腹を撫でてる手をさらに撫でてあげる。
「今は20歳ですわ。それが何か?」
「……やっぱり!」
感極まったようなジョナス卿が、スクっと立ち上がった。
「ミュリエル様!貴女が私の初恋の人だ!初恋の君、ずっと貴女のことを想っていたんです!」
ルシウス様、完全警戒態勢。
ねえ、それ今ここで、夫と婚約者の前で言うこと??
◇◇◇◇◇◇◇◇
「先輩、おはようございます」
「おはようワルロー。準備出来たら、ちょっと来てもらってもいい?」
「はい、わかりました。……どうされました?」
「うん、ちょっと訊きたい事が何個かあるんだけど良いかな」
「はい、どうぞ」
「君、以前朝食は食べない主義って言ってたけど、今もそう?」
「??日によってまちまちですが、今朝は食べてないですね」
「そっか、良かった」
「?」
「それとね、ミューのところに届いた報告書の話を聞いたんだ。『ミュリエル様にはひょっとして、有能な女性の社会進出を阻むご計画がお有りで?』と書いたのは、本当?」
「……先輩、あの」
「本当?」
「……本当です。でもあれは、その」
「そっかぁ」
ボグ!
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「良かった、吐く物はなさそうだね。さすがにメイドに掃除させるのも可哀想だし」
「うぇっ、えほっ、っ、っぐ」
「そのままで良いから聞いてねワルロー。ミューはさ、好きで外交官に話を付けた訳じゃないよね?しかも外交官が出世出来なくなったのは、全て彼女の自業自得でしょう。それをミューのせいにするのはひどくない?」
「う、うぇ、ぐ、せ、ぐ」
「まあワルローも本気じゃないことは承知してるけど。これで本気だったら、一発じゃ済まさないし。でもさ、私のストレスの元を絶ってくれたミューに対して、この邪推はいくらなんでも恩知らずだと思うんだ」
「うぅ、ぐ、せんぱ、うぐ」
「なに?」
「…………ずみまぜん、でじだっ……」
「うん、反省してね。ワルローは『冗談でも口にしてはいけない言葉』があることを学ぶべきだ。それと、二度とミューに失礼なことを言わないよう、今日中に誓約書を書いてね」
「っぐ、はい……」
「落ち着いたら業務に入って。鳩尾は痣になってると思うから、後で冷やしなね」
「はい……」
(総務室メンバー:触らぬアイゼンバーグに祟りなし!業務遂行!)




