初恋の方が仕事よりも大事?
私に打ち明け、心底ホッとしたルシウス様はお気に入りの膝枕の体勢で寛ぎだした。
サリーに部屋から取って来てもらった報告書を改めて読むと、事の経緯と外交官の発言にルシウス様の拒絶っぷり、止めることの出来ないアサトの無念さが記されている。
「……ふふっ」
「?どうしたの?」
「報告書に謝罪文なんて、初めて見ました」
「謝罪文?」
不甲斐ない自分が許せない、もっと力と地位を身に付けることを誓ってる熱い文章だ。
「どうしてワルローが謝るの?」
「ルシウス様の力になれないことが悔しいんですって」
「……充分助けられてるけど」
「そう言ってあげたら?」
「そうすると、彼、照れちゃわない?」
「そうですね」
事態が解決したら、シャーリーと一緒に家に招いて労ってあげよう。
◇◇◇◇◇◇◇
マリーのサロンにて。
「ルシウス様ってば、また災難ね。今度はチェルティフの外交官ですって?」
「そうなの。でも思い出話を語ってるだけと言えば、それだけなのよね」
「うーん、責を追及出来るかは微妙なライン?」
「まぁ、それでルシウス様が悩むことになったんだし、ガンガンに責めるけど」
「それでこそミューだわ」
「あと、私もまた妊娠したの〜」
「……なんですって?」
ただいまマリーがフリーズ中です。
再起動までしばらくお待ちください。
なんて脳内アナウンスを流し、妊婦に良いハーブティーを堪能してると、ハッ!とマリーの硬直が解けた。
「おめでとうミュー、早いわね?!」
「うん、たぶん皆そう言うし、私もそう思うー」
「ミューの子どもと同い年なんて、楽しみだわ」
うふふ、と笑うマリーは本当に楽しそうだ。
「シオンだって大差なくない?」
「学年はずれるもの。次の子なら同じよ」
「そうね。ホノカ様のお子様も同い年だから、大変濃い学年ね……」
「教師陣にお悔やみ申し上げます。」
「私も。ついでに、その頃には学園長になってるかもしれないお義兄様にも」
「……婚約破棄はなしで」
「婚約させなければいいのでは?」
「王族は難しいわよ……」
まだ生まれてもないのに、婚約の心配とか早過ぎ。
「とりあえず、今はルシウス様よね。ユーリ様から聞いたけど、ボートファイ外交官は王宮のメイドや侍女からも反感を買ってるらしいわよ」
「さもありなん。他の女性達が話し掛けるのを我慢してるのに、ガンガン行くんでしょ?ある意味職権乱用よね」
王宮役人も侍女達も、アイゼンバーグ卿に話し掛けるのは上司に止められてるようなものだ。
そこへ他国から来た女外交官が、総務室に押し掛けてまで接してる。さぞかし苛々することだろう。
「風紀を乱す、と言う口実になるかしら?」
「んー、そこまでではないわよね。どう考えてもあちらは期間限定だし、友好国の役人にまでこちらの指針を押し付ける訳にもいかないわ」
「そらそうだ」
パクリ、とお茶請けに出されてるお菓子を頂く。
美味しい。
「これ美味しいわね。レシピある?」
「後で渡すわ。お土産にもするわよ。こっちは離乳食用にした分なんだけど」
「ありがとう。後で食べさせるわ」
「……本当は目の前で食べてほしかったのに」
至極残念そうなマリーに申し訳無さが生まれた。
本来ならばシオンもこのサロンに連れてきて、その辺をよちよちよたよた歩かせておく筈だったのに、情報を聞きつけた国の最高権力とその叔父に連れ去られたのだ。
「……後で回収したら、どこかで落ち合いましょう。ひとつだけでも食べさせるわ」
「本当?でも無理しないでね」
嬉しそうに微笑まれた。
うちのシオンくんは食欲が旺盛なので、むしろひとつで切り上げる方が大変かも。
気を逸らす方法も検討しておこう……。
「まあ、ひとまず次期公爵夫人として釘を刺してみるわ。これでも直らないようなら、第四王女殿下案を採用したら良いもの」
「第四王女殿下案?」
マリーが首を傾げる。
この国に現在王女はいらっしゃらないので、第四王女殿下と言えばあの方しか指し示さない。
「彼女が滞在中は登城しない、と」
「わぁ……え、それ誰の発案?ミュー?」
「ルシウス様」
「それを、第四王女殿下の時に考えたの?」
「そう」
「極端!」
思わず、と言った声が上がった。
ね、極端よね。
「前回はホノカ様のお茶会と被ったから没案にしたけど。今回はルシウス様のストレス蓄積と言う被害も出てるし、それでもいいかなって。その為の手配なら、皆さん協力していただけると思うの」
ヴィンセント様とリニ様と、総務室メンバー(室長含む)が手助けしてくれれば可能だろう。
なんならうちに仕事を運んで来てくれてもいいし。
「そうね、改善されないと言うならそれも良いのかも?」
さらに首を傾げてるのは、いい案だとは理解しつつもイチ王宮役人としてはどうなんだ?との疑問からだろう。
「破格の待遇なことは承知よ。でも、そもそもこんなトラブルが起きる人も中々いないわよね?」
「そうね……」
中々起きないトラブルに巻き込まれてるのだから、前例にない処置も致し方ないと思うんだ。
「何より、ルシウス様が嫌そうなお顔で働いてるの、王宮の職場環境としても良くないのでは?」
「確かに。」
マリーが頷く背後で、メイドや侍女もウンウンと頷いてる。
表情を変えないルシウス様だろうと、せめて眉間の皺は取ってもらわないとね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
マリーのサロンを退出して、今度は総務室へと向かう。
三度目のアポ無し訪問である。
が、たぶん許されるんだろう。緩いな、総務室。
サリーとアイゼンバーグ家から連れてきた騎士ーーメリッサの浮気(笑)夫ーーを背後に従えて進むと、総務室エリアの手前で揉めている様子が見えた。
ビンゴ。
「不在ですので、改めてお出でください」
「それじゃ二度手間じゃないの。いいから中で待たせてよ」
「許可が下りてませんので」
「ちょっとくらいいいじゃない!」
扉前の騎士相手に声を上げているのが、件の外交官か。
王宮で「ちょっとくらいいいじゃない」がまかり通ったら、しっちゃかめっちゃかになるだろう……。
呆れていると、サリーが背後から囁いた。
「排除しますか?」
「いきなり極論から打ち出さないでくれる?」
しかも明らか武力行使。
連れの騎士、ムラトの顔が引き攣った気配がする。
手を振ってサリーを一歩下がらせ、揉めてる一行に近付いた。
「こんにちは。夫はいるかしら?」
「アイゼンバーグ小公爵夫人。ようこそいらっしゃいました。ご主人はただいま不在ですが、中で待たれますか?」
「ええ、ありがとう」
「え?!」
突然現れ、当然のように中に通される私に驚いたようだ。
チラリと見たが、意に介さず進もうとする。
「待って!不在ってルシウスでしょう?なんで私は駄目でこの人はいいの?!」
まー堂々と。なんで、はこっちが聞きたい。
門番の騎士が目で問い掛けるので、こちらも目で許可を出す。
「……こちらは、アイゼンバーグ卿の奥様でいらっしゃいます。卿より、奥様がいらした場合はお通しせよとの言付けがございますので」
「そんな!」
言付け、してるんだろうなたぶん。
自分が不在の時に帰られたのを根に持ってるぞ。
「……この方、どなた?わたくしの旦那様を名呼びするなんて、随分失礼だこと」
「……隣国チェルティフのボートファイ外交官でいらっしゃいます」
「外交官。それって、人の夫を名呼びする地位にいらっしゃるの?」
不躾なやつ、と冷笑で示してやれば、彼女はカッと赤くなった。
「私は!昔、名前で呼び合う約束をしました!」
「昔?いつのこと?」
「……15年くらい、前のことです」
「その頃、あなたは外交官でいらしたの?」
「は?そんな訳ないじゃないですか!」
「そう。では、外交官としてここにいるあなたへの約束ではないわね。礼儀がなってないわ。今の状況で名呼びをしたければ、正式に許可をお取りなさい」
「……」
ボートファイ外交官は黙ってしまう。
まあ、今はどうやったって許可が取れないって分かってて言ったけどね!
改めて彼女に向き直る。
サリーもムラトも門番の騎士も、なぜかピリッとした。なんでだ。
「ちょうど良い機会だから、忠告させてもらうわねボートファイ外交官。仕事にかこつけて、わたくしの夫に散々絡んでいることは聞いてます。大変迷惑だから、二度とやらないでちょうだい」
疑問形でもお願いでもない、ただの言い渡し。
案の定、ボートファイ外交官は反発した。
「そんなこと!仕事上の話ですので、公爵夫人に指示されることではないです!」
「仕事以外の話をやめろ、と言ってるの。あなたの業務に、ルシウス様との思い出語りが含まれていると?そう言い張るなら、あなたの上司に確認しますが」
そんな業務、賃金を発生させてたら絶対許さないけどな?
「それは……でも!そこまで干渉するのは、夫婦でも良くないと思います!」
「夫婦だから言ってるのよ。夫が嫌がっても、あなた『照れなくてもいいのに』とか言うんでしょ?本人の主張をそのまま映さない、その目に掛けられている謎フィルターは、どこで売ってるのかしら?照れてる訳ないでしょうよ」
私の言葉に、思わず聴衆はウンウンと頷いていた。
嫌がってる状態をポジティブに受け取る感性、本当に迷惑よね……。
彼女はわなわなと唇を震わせた。
「〜〜夫人にはわからないだけです!る、アイゼンバーグ卿は、照れてるだけなんです!」
まだ言い張るか。呆れると同時に見上げた根性だわー。
「15年振りに再会しただけのあなたと、毎日共に過ごしているわたくしと、どちらの方がルシウス様を理解しているとお思いなの?その思い込みも凄いわよね……。まあ良いわ。ルシウス様が迷惑、と言っても聞き入れないなら言い換えます。妻であるわたくしが迷惑に思っているの。だからもう二度とさせないわ」
ニッコリと貴族スマイルを浮かべる。
強気で言い募っていた彼女が、勢いを失した。
今のうちに畳み掛けておこう。
「わたくしはあなたとは何の関わりもないので、『照れてる』訳じゃなくてよ?あなたが旦那様に絡むことを本気で迷惑に思い、嫌がってるの。これは次期公爵夫人として、隣国の外交官に忠告した言葉よ。逆らうのであれば……どうなるか、わかるわよね?」
うん、脅しです。紛うことなき、脅しです!
あえて地位をひけらかして伝えると、ボートファイ外交官はがっくりと肩を落とした。
「……私はただ、初恋の人に会えて嬉しくて。それだけだったのに……」
それだけ、と言うには浮かれすぎね。
「初恋の人、ねえ。まあ、キラキラした思い出があるなら、浮かれる気持ちもわからないでもないわ」
そう言うと、バッと顔を上げた。
いやごめん、リップサービス。本音はわからん。
でも何か、これは『だったら少しくらい大目に見てくれても!』て言う視線か?
彼女に向けて、貴族スマイル・極みを貼り付けた。
「ねえ、ネスティ・ボートファイ外交官。初恋の方が仕事よりも大事?」
一切慮るつもりがないことを示しておく。
ボートファイ外交官が青褪める中、「ミュー!」と声が響き渡る。
血相を変えたルシウス様が駆け付けてきて、私を彼女から引き離した。
妊娠期用力加減で抱き締めて、ガルガルと威嚇する。
「なんでまた突然!駄目じゃないか近付いちゃ!サリー、ムラト、なんでミューを近付けたんだ!」
「ルシウス様、どうどう。落ち着いてくださいねー、なんでもないんですよー」
「なんでもなくない!」
うん、シオンを抱っこしようとした人達から守ってた目付きだな。
後でご機嫌を取らなきゃ……。
「ルシウス様」
そっと囁くと、少しだけ鎮まってこちらを見る。
「シオンを陛下とヘルメス様に取られたんです。今頃陛下のお膝で遊んでますから、取り返しに行きましょう?」
「なんで?!」
なんで、と、言われても。
陛下と閣下のダブルお髭に、シオンが食い付いてしまったんだわー。
「お髭好きにも困ったもんですよね……」
「こうしちゃいられない!すぐに行こう!」
「あ、待って。先程ボートファイ外交官に釘を刺しておいたんで、次業務に関係のない話を口にしたら即向こうの上司に物言いで」
これは連れのアサトに言っておく。ルシウス様の腕の中だから、ちょっとしか見えないけど。
「承知しました。お手数をお掛けしました」
「旦那様の職場環境を守るのは、妻の役目でしてよ」
ニヤリと笑っておくと、アサトは苦笑した。
「……すぱーんと、解決?」
「です」
「ミュー、ありがとう。でも危ない真似はやめてね」
額にキスを落としながらルシウス様に言われた。
登城する、もしくは夫の職場訪問をするのは危険のうちに入るのか?
「あ、アイゼンバーグ卿……!私、貴方が初恋だったの……!」
さっさと王の間へ向かおうとするルシウス様に、ボートファイ外交官が縋った声で訴える。
私を抱き寄せたまま、ルシウス様は冷たい目を向ける。
「だから何だと?それが私になんの関係が?」
「なんのって……」
「貴殿がどう思おうと、私には関係のない話だろう。初恋だからなんだと言うのだ。初回だから優しくしろと?くだらない。そんな理由なら、私はどれだけの人に優しくしなければならないんだ」
吐き捨てるように言うルシウス様に、皆が「ですよねー」と内心思った。
「貴殿は我が国に、初恋を語りに来たのか?ならさっさと帰れ。聞きたくもない私とワルロー相手に、好きなだけ語っただろう。仕事をしに来たのなら仕事しろ」
それを最後に、もう振り向かずに歩き出す。
「ふふ、塩対応ルシウス様」
「……そう言われると、なんか恥ずかしい……」
すぐに表情を取り戻すルシウス様が、いつも通りで良かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「陛下、閣下!シオンを返してください!」
「ぷあ!たしゃ!しゃり!」
「シオン様、私まで……!」
「上手に呼ぶなあシオン。ほら、私のことも『じいじ』と呼びなさい」
「待てヘリオス。じいじは私が先だぞ?お前は違う呼び方にしなさい」
「叔父上はカトリーヌに呼んでもらえばいいじゃないですか!」
「お前だって孫が生まれるだろう!」
「いいから!返してください!」
「じ……?」
「「シオン!もう一息だ、頑張れ!」」
「じじー!」
「…………ちょっと違う……」
「ヘリオスはこれにするか?」
「嫌です……」
「……いくらなんでも、その呼び方は駄目よシオン……」
「うん……陛下にそれは駄目だねシオン」
「らめ?」
「「「「かわっ……、でもダメ!」」」」
オマケ
「今日は珍しい騎士を連れてるのね?」
「メリッサの夫」
「あら。始末書の方?」
「グブッ……はい、そうです」
「一度拝見したかったのよねぇ。ユーリ様に書かせる参考に」
「…………!?」
「あの始末書は見事よ。一枚目から段階を追ってみると、成長振りがわかるの」
「それも興味深いわね。ホノカ様やお義母様も見たがるわよきっと」
「若奥様!平に!ご容赦ください!」
「まあ、見事な土下座……」
「これも見本にする?」




