四人のお茶会
ユーリウス殿下の発言により、またしてももやもやと業務を片付け、さっさと家に帰ると、今回は来客はなかったようだ。
玄関ホールで迎えてくれたミューにハグし、ただいまの挨拶を終えたところでこらえ切れずに詰問してしまう。
「ミュー!婚約破棄したって本当?!」
「……羽口王子ですの?」
はい。目を細められたら冷めました。
ついでにセザールの表情にも気付きましたとも。
『この場でお話される内容でしょうか?』と視線と口元で表現されたので、大人しく部屋に戻り、結局話を再開出来たのは就寝前だった。
「なるほど。昼食会で、ですか」
「うん、あの……僕の昔の話を王太子殿下がなされた流れで」
「ポロッと失言」
「そうです……」
玄関ホールでの勢いはどこへやら、だ。
ひたすら妻の機嫌を伺うしかない。
ミューはハァ、とひとつため息をついた。
「確かに、かつて婚約破棄をしたことがあります」
「っっ、それって」
「だがしかし」
詳細を聞こうとしたら、顔の前に手で制された。
「今話すのはめんどくさい」
ピシッ、と固まった。
妻に、めんどくさいって言われた……!
泣いていいかなこれ!?
自然と目が潤みだすのが分かるが止められない。
それを見て、僕を制したミューの手が頭を撫でてきた。
「めんどくさいのは、ルゥじゃないですよ」
「……?」
「今頃制裁真っ最中の、殿下夫婦のことです」
「ユーリウス様とマリアベル様?」
「ユーリ様は失態に気付いたらすぐマリーに報告するよう、条件反射で躾けられてますから。この短期間で続けざまにやらかしてることですし、何かしらの贖罪案件になるでしょう。そこにもしルゥに対するアプローチが組み込まれてた場合、今私がルゥに教えたりして贖罪に支障をきたしたら面倒。そういう意味です」
淡々と説明されて、理解した。
良かった、ミューにめんどくさい夫と思われたんじゃなくて。
撫でられてる頭をそのままミューの肩に乗せる。
「それなら待つよ。でもいつか話してくれる?」
「隠すほどのことじゃないので、今回マリーたちから説明がなければすぐ話しますよ。あと、私たちの学年では割と有名です」
「有名?婚約破棄が??」
「衆人環視の中だったので」
「……」
どんな状況?
まったく想像がつかず、ジッとミューを見詰める。
「ノアの用意した小説にはなかったですか?状況が違うからかな?」
「婚約破棄?たぶんなかった、少なくとも読んでない」
「お暇があったら読んでみてください。アレはあれで面白いですよ」
「婚約破棄が??」
面白がれる状況なのか?
よくわからないけど、とりあえずミューが勧めるのだから読んでみよう。
「……婚約者がいたんだね」
「いましたよ。知りませんでした?」
「知らなかった……これはまた、親たちは知ってるパターン?」
「だって経歴見たらわかりますもの。家同士の話ですし、さっきも言いましたけど隠してる訳じゃないんですから」
「そうか……」
「さすがにこれはノアも知ってると思いますけど」
「えぇ……裏切られた」
「大げさです。単にルゥが興味なかっただけでしょ」
「ゔっ……」
グサッと刺さった。
確かに、結婚前に調べることは可能だったけど……興味なかったのと忙しかったのが原因だ。
「今は興味あるから!」
「知ってます。結婚したら浮かれ過ぎて忘れてたんですね」
今度は刺さると言うよりボディーブローを受けた感じだ。
当たってる。
「……そんなに僕はわかりやすい?」
「とっても」
「そうか……」
まぁミューにとってわかりやすいなら良しとしよう。
「私はルゥの経歴読みましたよ。一度も婚約をしたことがないことにびっくりしました」
「うん。ないね。ミューとの結婚するまでの期間が唯一かな」
「婚約者としてはまったく過ごしませんでしたね。なぜ婚約者がいなかったんですか?」
「僕には興味がなくて、婚約してでも繋がりを持ちたい事情が家にはなくて、母と姉が合格認定を出さなかったから」
「最後が重い」
ミューの口調に呆れが混じる。
でもそんな感じだ。
僕はすり寄ってくる女性たちが苦手で、婚約したい気持ちはなかった。
父の命があれば従ったけど、そこまでしてどこかの家と手を組む必要性もなかった。
婚約の申し込み自体はあったようだけど、僕の元に話が来る以前に母と姉が審査(!)してお断りしてたらしい。
どんな基準の下にどんなお断りを誰にしたのか、は全く語られない。
世の中には知らなくていいことがある。たぶん。
ミューがふふっと笑った。
「そこだけ聞くと、ルゥってば深窓の令嬢みたいね。お父様とお兄様のお眼鏡に適う者しか会わせない!とか」
「深窓の令嬢って……そこまで箱入りじゃないよ」
「身内の審査があるおうちなんて、初めて聞きましたけど?」
「……若干箱入りなのは認める」
渋々譲歩した。他はともかく、婚姻関係はまったく関わってないまま決まってるし。
「箱入りのルゥの伴侶に認められるなんて、スパダリになった気分だわ」
「すぱ……、何?」
「詳しくは小説を読んでください」
楽しそうに言われたので、とにかく時間を作って読むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇
婚約破棄の小説(ノアに言ったらすぐ取り寄せてた)を読み、内容の正否はともかく設定や状況は理解した。
……これを実際にミューがやったのか?学園で?
想像がつかなくてより話を聞きたくなってしまったが、妃殿下の考えがわからない以上確かめることも出来ない。
早く何かしらのお達しがないだろうか、と待つこと五日。
妃殿下主催のお茶会に、夫婦揃って招かれた。
場所は王宮の妃殿下専用サロンだそうだ。
聞けばミューもまだ訪れたことがなかったとのこと。
僕らが婚約する少し前に妃殿下たちが結婚したため、王子妃になってから機会を持つことがなかったからだ。
サロンを楽しみにするミューと連れ立ち、ようやく話が聞けると訪れたサロンには、すでに妃殿下が優雅に座って待ち構えていた。
「待っていたわ、ミュー。ルシウス様もようこそ。さぁ、お座りになって」
そう向かいの椅子へ着席を促す。
……傍らに、深々とお辞儀の姿勢で佇む夫を立たせたまま。
妃殿下……っ!
声にならない叫びが喉元で止まる。
王族を立たせたまま座れと?!
いや言ってるな、確実に言ってる。
染み込ませた礼儀作法が体に拒否反応を示し、その場で固まってしまった。
隣にいたミューはなんのその、「お待たせしましたマリー。ユーリ様はそれが正位置?」とさっさと座るし言及もする。
妻が……強い……。
それに釣られて、いつかの再現のようにぎこちなく座った。
妃殿下が満足そうに笑う。
「反省の意を伝えるには、頭を下げるのが一番でしょう?王族教育には頭の下げ方がなかったから、ここのところずっと躾けてたのよ」
ずっと……つまり五日間掛けて、頭の下げ方を仕込んだのか。王族に。
改めてマリアベル様の恐ろしさが伝わってきた。
「あぁ、確かになさそうね。きっちり角度を測って下げさせてるの?随分綺麗な型だわ」
ミュー、そこに感心しないでほしい。
そのうち僕にも仕込もうなんて話にはならないよね?
「そうでしょう?わざわざ専用の講師を雇って教え込んでもらったの。ようやく様になったから、お茶会を開催出来たのよ。五日も掛かったわ」
チラ、とだけ夫を冷めた目で見てまた優雅に微笑む。
本当に怖い。
「これで謝意は伝わったかしら?ルシウス様。一度謝罪をしたのに同じ場で失言するような者では、言葉は不要と考えましたの」
「はい……」
「頭を下げることくらいしか出来なくて恐縮ですけど、その代わりルシウス様が満足されるまでは下げ続けますわよ?」
「いえ、もう充分伝わりましたので……」
「一応これも30分前から始めてます。あと1時間くらいは」
「充分伝わりましたので!!頭をお上げください殿下、お願いですから!」
必死になって礼をやめさせた。
ユーリウス様はやはりふらついていたが、僕を見る目がなんだかキラキラとしていた。
救ったつもりはないのだが。むしろあのまま強要できる妃殿下怖い。
動じないミューも凄い。
「謝罪はルシウス様にだけなの?私の婚約破棄をペロッと語ったことは?」
「ミューだってペロッと語るじゃないの。隠してないし」
「むしろ私たちは当事者だったじゃないか……」
「当事者なら語っても良いと?」
「語りぐさになるだろうあれは」
「わたくしは知らない方には嬉々として語るわよ。あの場にいた者たちは皆そう。ただ、ルシウス様には不安なお気持ちにさせてしまったから、謝罪しました。ユーリが」
「本当にすまなかった……」
「頭は下げないでくださいユーリウス様。またふらつきますよ?」
この間のミューのように手で制す。
せっかく落ち着いたのにまたぶり返してはたまらない。
「……それで、その婚約破棄の顛末は話していただけるのでしょうか?」
一番聞きたかったことを聞くと、ミューと妃殿下とユーリウス様は顔を見合わせた。
「……誰が語る?」
「そこはミューだろ」
「私は当事者過ぎない?第三者目線の方が臨場感ある気がする」
「いるのか?臨場感」
「まぁ確かに、傍から見てた視点もいいわよね。必要ならわたくしたちで補足してあげるわ」
それでまとまったらしい。
ミューが僕に向き直る。
「それではルシウス様。僭越ながら、わたくしミュリエルが自身に起こった婚約破棄の顛末を語らせていただきます。マリーとユーリウス様がフォローに入りますので、質問は挙手でお願いします」
「わかった」
「では。まずは当時の状況説明です。場所は学園の講堂、時は学園一年生が終わる修了式のことでした」
「待って」
思わず手を挙げてしまった。
「一年生?」
「はい」
「学園の一年生って、13歳じゃない?」
「誕生日を過ぎてたので14歳ですね」
「子どもじゃないか!」
「子どもです」
「しかも修了式?そう言うのって、卒業パーティーとか夜会とかでやるもんじゃないの?小説ではそうだったよ?」
「14歳の子どもが婚約破棄なんて思い立ったら、修了式くらいしか場がないじゃないですか」
何を当たり前な、という顔をされた。
そりゃそうだけど。
「……言っていいのかわからないけど」
「どうぞ?」
「……ショボい」
「そうですよ、ショボい婚約破棄だったんです」
「子どものおイタで済む話だったんですよ、本来は」
「それを大騒動にして済ませなかったのがミューだ」
フォロー入った。思ってたのとは違う方向性の。
「……ひとまず状況はわかった。止めてごめんね、話を続けて」
ものすごく初期段階で止めてしまったことを侘び、話を促す。
ミューはニッコリと笑った。
「学園一年生の修了式。粛々と進行する式次第の途中、私の婚約者だった伯爵令息、カート・トライブ様は壇上でこう言ったのです。
『ミュリエル・グリフィス!お前との婚約を破棄する!そして、僕はこのアイリーン・カイザック子爵令嬢と、新たに婚約する!』と」




