妻が実家に帰る理由
本日、『「女に嫌われる女」について、もう少し考えた方がいい』が電子書籍にて発売します。
ぜひ美麗なマリーと可愛いミューの表紙をご覧くださいm(_ _)m
ある夜、妻がこう切り出した。
「実家に帰らせていただきます。」
「僕も行く!あ、待ってシオンは」
「もちろん連れて行きますよ」
「僕も行く!」
すかさずギュッと抱き着く。
「別に今夜帰る訳じゃないんですけど」
呆れたように笑われたが、これで一緒に帰ることは確約された。
「実家に何しに帰るの?」
「まずそこを聞き出すのが普通では?」
「一緒に帰れるかの確認が一番だよ」
「脊髄反射みたいな反応でしたもんね……」
ポンポン、と背中を叩かれたので少し腕の力を緩めた。
「理由のひとつは、シオンのお誕生日をどうするかの相談ですね」
「どうするか?うちでガーデンパーティーをして、義父上と義母上も招待するんじゃなかった?」
シオンはもうすぐ一歳を迎える。
相変わらずの天使っぷりにさらに磨きが掛かり、時たま背中に羽が生えてないか確認してしまうほどだ。
ミューは笑うが、母上だって確かめてたぞ。
「お誕生日当日はそれでいいんですけど。グリフィス領民が『シオン様生誕祭』を開きたいと」
「おぉ……」
祭りにまでなるのか。領主でもそこまでやらなくないか?
「経済効果も見込めると言われると断り辛くて……」
ふぅ、とため息をついてる風だけど。
絶対面白がってるんだろうなこれは。
「その打ち合わせに?」
「計画を聞きに」
「そっかー」
「それともうひとつ」
「ん?」
ミューがとても神妙な顔をした。
「……いい加減、サリーに衣装合わせをさせろと母上から」
「……あぁ……」
つられて神妙な顔になってしまう。
そう言えば、この間ヴィンス殿と話をして以来、手紙では打ち合わせしてるだろうけどサリー本人はグリフィスに帰ってない。
いつでもミューの傍にいるのだから当然だ。
「……全然やってないね」
「いくら体型を維持しているとは言え、二年前の合わせからまったく袖を通してないんです。半日掛からず帰れるんだから行っておいで、って言ったのに」
不満げに口を尖らせてる。可愛い。
「それで、ミューが一緒に帰ってあげるんだ?」
「それなら帰ると言うので」
「いつ帰るの?」
「来週にしようかと思ってますけど。仕事お休み出来ます?」
「もちろん」
頷くと不審そうに見られた。なぜ。
「……王宮の仕事って、そんな簡単に休めます?」
「他の部署は違うかもしれないけど、総務は割と休めるよ。仕事内容を班で共有してるから、支障がない」
「そうなんですか?ならいいですけど」
「それに、来週ならワルローが復帰するから」
新婚旅行でターレス領に行っているが、ちょうど帰ってくる頃合いだ。
「シャーリーが落ち着いたら、またお茶会するんで。連絡取らなきゃ」
「……今度は不穏な話題が出ないといいよね……」
「それはわからない!」
前回の話題を思い出し少し憂鬱になる。
ミューは、それはそれはいい笑顔で即答した。
まぁ……ミューが楽しんでるならそれでいいんだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇
グリフィス領へ向かう馬車の中、きゃいきゃい笑うシオンをあやしながら、サリーの顔は見事に仏頂面である。
「……あれで子どもをあやせるって、サリーはすごいね」
「あれであやされるシオンがすごいんですよ」
なるほど。
僕らはサリーの向かいに並んで座り、サリーとシオンの遊びを観察する。
お仕着せじゃないサリー、珍しいな。
「サリー、いい加減諦めなさい。一泊で戻るんだからいいじゃない」
ミューが呆れて声を掛けるが、サリーは口をへの字にしただけで返事をしなかった。
「……なにをそんなに嫌がってるの?」
「ヴィンスと結婚する話を、皆に話題にされて揶揄われることですかね」
「そこ?」
「主にクラストとか侍女たちとか、クラストとかクラストとか」
「クラスト殿だけじゃないか……」
「そこにヴィンスが便乗します」
「当人!」
「王国一デリカシーのない男なんで」
王国一と来た。
他の人なら大袈裟な、と反応するところだが、これに関してはまったくの事実だと思う。
「ま、まぁ、でもほら、今日はいない訳だから。クラスト殿だけ躱せばいいのでは?」
サリーを励ますように言ってみたが、への字口に眉間の皺が追加されてしまった。なぜ。
「いないと思います?」
「ん?」
代わりにミューが聞いてくる。
「サリーの衣装合わせに私とルシウス様とシオンも伴う、そんなヴィンスの好物詰め合わせみたいな一行がグリフィスにやってくることを、ヴィンスが知らないと思います?」
「……えっと」
「本人も言ってましたけど、ヴィンスに情報をもたらす人材なんてどこにでもいるんですよ。知らない訳がない、そしていない訳がない。だからサリーの機嫌が直らないんです」
「……納得」
そう言われたら、いるだろうなーと言う気がしてきた。
ミューがサリーに向き直る。
「サリー。今回を乗り越えれば、後はグリフィスの方でやってくれるから。不足のないように終わらせましょう?」
「……はい」
「サリーが衣装合わせを無事に終えたら、シオンをコーディネートしていいわ。結婚式にシオンに着せる服をサリーの好みにしていいわよ」
「頑張ります」
シオンを餌にすると、少し表情が和らいだ。
良かった、と思ってると頬を突かれる。
「他人事の顔してますけど。ルシウス様も衣装合わせするんですよ?」
「……そうなの?」
「グリフィス家専属のお針子たちが、『若旦那様のお衣装を!ぜひこの機会に!』って熱い手紙を送ってきました」
「……そうなの」
「ルシウス様も今日で終わらせられるよう、頑張りましょうね〜」
一人、衣装合わせの予定のないミューは気楽そうに笑った。
……これまでの経験上、仕立て屋やお針子たちが意見を交わし出すと、長時間着せ替え人形にされる羽目になる。
そのことを思いげんなりしてると、ミューが頭を撫でてくれた。
「私もシオンも見てますから」
「……ミューも衣装合わせしたら?」
「花嫁じゃないのでしません〜」
「僕だって花婿じゃないんだけど??」
「それはまあ、ルシウス様だし?」
なんだその理由。
知らずサリーと同じへの字口になってたらしく、妻が笑って口元を突いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車の中ではしゃぎ、いつもより長く乗っていたせいか、シオンはグリフィス領に到着する直前に寝た。
まぁここからは衣装合わせと打ち合わせだし、起きたら遊んであげれば良いだろう。
グリフィス邸では義父母がお出迎えをしてくれた。
シオンを預かってくれると言うので託し、ミューが一言「いるの?」と聞くと笑顔で黙殺された。
本当にいるんだ……。
サリーの衣装合わせ用の部屋へ向かうとのことで、男の僕が行ってもいいのかと心配になったが、むしろ衝立で仕切って一緒にやるそうだ。
それは良いのか?とも思ったが、僕もサリーもミューと離れたくないので何も言わない。
義母上に指定された客間で合わせるとのことで、三人で赴くとーー。
「おお、やっと来たか。待ちくたびれたぞ!シオンはどうした?」
満面の笑みのヴィンス殿がいた。
僕らは全員固まった。
ヴィンス殿の周りには何人も針子がいて、彼を飾り立ててる。
レース、リボン、真珠や小さなダイヤ……まるでウエディングドレスのような華やかさだ。
ウエディングドレス?!
「ヴィ、ヴィンス殿、ドレス着てる?!」
「いや?これは表面上だけだな。下にはちゃんと履いてるぞ、ほら」
何でもないことのように、ドレスのように広がるレースの裾を持ち上げられた。
確かに同色のトラウザーズを履いてる。
「表面上って、なんで??」
「お前らを待ってる間に俺も合わせようとなって。せっかくだからサリーのドレスと揃うような服にするか!と言ったらこうなった」
屈託なく笑われたが、ウエディングドレスと揃いにしたスーツなんて聞いたことないぞ。
まだ針子達は楽しそうに飾り付けてる。
そりゃ飾り甲斐のある人だろうけど……なんかこの形、見たことあるな?
既視感を覚え、聞いてみようとミューを見たら思い出した。
そうか、ミューのウエディングドレスに似てるのか。
元々サリーのドレスはミューの着ていたウエディングドレスと揃いの形だ。
それに揃えようとしたら、当然ミューのドレスとも似た形にはなるだろう。
チラと隣の妻を窺うと、眉間に皺をよせていた。
……機嫌が良くない。いつもなら呆れて窘めるだろうに。
「ミュー?」
呼び掛けるとこちらを見たが、表情が変わらず無言のままだ。
そんな不穏なミューのことに気付かず、ヴィンス殿の飾り付けが進む。
サリーのドレスを意識して配置をしているのだろうが、どんどんミューのドレスに似てきた。
眉間の皺が深くなる。
これは……飾り付けが気に食わないようだし、そろそろ止めないとヤバいのでは……?
おろおろしてると、サリーが呆れたように呟いた。
「これはもう、私の衣装合わせはしなくて良いのでは?」
一瞬で冷気が広まった。
いや、錯覚だろうけどそう感じた。
呟いたサリーも、飾り付けてるお針子も、飾り付けられてるヴィンス殿もビクッ!と体を竦ませる。もちろん僕も。
全員が恐る恐るミューを見て……青褪めた。
ミューが笑顔を浮かべてる。本人曰くの、貴族スマイル・極みだった。
「そう……ならば、サリーもヴィンスも針子達も。わたくしとルシウス様とシオンに、わざわざ無駄足を運ばせたーーそういう事ね?」
ミューがキレた。




