テンプレートを破棄する伯爵令嬢
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「……知らなかったの?」
「知りませんでした」
またしても驚愕の事実だ。
当事者の素性を知らずに始まるとは……!
「私と婚約者はクラスが離れていました。隣とかならまだしも、4クラスの端と端です。一年生の慌ただしい生活の中で、対して交流もない婚約者が誰と仲良くしてるかなんて興味ないです。婚約を公表してた訳でもないので、ご注進に来る知り合いもいませんでした」
淡々と当時の状況を語るミューに、妃殿下とユーリウス様が疲れたような表情をする。
「公表してなかったわね……わたくしもだいぶ後から知ったわ」
「そうなんですか?」
「私は半年過ぎた頃にようやく聞いたな。そこからトライブ伯爵令息を見たらなんとなく気にはしたが、それでも学年が違うんだから滅多に見る機会もない。だから、子爵令嬢と仲良くしてたとか気付かなかった」
「あちらも公表してなかったようなので、彼のクラスでは公認カップルだったみたいですよ。クラスメイトたちが全員引きつってました。後押ししてたかも!どうしよう!って」
「それはさすがに、クラスメイトたちに罪はないだろう……」
「だから、彼らには特に何もしてないですよ」
それは良かった。
「……大前提の確認をしたいんだけど、その婚約者とはどういう経緯で婚約を?」
確認し忘れてた。と言うか、他のことが衝撃的過ぎて気にならなかった。
「商売上の取引です。トライブ伯爵家と提携する事業を立ち上げた時に、当主同士の話し合いで同い年の息子と娘がいるって話になったそうで。せっかくだからいかがですか?的な」
「安直な……」
「私やルシウス様のような切羽詰まった婚約事情なんて、そうないですよ。『嫌なら断っても構わない』とは言われましたが、特に拘りがなかったので受けました」
うん、全然拘ってないね。
「婚約期間は長かったの?」
「どうでしょう。マリーたちの婚約期間と比べたら短いですし、私達の婚約期間からしたら長い?」
「両極端よ」
「そことそれを比べたら、大概の婚約期間は当て嵌まる」
婚約期間が10年越えの二人からツッコミが入る。
僕らは半年だもんね。
「入学の一年前に婚約したので、この時でほぼ二年ですね」
「その間、婚約者とのやり取りは?」
「入学前は手紙を何度か。でも大した内容じゃなかったですね。契約の顔合わせの後は、お互い住んでる場所の距離もあったしそのうち学園で顔を合わせるだろうしで会いませんでした。入学してからは忙しくて忘れてて、気付いたらかなりの時間が過ぎてました」
「興味がなさすぎる……」
「今にして思えば、やはり学園に入る前に何度か会っておくべきでしたね。思い出してから探そうとしましたが、まず顔が分からなくって。名前はかろうじて覚えてましたし、テストの順位表に載ってたので認識はしましたが、すれ違っても気付かなかったですねきっと」
「それ、本当に婚約者?」
「契約上は」
「話を聞いただけの私の方が、まだ知ってたぞ……」
ある意味王子殿下の覚えがあってめでたい、のか?
「そんな訳で、婚約者さえよく覚えてない私が浮気相手のことを知る訳がないんですけど、水掛け論になったので。話が進まないから、そこは置いておくことにしました」
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「と、とにかく!お前は、僕とアイリーンの仲に嫉妬して嫌がらせをしたんだ!」
カート様が負けじと訴える。
これだけ「彼女のことは知らない、むしろあんたもよく知らない」と伝えても認められなかった。
まあ、嫌がらせをされたことが婚約破棄の理由だし。
その嫌がらせの理由が嫉妬なのに、「誰だかわからん」は受け入れられないよね。
「婚約者がいる身で、他の令嬢と嫉妬されるような仲になったんですか?浮気ですねー」
なので嫉妬するかはともかく、その仲はおかしくね?と言ってみた。
「浮気じゃない!真実の愛だ!」
わぁ、言った!
これも貴族スマイルで面には出さないけど、内心ガッツポーズだ。
婚約破棄だもんね!『真実の愛』は主張しないと!
むしろ他で使う機会がないよねー。
うんうん、と頷きはするが、言うべきことは言っておかないと。
「真実の愛かもしれませんが、やってることは不貞ですよ?」
「不貞じゃありません!私たちは想い合ってるんです!」
「だから、そうかもしれ……、うん、やっぱこれもいいわ」
真実の愛≠不貞、と言う図式も発展しなそうだからやめとこう。
長引かせるのも不本意だし。
「それで?わたくしがあなたに何をした、と仰ってましたっけ?いくつか、あったような気がしますが」
話を進めるためにひとつずつ論破していくことにした。
「教科書を捨てたじゃないか!」
「捨てたところを見たんですか?」
「見ていないが、お前しかいないだろう!?」
「なんで決め付けるんですか。見てないなら、わたくしが捨てた証拠を出してください」
「証拠はないが……、他にそんなことをする奴はいない!」
「いないって言い切らないでくださいよ。いるかもしれないのでちゃんと調べてください。器物損壊罪になるんですから。次」
「陰口を叩いただろう!」
「どんな?」
「私がカート様にふさわしくない、とか。子爵家のくせに生意気とかです……」
「婚約者じゃないんだから、ふさわしくないのは当たり前でしょう?子爵家の令嬢が伯爵令嬢に楯突いたなら、それは生意気です。陰口じゃなくて事実です」
「ひどいです!」
「やっぱり言ったんだな!」
「言ったとして、ですよ。大体わたくしが陰口を叩いたのは、どうやって知ったんです?」
「お友達から聞きました!」
「あなたのお友達が?わたくしがあなたの陰口をしてる、と教えてきたの?たぶんですけど、その人あなたのお友達じゃないですよ。嫌がらせです」
「そんな……!」
「せ、制服を汚したんだ!」
「なにで?」
「な、なにとは?」
「制服は何を使って汚されたのかと確認してます」
「な、なにでだった?アイリーン」
「えと、それは……泥?」
「泥」
「いや、えっと、水……?」
「覚えてないんですか?」
「かなり前のことだったので……」
「なんでもいいだろう!汚されたんだ!」
「まぁなにでかは置いといてもいいですけど。その時、アイリーン嬢は制服を着ていたんですか?それとも別の服を着ている間に、着替えとしての制服を汚された?」
「え……」
「汚れた服をそのまま着ていたなら、カート様だけではなく他の生徒も気付きます。また、別の服を着ていて制服が汚されたなら、制服以外で過ごすことになりますから、これまたクラスメイトが騒ぐでしょう。授業が終わってないなら、授業の担当教官も。その辺り、記憶が曖昧なようでしたらクラスメイトに聞いてみたらいかが?」
そう言って彼らのクラスメイトを見ると、全員一斉に、サッと目を逸らした。
動きが揃ってるわー。
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「ミュー無双だ……」
もはや冒険記などの読み聞かせに近い。
いや、英雄譚か?
「なんですか無双って。普通ですよ」
「普通の婚約破棄ってなんだ?」
「あれが本当の独壇場ね。わたくしたちも全く口出し出来なかったわ」
当時を振り返って、殿下方もしみじみとされる。
「ユーリウス様もマリアベル様も、生徒会に?」
「そうだな。あの時は会長と副会長だった」
「アイコンタクトで『邪魔するな』って釘を刺されましたわ。ミューがヤル気なら仕方ないので、後始末のことを考えながら見てました」
「ニュアンスが違うわマリー。『手出し無用』って示したんです」
「同じよ」
「変わらないよ……」
さすがミュー、がっつり迎え撃つ気でいたんだな。
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論破も大詰め、ついに最後にして最大の言い掛かり事案が出てきた。
「いちいち言い返すな!じゃあ先週、アイリーンを階段から突き落としたことはどう説明するんだ?!」
ヤケになってさらに声が大きくなるカート様。
言い返さずに受け入れる訳ないでしょうが……。
でもそこ突っ込むと後が閊えるので、首を傾げることで先を促した。
カート様がアイリーン嬢を宥めて、「アイリーン、勇気を出して」と話をするよう言う。
「うっ、うっ、あの……先週の放課後、踊り場から背中を押されて突き落とされたんです……!幸い怪我は軽くて済みましたけど、怖かった……!」
そう言ってからヒシっとカート様にしがみついた。
うむ、小動物的な振る舞いは完璧ね。
……叩き潰すけど。
「まぁ、怪我をなさったの?大丈夫?」
「白々しい……!自分で突き落としておきながら!」
「カート様にどう思われようと、怪我の容態は知りたいんですの。いかが?アイリーン嬢」
「足首を捻りましたが、もう治りました」
「そう。それは良かった」
ではそろそろ締めよう。
カート様に、王子妃教育で習得した貴族スマイル・極みを向けて、言い渡す。
「ねえカート様。こんなに紛れもない傷害事件を、騎士団へ通報もせずに放置するなんて、それでも『真実の愛』なんですの?」




