テンプレートな破棄をする婚約者
婚約者が壇上にて、講堂に並ぶ生徒たちに向かって宣言した。
「ミュリエル・グリフィス!お前との婚約を破棄する!そして、僕はこのアイリーン・カイザック子爵令嬢と、新たに婚約する!」
私は表面上平静を保っていたが、心の中では激情に捕らわれ震えていた。
なんで……、なんで、カート様……。
………なんっで、学園の修了式なんかで婚約破棄すんの?!
シチュエーションに大変物申したい。
婚約破棄を公衆の場で宣言すること自体、色々と思うことはあるが。
そう言うのは、大抵王宮の夜会で!とか卒業パーティーで!とか、とにかく華やかな場所がお約束だ。
断じて『一年お疲れー、ちょっと休み長いけどまた学園生活頑張ろうね!』くらいの修了式でやることではない。
だって修了式だ。
夜会で宣言するなら、来賓の方々や陛下の御前で必ずや大事になるだろう。
卒業パーティーでやるとしたら、物事の節目であり明日からそれぞれの道に進む分岐点において、盛大な思い出として記憶に残るだろう。まぁ今回のこれも絶対残るけど。
一年生の修了式、すなわち二週間後にはこの記憶を持ったまま一同が再度学園に集結する。
始業式、気まずい!
◇◇◇◇◇◇◇
「ねぇミュー、婚約破棄を宣言されてるのに、気にするとこそこ……?」
恐る恐る手を挙げて確認する。
眉を顰めたままミューは言う。
「当たり前ですよルシウス様。一年生でやらかすと言うことは、この記憶を引きずったまま後四年過ごす羽目になるのです!現に私達の学年は、修了式のたびにあの記憶が蘇って、最終的に講堂で集まらずに各教室で修了式を終えてました」
「学年の習慣が変わったのか……」
「他の学年はそうでもなかったんですけどね。やはり全校生徒が集まるとなると、やらかした本人に自然と注目が集まるのです」
妃殿下からフォローが入った。
「そうだな、私も思い出そうとする訳でもないのに壇上の彼の姿がイメージされた。ふと見てしまうんだな……」
ユーリウス様は遠い目だ。
紛うことなき針の筵だ。
「おまけに婚約者の私まで注目されるんですよ。平然としてましたけどね、やってられませんって三年生の終わりに教師陣へ訴えたんです。なので、四年生からはうちの学年だけ集まりませんでした。下の学年も事情を知ってる子と知らない子がいるんですけど、語り継がれるので段々ひと学年いない状況を受け入れるんです」
「カオスだ……」
恐るべし、婚約破棄。
「いいですか?続けますよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
そもそも、なぜ婚約者が登壇したのか。
それは彼が一年生の学年末テストで一位を取り、首席として今回の修了式で次学年への抱負を語るためだ。
卒業する最終学年以外の各学年から、首席が一人ずつ壇上で行うので、学園長・生徒会長の話にプラスして四人の抱負を聞く。
昔からの式の流れだそうだが、長い話を嫌うのは生徒たち全員に見られる傾向なので、首席たちも必然的に短めに切り上げるようになってる。
中には熱意が篭り過ぎる人もいるので、うちの婚約者は大丈夫かなーと心配していた。
抱負語りトップバッターのカート様は、一年間をうまくまとめ、次学年で頑張ることをユーモアも混じえて語り、これなら合格点だろうとホッと胸を撫で下ろした時。
「ここで少し、私のためにお時間をください。……アイリーン、こちらへ」
と始めたのだった。
ん?アイリーン?
すると、一年生の列の前の方にいた女子がトタトタと前へ出て舞台に上がる。
一同、唖然。
え?登るの?なんで、呼ばれたから?
いやそもそもなんで呼ぶの??
教師陣も止める間もなく、彼女--アイリーン嬢はカート様に寄り添った。
そこで堂々と言い放たれた。
つまり、首席として登壇する機会があったがために婚約者はこのような暴挙に出た訳だ。
こんなことになるなら、「抱負語りとか面倒だわー」と思ってないで首席を取りに行けば良かった……!と後悔した。
◇◇◇◇◇◇◇
「ミュー、あなたやっぱり一年生の時は手を抜いていたのね?おば様が嘆いてらしたんだから」
妃殿下が呆れた顔で手を挙げた。
「そうだよな、さすがに一年生はミューが取るだろうと思ってたんだ。首席を取られるなんて、よっぽど有能な婚約者を見つけたのかと思ってたが、単にやる気がなかっただけか……」
ユーリウス様も呆れてる。
「?」
訳が分からずミューを見ると、素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。
「ルシウス様、この子はユーリウス様に誘われて王宮に来た時、わたくしの受ける王子妃教育に大層興味を持ち一緒に参加したんです。そこで講師の方に気に入られ、機会がある時は一緒に受けてたんですわ」
話そうとしないミューに代わり、妃殿下が説明してくださった。
「王子妃教育を、ですか?」
「あくまで興味を持ったものに関して、ですけど。集中力があるのと飲み込みが早いので、教科によってはわたくしよりも出来てましたわね」
ムラがあるらしい。大変ミューらしい。
「……伯爵令嬢が受けても問題はなかったのでしょうか?」
「さすがに就学未満の令嬢に対して、差し障るような内容はありませんわ。それでも、伯爵令嬢が受けるにはかなり高度な知識でしたが」
「今の王家には女性が少ないからな。王子妃教育も王族の教育をベースにしてるから、少しでも下地を学ぶ令嬢がいることは今後のためになる、と兄上が両親を説得したんだ。そこから王子と婚約、という話にはならなかったが」
今度はユーリウス様が補足された。
王子と婚約、と言う単語に僕よりミューが反応する。
「は?王子と婚約?誰と……え、ヒムロ?」
ヒムロ……第三王子か!
え、ミューが王子妃になるとか可能性あったの?!
二人して驚愕の表情になってしまうが、妃殿下があっさり否定した。
「ないわよ。わたくしが第二王子妃に内定してるのに、この上ミューまで王族入りをしたら権力が偏るじゃないの」
「それにヒムロは婿入りが確定だ。伯爵家では釣り合いが取れないし、第一ミューには兄上がいるのだから、後継ぎではないだろう?」
「可能性があるとしたら、国外の王家と縁を繋いで嫁入りかしら。その場合はいったんうちに養子で入ってから出荷するわ」
「出荷言うな……」「させません」
思わずミューの手を握ってしまった。
ギュギュッ、と握り返されて少し落ち着く。
コホンと咳払いをされたから離したけど。
「とにかく。わたくしとともに王子妃教育を学んだミューなら、一年生の学ぶ内容は既知のもののはず。当然首席を維持できるのに、最初のテスト以降はスルスルと順位を落としていったから、これは手を抜いてるわね?と疑っていたの。そうしたら案の定よ」
呆れた目つきを向けられても、妻はどこ吹く風だ。
「最初のテストに一位の結果が出たあと、修了式での首席の役割を聞いたのよ。これはやりたくない、と思ったので怪しまれない程度に手を抜くことにしたわ。マリーにはバレてたけど、小言もなかったので良し!」
「良し、じゃないだろう。テストで手を抜く生徒なんて初めて聞いたぞ?」
ユーリウス様も苦言を呈する。
が、ミューには響かない。
「私は王宮役人や学者になる気もないし、進学するほどの向上心もない。令嬢として恥をかかない程度の学力を示せば、補習も説教もなしよ!王子妃教育に携わった講師の皆様の面目を潰さない、かつ採点する教師たちに疑われない点数は、平均点より10点以上20点未満を足したくらいね」
「そこに尽力するのか……」
殿下方は呆れていたが、僕は器用なことをすると感心した。
役人志望だったので、学問に関しては全力投球以外選択肢がなかったのだ。
「何を納得してるんですの、ルシウス様」
「え?」
いきなりこちらに話を向けられて、妃殿下の呆れた目がミューではなく僕にもあったことに気付いた。
「この子のこの姿勢、ご自分のお子様にも受け継がれたらどうするのです?今のうちに矯正なさいな」
「えぇえ?」
「ルシウス……そんなすっとんきょうな声を」
ユーリウス様には笑われたけど、それどころじゃない。
え、子ども?僕たちの?!
一気に顔が赤くなるのがわかった。
ミューがポンポン、と肩を叩く。
「ルシウス様、落ち着いてくださいな。教育方針の話ですから」
「わかってるけど……」
「ルシウス様が子どもに諭すなら、私は邪魔しません。味方もしませんけど」
「だよね……」
「あぁ、これは無理ね。ルシウス様に似ることを祈るわ」
妃殿下は早々に諦めてしまったらしい。
ユーリウス様の微笑ましい顔は無視だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミュリエル!君は、このアイリーン嬢に度重なる嫌がらせをしただろう!教科書を捨て、陰口を叩き、制服を汚した!あまつさえ、先週は階段から突き落としたとも聞いた!そんな性格の悪い令嬢とは、婚約を続けていけない!」
カート様が何かほざいてる。
隣のアイリーン嬢はウルウル目でカート様を見上げ、頷き合うと同じように声を張った。
「ミュリエル様!いくら私が子爵家の者だからって、こんな扱い酷いです!謝罪してください!」
声通るなー令嬢。肺活量良さそう。
茶番だわー。
皆の視線がこちらに集まる。
そらそうだ。舞台の上から名指しで話し掛けられてるんだから。
当然、壁際に並んだ生徒会長以下生徒会役員の視線も受けーー。
視線で制す。
副会長が呆れた顔で了承の意を示し、会長の指示が役員に伝わった。
それを受け、役員たちが教師陣たちの動きを止める。
要は、最後まで語らせようと言うこと。
そこまで見届けてから、壇上の二人に視線を戻した。
……動きが止まってる。ん?……あ、こっちの返事待ちか!
ここから声を張るのもなー。
そう考え、前に出ることにした。
並んでいた生徒たちが道を開けてくれる。
ちょっと気分いいな!
最前列まで行くと、舞台上の二人の表情がよく見えた。
……酔ってるな。自分たちに。
声を整え、観衆に聞こえるように声を張る。
「お言葉ですけど、カート様。何ひとつ身に覚えがありませんわ。そちらのご令嬢の勘違いではなくて?」
万が一これで収まったなら、逆に面白かったので婚約を続けてやろうと考えはした。
しかしまぁ、収まる訳がないよね。
「勘違いだなんて!酷いです!」
「しらばっくれる気か!」
当然、ヒートアップ。
これにて私の方針は決まった。
例え掌を返そうとも、追求は緩めない。
「まずお伺いしたいのですけど。ご令嬢、あなたはどこのどなた?」




